第33話
ようやく夜になって、僕はバーで酒を嗜むことにした。
客は相変わらず僕一人で閑散としているが、バーは通常営業だ。
流れるのは落ち着いて滑らかな音楽。
音楽を聴きながら考え事をしていると、あることを思い出したのだ。
本当、急に。
「そういえば、一度聴いてみたかった音楽があるんです」
グラスを拭くマスターに声をかける僕。
「何という曲ですか?」
マスターは微笑みながら言う。
「曲名まではわからないんですけど“くにざきれれみ”という名前のアーティストです」
「良かったら、聴いてみたいですね」
「じゃあ、ちょっと検索してみますよ」
僕はそう言って、携帯電話で“国崎れれみ”と検索して出てきた音楽を流した。
マスターが気を使って店内BGMの音量を下げてくれた。
イントロから過激で国崎れれみの声はとてもインパクトがあった。棘のあるハスキーな声のはずなのにどことなく可憐な声、液晶に映る国崎れれみの可愛らしい衣装のギャップが物凄かった。そして、映像で顔がドアップになった瞬間、まるで実際に対面して聞いているような感覚に陥ったものだ。
曲の中で国崎れれみは、
――時を超えて貴方に声を届けに来たの――
という純粋無垢でパンクロックらしからぬ台詞を歌っていたが、どういう意味なのだろうか。気になる。
それにしても、国崎れれみの音楽はこのバーにはミスマッチだな。
それでも聴いてしまう彼女の可憐な歌声。
国崎れれみが一躍有名人になった理由がわかった気がする。声と見た目のギャップにファンたちは惹かれていくのだろう。
「ロックですか? それにしては歌詞は優しいんですね」
マスターは静かに言った。半分ドラムとギターの音でかき消されそうになっていたが何とか聞き取ることができた。
「僕もこの歌詞が心に刺さっています。なんにせよ、僕も最愛の人を失ったので」
大声で話すことではないが、僕は気持ち大声で話した。
「失ったって……コホン、亡くなられた、とかでしょうか?」
マスターは「亡くなった」という言葉だけ妙に小さく話した。
「いや、失ったって言っても亡くなったわけではないとおもいますが。えっと、僕の前から消えたんです。いつ戻ってくるかもわからない、そんな感じです。でもきっと生きています」
こんなのバーでする話じゃないだろう。
思いながら、曲を止めた。
「また出会えるといいですね。きっと出会えますよ」
「そうですよね、僕もそれを信じています」
僕はマスターの言ってくれた言葉を信じてバーを出ることにした。
部屋に戻るとティファはすっかり眠っていた。
いや、眠っているのではない、意識はあるのだから言わば目を閉じているだけなのだ。
だが、ティファは朝になるまで目を覚まさない。
僕はもう一度国崎れれみの曲を聴こうと思ったが、イヤフォンも何もなかったので僕は音量を小さめにして曲を流した。
ロック調の演奏に、可愛らしく美しい可憐な歌声は、もはや中毒性のある音楽とも言える。
僕はその曲を聴いてまたもや、歌詞に心が引っ掛かった。
時を超えて?
声を届けに来た?
そんなの、まるで、未来人みたいじゃないか。
いや、待て。
国崎れれみが未来人だとでもいうのか?
タイムトラベラーだとしたら何のためにやって来たというのだ?
僕は国崎れれみについて考えていくうちに頭がパンクしそうになり、気を紛らわそうと売店に駆け込みストロング缶を買った。売店を出て直ぐに缶を開けぐびぐびと一気に飲む。
九パーセントは複雑で重い気持ちを一気に軽くしてくれる魔法の飲み物、だからやめられない。
僕はもともと依存体質なのだろう。
だから、酒もやめられない。
タバコもやめられない。
涼香を想うこともやめられない。
国崎れれみの音楽にハマってしまう。
そんなことを考えながら僕は部屋まで戻ってきてしまったが、右手には三分の一残ったストロング缶が握りしめられている。
僕は部屋の中へ入るとストロング缶を机に置いたままベッドで眠りについてしまった。
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