第44話
一夜明けて、僕はいつものようにティファに強制的に起こされた。
「う~ん……ふわぁ~……、今何時だ?」
「十一時です」
「うぇ!? もっと早く起こしてよ!」
それを聞いて一気に目が覚めた。
昨日、報告書の作成に時間がかかったのが原因か。
十二時に、ホテルから歩いて十五分の個室型喫茶店で小鳩老人と会う予定だったので、現在の時刻を聞いて僕は焦らずにはいられなかった。
「何度も起こそうとしましたよ。陸さんが全然起きなかっただけです」
そういうティファはもうとっくに準備ができているようで、余裕そうに腕を組んでいる。
僕といったら、やり場のない気持ちをどうしようもなくぶつけたくて、「もう!」と声を上げて、急いで準備に取り掛かった。
シャワーを浴びるのも我慢するほど、僕は焦っていたし急いでいた。
そんな時。
「アレ、携帯ってどこに置いたっけ?」
僕はあたりをうろうろしながら机やベッドや床を何度も見直した。だが、見つからない。こういうなくし物は急いでいるときに限ってしてしまうことが多く、絶対なくさないだろうというものが見つからなくなる。きっと、いつも持ち歩くものは絶対に無くすはずがないとか、そのものの扱いに特別感がなくなってしまい、マンネリ化したりして、記憶力が低下して油断してしまうからなんだと思う。
「部屋に無いのでしたらホテル内の別の場所にあるのではないでしょうか?」
僕の行動を真似るようにティファも何となく探してくれているようだ。
「あ、もしかしたら喫煙室にあるかもしれない、あったらついでに一本吸ってきていい?五分で戻るから」
焦っていた僕は魔法のように携帯電話を探そうとする気持ちがなくなり、ものすごく喫煙室へ行きたくなった。僕が思い出したのはタバコを吸いに行く言い訳に過ぎなかったが、もしかしたらあるかもしれないという可能性は無きにしも非ずである。
「待ち合わせ時間が遅れませんか?」
「多分大丈夫じゃない? 無かったら諦めてそのまま帰ってくるけど、何よりちょっと落ち着きたくてね。そいじゃちょっと待ってて」
僕の台詞に対してティファが何か言い返す前に、僕は逃げるように部屋を出た。
こんな時でもタバコが吸いたくなって我慢できず、理由を付けて吸いに行こうとする自分は、どうしようもない程の重度の依存体質なんだと嫌でも自覚してしまう。自分で自分に呆れてため息を吐きながら、急ぎ足で喫煙室へ向った。
歩きながら、僕は既に、携帯電話が見つからなくてもタバコは吸おうと決めていた。
僕は携帯電話を落とした記憶がなかったから、喫煙室の扉に手を掛けても見つからないことを覚悟していた。が、携帯電話は入って直ぐに見える床に落ちていた。
「まさか本当に落としていたとは……、注意不足で、僕の記憶力といったらどうしようもないんだな……」
僕は床に落ちていた携帯電話を手に取る。見つかったということは、堂々とタバコを吸ってもいいのだ。最初から見つかったら吸ってくると言ったのだから、僕の服からタバコのニオイがしてもティファに後ろめたりする必要はない。
一服して部屋へ戻ると、ティファが、
「七分でした」
と、呆れたような表情をして部屋の前で待ち伏せていた。
いつもより急いで喫煙室を出たつもりだが、二分遅れたようだ。僕としては、煙を堪能しつくしたつもりがないから、言われても、たかが二分、僕はそれでもいつもより喫煙時間を短縮したつもり、という気持ちで納得いかなかったが、ティファは時間に厳しく、戻りが遅くなった僕にまだ文句を言いたそうな感じだ。
「遅くなったのは悪いけど、過ぎた二分はどうしようもないし、そんな顔しないでよ」
「……そうですね。それでは、そろそろ向かいませんか?」
「携帯電話も見つかったことだし、そうしよう」
掛けていたコートを羽織って、携帯電話をポケットに仕舞う。一回無くしかけたというのに、もう携帯電話は絶対的で当たり前にあるものだと速攻で記憶をリセットしている自分は、本当に学習能力が欠けている。ポケットの中だから、移動中万が一落としてしまう可能性だってあるのに、鞄に仕舞うという対策など考えない、というか思いつかないままホテルを出た。
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