第34話

「ふわぁ~ぁ」


 僕は起きて大あくびを一つ。


「また、お酒を飲んでいたんですか?」


 何だ急に。


「んー、飲んでたけど別にいつものことじゃないか」


「そうですか」


 起きたばかりの僕は、同情心をほだされているような気がして、複雑で嫌な気持ちになった。


 酒を飲んで何が悪いんだよ。


「何? 酒を飲んでまた悲劇的になってたとでも思ってる?」


「いいえ、そんなことは……」


 ティファは言葉を詰まらせる。


 いや、思っているよね? 絶対思っているよね。


 僕はちっぽけなことで同情されるのが最も嫌いなんだ。ストロング缶をそのままにしていたのが悪いのだが、朝から気分が悪い。


「もういいや、僕は朝食を食べてくるから」


 僕はそう言って部屋を出てレストランへ向かった。


 今日はミートボールとグラタンを頼んだが、これもまた絶品で頬が溶けそうだった。


 ティファに酒を飲んでいたことを指摘されてうんざりしていたがそれもどうでもよくなってしまうほどの美味さだ。まあ飲みかけのストロング缶を机に置いたのを、ティファに一言言われただけなんだけど。


「なんでこんなにうまいんだ」


 思わず呟いてしまうほどの美味さで、僕は夢中になってミートボールとグラタンを食べていった。


 朝食後、喫煙室で一服して僕は部屋へ戻った。


「ただいま」


「おかえりなさい、今日もミートボールを召し上がって来たのですか?」


「うん、とても絶品だった。ティファは、いつも通り景色を眺めていたんだ」


「はい。今日は雪が降っています。外はとても幻想的ですよ」


 ティファはそう言って、もう一度窓に視線を移す。


 僕はティファの隣で外の景色を眺めた。


「初雪かな」


 窓を開けると冷たい風が室内に入ってきて僕は軽く身震いした。


 手を伸ばしてみると、ひんやりとした雪の粉が手のひらに落ちて溶けていく。


「ティファも手を伸ばしてみたら?」


 ティファは窓から身を乗り出して手を伸ばす。


「どう? 冷たくて気持ち良いでしょ」


「どうでしょう、私には雪を触った時の感覚がいまいちわかりません。ですが、綺麗というのは理解できました」


 頭に雪をかぶせたティファが手のひらに落ちた雪の結晶をじっと観察している。


 僕はティファの頭に落ちてきた雪を手で払い、ティファの手を部屋の中に入れて窓を閉めた。


「そっか、ティファにはわからないか。こういう時ちょっと残念だな。物事に共感ができなくて一人で気持ちをためているっていう感じがね」


「すみません」


 ティファが僕に謝った。


「なんで謝るのさ、何も悪い事なんてしていないじゃないか」


「陸さんの希望に添えなくて」


「アンドロイドと人間の壁っていうの?それは仕方のない事だし気にしないでいいんだよ」


「自分が人間でなくてアンドロイドであることが申し訳ないんです」


 それは、本当にどうしようもない事である。


 どう足掻いたって人間はアンドロイドにはなれないし、アンドロイドが人間になることなんて出来やしない。


 だから申し訳ないだとか考えるだけ無駄なのだ。


 しかし、そう言う風に考えることができるというだけでも、ティファは十分人間に近い高性能なアンドロイドであることがわかる。


 ティファは髪の毛を指先でくるくるといじり始めた。


 その姿は、まるで、今でも涼香の面影を見ているようで、胸が苦しくなった。


「そうだ、国崎れれみについてなんだけど」


「失踪した国崎れれみさんですね。どうかされましたか?」


「昨日、彼女の曲を聴くタイミングがあったんだ。その曲なんだけど、彼女の失踪の真相が歌詞に隠されているような気がしたんだ」


 昨日聴いた国崎れれみの歌声を僕は思い出しながら言った。


「その曲、私も聴けますか?」


「ああ、ちょっと待って」


 僕は携帯電話を片手に、ネットで国崎れれみを検索して曲を流した。


 部屋の中に国崎れれみの可憐な声とパンクな楽器隊の演奏が響き渡っていく。


 ティファは目を閉じて曲を聴いている。


 僕はベッドに座ってストレッチがてら大きく伸びをしながら曲を聴いていた。


 ――時を超えて――


 例の台詞が流れた直後、僕とティファは同時に顔を見合わせた。


「国崎れれみは――」


 ティファが話し出すと、僕は畳みかけるように「そうだ」と頷いた。


 僕はティファの言おうとしていることが分かったのだ。


 そう、国崎れれみは――。


「未来人、とでも」


 ティファは、探るような、疑うような曖昧な表情をして言った。


 僕はティファと同じことを考えていた。それを考えると何故か嬉しくて興奮してきた。


「そうなんだよ、まさにそんな気がするんだ。でないと国崎れれみはあんな歌詞は書かないだろうと思ったんだ。単純すぎるかな」


「未来人だと断言は出来ませんが、国崎れれみさんが未来人である可能性は大いにありえます」


仮に国崎れれみが本当に未来人だったとしたら何のために現代にやってきて、何をきっかけに未来へ帰ったのだろう。 


 国崎れれみの失踪についての真相は不明瞭であった。


それにしても、依田雅に続き国崎れれみもタイムトラベラーの可能性があるとは、これは偶然と言っていいのだろうか。


 しばらく腕を組み考え込んでいると、机に置いていた携帯電話が急に鳴りだした。


 携帯電話を取って番号を確認する。


 米田さんからだったので、僕は何の迷いもなしに直ぐに電話に出た。


「はい、もしもし」


「――しもし」


 電話越しからは米田さんの声ではなく女性の声が聞こえてきたので僕は驚いてしまった。


「美能さん? 聞こえてますの?」


「えっと……誰、ですか?」


「私、惠谷ジュンですわ」


 よく聞けば、その声は確かに惠谷ジュンの声だ。


「僕に電話なんてどうしたんですか?」


 僕が訊ねると惠谷ジュンはこう答えた。


「美能さんたちのしている調査とやらをお手伝いしたいと思いまして」


「調査の手伝い? 何故でしょう?」


「一緒に失踪事件の調査をすることで、忘れている何かを思い出せる予感がするんですわ。記憶を取り戻すヒントがあるかもしれないのよ。だからお願い、足手まといにならないように気を付けるから、仲間に入れてくれないかしら、ね?」


「そう言われましても……」


 困ったなぁ……。


 僕はティファの顔をチラリと見て様子を伺ったが、ティファは気づいていない様子だ。


「お願い、私は記憶を取り戻したいのよ」


 惠谷ジュンが懇願している。


 僕は間を開けてから言った。


「うーん、それじゃあ今日の夕方少し会ってお話ししましょう」


「ええ、勿論よ」


「それじゃあ――」


 僕は今日の夕方ホテルへ来るようにと惠谷ジュンに伝えて電話を切った。


「ティファ、急なんだけど、今日から惠谷さんも一緒に調査をすることになった」


「惠谷さんが?どういうことです?」


「自分の記憶を取り戻すヒントが見つかるかもしれないんだってさ。というわけで惠谷さんとは夕方に会う約束をしたから」


「私たちが役に立てばいいのですが」


「まあ、あんまり気を張らずに適当に調査を済ませようよ」


 ついでに大きな欠伸と伸びをする。調査は真面目にといった感じでティファに注意されるのを予想して、言われる前に僕は再びタバコを吸いに喫煙室へ逃げた。

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