ーージュウニーー

第43話

 さて、涼香を含めた事件の失踪者が、殆ど未来人であった事実を目の前にして、さっそく、一つの疑問が浮かび上がってきた。


 ここまで未来人が多いと、タイムトラベルを使ってやってきた未来人は、その他にも、もっと存在していて、その未来人たちは現在に上手く紛れながら、普通に生活しているのかもしれない、なんて思った。


 もしそうだとしたら、失踪していた事実を忘れている惠谷ジュンだって、未来のタイムトラベラーの可能性だってあるんだよな。


 思い出した僕は惠谷ジュンをさっそくフロントへ呼ぶことにした。


「なんですの?」


 惠谷ジュンはフロントの長椅子に腰掛けて微かに僕を見上げる。


「ちょっとした質問を」


 僕とティファは敢えて座らず、立ったまま話を切り出した。


「言いにくいんですけど、惠谷さん、実はあなた……、未来人のタイムトラベラーだったりしませんか?」


「み、未来人!? おえぇ……、うぅうぅ……、あーたまがー痛い痛い痛い痛い……、私、その未来的な話を聞くと気分が悪くなるのよ。それに、そんなこと言われても私はなにも思い出せないっていうのに」


「やっぱり、それはダメなんですね」


「ええ、なんていうのかしら、私はそれらについて、話でもなんでも触れるべきではないのかと思ってしまうのです。その度に頭痛やめまいがしてきて……正直、この訳の分からないメカニズムについてはもうぐったりしてますわ」


 惠谷ジュンは一メートルの髪の毛を両手で抑えながら苦しそうに目を瞑った。


「それらの存在には嫌な記憶があって、それから避けるための拒否反応を引き起こしているのではないでしょうか」


 ティファもようやく調査の助手という肩書が、様になってきたところのようだ。簡単な推理でも提案でも推測でも、自分の意志で伝えてくれるのは嬉しい。


 惠谷ジュンのデリケートな部分に触れないように、慎重に聞いてみることにした。


「勿論、ご家族はいらっしゃいますよね、今はどこで暮らしているのでしょうか?」


 惠谷ジュンはうぅん、と俯き何かを必死に考えようとしているようだ。時折見せた苦虫を噛むような表情を見て、僕は心の内で、何か惠谷ジュンの記憶が少しでも戻ればいいと思っていた。


「あ、そうですわっ」


 惠谷ジュンが胸の位置で両手を叩いて何か思い出したようだ。


「私にはとても大切な十歳の妹がいた……気がします。それも、本当に愛おしくて可愛らしくて溺愛していたような気がします。でも実際に今も妹の存在すら危ういところなんです、名前も顔も思い出せない。ただ溺愛していたのは事実だと思います」


「ご両親については?」


「…………うぅ、両親のことを私は何一つ覚えていません……。僅かながらに唯一知っているのが妹の存在だけです」


「妹さんに会ったらいいじゃないですか」


「その妹も、今どこにいるのかわからないのです。私はなにも思い出せなくてずっともやがかかった状態なのです」


 最後に申し訳程度に一つ聞いてみた


「因みに簡単かもしれませんが、歴代の日本の総理大臣の名前を一つでも言えますか?」


 すると、惠谷ジュンは頭から手を放して、きょとんとした丸い目で、不思議そうな表情を見せつけてきた。


「総理大臣? それでしたら――さんくらいは知っていますけども、その方しか知らないので私は勉強不足のようですね」


 僕は歴代の総理大臣の名前くらいは覚えている。だが、惠谷ジュンが言った総理大臣の名前は一度も聞いたことがなかった。


 渦の中に入っていた頭脳が一瞬にしてひょいと飛び出てきた、とでも言うくらいスッキリした気分だ。


 惠谷ジュンは呆けた顔で首を振る。


「そんな、懐古品のことなら幾分わかるけど、それ以外の情報は本当に疎いものでね。私が勉強をしてこなかったっていうのもあると思いますが……、勉強しておいた方が良かったでしょうか?」


 勉強以前に、


 惠谷ジュンに対する僕たちの推理は、


記憶を消した未来人という結果で解釈することにした。


 忘れてしまったのだろうな。でも普通なら知っていて常識のことさえ知らないなんて……、もっと早く知っていれば何か気が効いたことは出来たかもしれない。


 家族すらも忘れてしまうほど記憶を失っている惠谷ジュンに徐々に同情してしまう僕がいた。


 おそらく、タイムトラベルを二回ほど実行したのだと思う。初めはタイムマシン弐号を使って過去にやって来たのだが、滞在期間が過ぎてしまい、帰還システムにより、未来に送還されたのだろうけど、惠谷ジュンは再びタイムトラベルをすることを決意して戻って来たんだと思う。今、行動を共にしている惠谷ジュンは未来人でありながら過去(現在)で記憶を失っているのだから、きっとタイムマシン壱号を使ってまたやってきたのだろう。未来の話をすると、何故か惠谷ジュンは具合を悪くするので、僕はあんまり言わないように控えていたが、それも記憶を思い出さないようにするための生理現象の制御なのだと思う。


 そんな惠谷ジュンを放っておけるほど、人の心がないわけではないから、僕はこう伝えた。


「今回だけじゃなくて、惠谷さんが良いと言ってくれたらですが、これからも僕たちの仲間として共に探偵業を続けていきませんか」


 惠谷ジュンが「え」と一言驚いてから、続けて言った。


「それって……とても興味深い提案ですわね。是非、美能さんたちと一緒に行動を続けていきたいですわ」


 惠谷ジュンはクールに対応したつもりだろうけど、内心、とても嬉しそうにしているのが見て直ぐにわかった。


立ち上がった時の惠谷ジュンの身長の大きさに圧巻して、今度は僕が見上げる形になった。


「それでは、今回の調査で私は何をしたらいいのかしら」


「今回の調査はもう終わったのも同然ですし、惠谷さんはカナガワのホテルでゆっくりしていてください」


「え? もう終わったのですか?」


「うーん、終わったと言いますか……、後は依頼人に報告するだけですので」


 惠谷ジュンは、私のことは?と疑問に思っただろうけど、惠谷ジュンに未来人の話をしてもきっと具合を悪くさせてしまうだろうし、信じてもくれないと思うから敢えて言わないと決めた。


「とりあえず事件が終わったら一緒にサイタマの事務所へ行きましょう」


「……わかりましたわ」


 惠谷ジュンは納得いっていないようだったが、なんとか頷いてくれた。


 調査も気が付けば終盤。そろそろ小鳩老人に失踪者たちの真相や調査結果を伝えなければいけない。全員が未来人だったと伝えても、適当な結果だと思われたりしないか心配になってしまった。


部屋に戻った僕は、早速、小鳩老人に一本電話を入れた。


小鳩老人は快く出てくれて、明日、ティファを含めた僕と小鳩老人(惠谷ジュンは留守番)で話をする約束をして電話を切った。


僕は明日に備えて、調査の報告書のまとめに取り掛かった。


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