第32話
「おはようございます」はティファの声だ。
僕は「ああ」と、昨日のこともあり、あまりティファを直視できずにいた。
「陸さん、昨夜のことなのですが、何故、私の胸を触ったのですか」
僕は焦った。
「……え、なんで?」
朝から動揺するなんてバカバカしい。そう思っていたが僕は動揺を隠せずにいた。
何故、寝ているときの記憶をティファは覚えているのだ?全く、僕の犯した罪をティファは知っていたというのか?
「アンドロイドは寝ている間も常に記録は更新されるのです。気持ちや感情はなくとも事実は記憶にインプットされます」
「いやぁ……それについては……ごめんなさい」
僕は謝るほかなかった。
「私の胸を触った理由を聞きたいです」
どうやら、ティファには性欲と言うものがインプットされていないようである。僕はその男の性欲を説明するのにとても困った。
「きれいなものには触れたくなる。例えばの話、綺麗なフォルムを見ると、その美貌が本物かどうか見分けようと、男は気の迷いによっては触りたくなってしまうこともある。……と言うわけで、僕は欲求に負けて君の体を触ってしまいました。それについては本当にすまないと思っています」
申し訳なさのあまり、僕は途中から敬語になってしまい、仕舞いには僕はティファに、土下座をしてしっかりと心から謝った。
「本当に、申し訳ないです」
「そんな、謝らないでください」
ベッドの上で膝をつく僕の姿はとても滑稽。
「いや、ティファは知らないかもしれないけど、世間的には謝るべきことなんだよ」
「……そう、ですか」
ティファは不思議そうにするだけで、僕は一方的に謝るばかりだった。
アンドロイドには、恥じらい、なんてないんだな。
喫煙室でひと息吸って僕はため息をつく。
手に残るティファの感触、忘れたいと思っても簡単には忘れられない。
確かに、確実に、涼香と愛を確かめ合ったはずなのに、今では、幻想だったのではないかと不安になってしまう。
僕は確かに涼香が好きだ。だけど、僕と一緒にいるのはティファである。
目の前にいるティファを涼香だと僕は勘違いしてしまう時がある。
優柔不断な僕を、涼香は許してくれるだろうか。
少し考えて、僕はティファのいる部屋へ戻ることにした。
ティファは背筋を伸ばし腰掛に座って空を眺めていた。
「本当に空を眺めるのが好きなんだね」
「ええ、景色はいつも私を驚かせてくれます。いつも同じものが映っているというわけではなく、毎回何かが違うんです。その景色は何も悪くありません。景色を眺めることは善悪のない、とても平和で貴重なひと時を感じることができます」
瞬きをする瞬間さえも惜しいのかティファはじっと見つめていた。
「僕も少し眺めてみようかな」
僕はティファの隣に行き、空を眺めてみた。
「……うーん、でも、なんでもないただの景色じゃないの?」
僕は空を見るのをやめて、布団にダイブした。
「景色はそんなに貴重ってわけじゃないと思うけど」
ティファは景色を見つめたまま答えた。
「そうですか?雲の形はいつも違うし、空の色だっていつも同じっていうわけではない。窓から見える景色はそれぞれの植物や街をいつも違う視点で見せてくれますよ」
確かに。いつもどこかにある窓、僕はその別々の窓から見える景色をいつも同じ景色だと思っていたけど、別々の窓から見える景色は本当は全く違う景色を映しているんだ。
僕はそんな簡単なことさえも気づけずにいたなんて。
「そうかもしれないね」
僕はもう少しだけティファと一緒に窓の景色を眺めていた。
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