ーージュウーー

第26話

 急遽、僕たちは米田さんに呼ばれたので急いでマニメイトに向かうことになった。


 米田さんは電話越しにハアハアと息を荒げて、「とりあえず、とりあえず、とりあえず」と何度も同じ言葉を連呼していた。


「今すぐ来てください。見つかったんです、ジュンさんが」


 荒い息と共に米田さんは言って、一方的に電話を切っていった。


 見つかった?


 惠谷ジュンが見つかっただと?


 僕は少々の動揺を隠せず一人で困惑していた。


 ポケットの中のタバコを触って僕は困惑を抑えようとしていたが、僕はいなくなったと聞いていた惠谷ジュンが見つかったということに驚いて仕方がなかった。


 どうして見つかったのだろう。一体、姿を消していた間どこにいたというのだろうか。


 とりあえず一服吸って、何とか気持ちを穏やかにさせたい。


 それを見ていたティファが僕に訊ねる。


「何かあったのですか」


「惠谷さんが見つかったらしい」


ティファは腰掛けから立ち上がって、


「それなら急ぎましょう。私はいつでも出掛けられます」


 と、ハンガーに掛けてある上着を羽織った。


 タバコ、タバコ、落ち着きたい。僕はわがままを言ってみた。


「ちょっと、ちょっとだけ落ち着きたいよ。一服は?」


 ティファは即答した。


「米田さんが待っているのであれば、吸っている時間はありません。タバコは後から堪能してください」


「……へいへい」


 僕はタバコが吸えないことに不満を抱きながら、ティファの言うことを聞いて、そのままホテルを出ることにした。


 寒さで手か悴んできたので僕はコンビニへ寄ってコーンポタージュ二缶を買った。


 米田さんはマニメイトの目の前で僕たちを出待ちしてくれていたようだ。


「よく来てくれましたぁ、良かったです、本当に」


 米田さんは駆け足で僕たちの前までやってきた。


 興奮しているのか、小走りをして疲れたのか、米田さんは息を荒げている。


僕はさっきコンビニで買ったコーンポタージュ一缶を米田さんに渡した。


「ずっと外で待っていたのですか?」


「ええ、三十分ほどですけどね」


 米田さんはそれ程僕に伝えたいことがあったのか。


「それなら寒かったですよね、待たせてしまってすみません」


「いいえ、あ、コーンポタージュありがとうございますぅ」


「ええ、それで……惠谷さんが見つかったというのは本当ですか?」


 僕はコーンポタージュで手を温めながら早速聞いていく。


「そうなんですよぉ。急だったんですけどここへやってきたんですよぉ。今、休憩室で待っていてもらっているところですぅ」


惠谷ジュンは勝手に姿を消して、勝手に戻ってきたというのだろうか。


戻ってきたということは、いたということ。そして、事件が一つ解決したということになる。


 ひとまず誘拐や拉致ではなかったと考えると安心できた。


「惠谷さんと話をしてみたいのですが可能ですか」


「えぇ、でも、とっても疲れてるようでしたんで優しくしてあげてくださいなぁ」


 そう言って、米田さんは休憩室まで僕たちを案内してくれた。


 僕が休憩室に入って一番最初に目についたのは長い赤茶色の髪の毛。とても艶やかな髪の毛であった。


 髪の毛を見てその人が惠谷ジュンであることは直ぐにわかったが、実際に見てみると百八十七センチと童顔の組み合わせは異様で脳の処理速度が少々鈍った。


 そんな惠谷ジュンは何故か焦燥しきった表情をしていた。


 僕は慎重に呼びかけてみる。


「め、ぐみやさん……?」


「……、だれ……?」


惠谷ジュンの声は思っていたよりとても幼かった。


「探偵の美能です。隣はティファという助手です」


 僕は軽く自己紹介をする。


「……み、のう……? ティファ?」


「はい」


 僕は頷く。


「私は……惠谷、ジュン……だった、と思うわ……」


 なんと弱々しい声だ。


…………ん? “だった”と思う?


「えっと、だったと思う、とはどういうことですか?」


「…………よくわからないのよ」


 惠谷ジュンの目つきはぼんやりしていて、まるで催眠術にかかった瞬間の呆けたような顔つきをしていた。


「ジュンさんの雰囲気がちょっと変わったというか、全然違うんですよねぇ。性格も前はもっと迷わないような感じだったんですがねぇ」


 隣にいた米田さんが腕を組んで言う。


「惠谷さん、一体、今までどこへ行っていたのですか」


 僕は単刀直入に聞いた。


「…………それが、思い出せないの……」


 惠谷ジュンは依然として戸惑った表情を見せ続けている。


「思い出せない? それは、それは記憶喪失というやつですか」


「えぇ、本当に、そんな気分だわ。でも記憶をなくすきっかけなんて思いつかないのよ」


 長い髪の毛を手で解きながら、小さく首を振る惠谷ジュン。つんとした口調だが、顔が幼いだけに違和感がある。


「何か別に覚えていることとかはないんですか?」


「そうね……、覚えていることと言えば、私は生粋の懐古品好きということかしら」


「惠谷さんが懐古品好きなのは米田さんから伺っていましたよ」


「そう、よねくんのことも忘れてないわ。こうしてよねくんに会いにマニメイトにやって来たわけですし」


「用事かなんかおありで?」


「うーん、そうでした。私は何か話をしに来たはずなんですけど……、うっかり記憶が飛んでしまいましたわ」


 惠谷ジュンが言う。


 記憶を飛ばしてしまったことなんて一度もなかったから、記憶が飛んだ時は、一体どんな感情になるのだろう。覚えていた記憶が思い出せなくなるということは、とても不安なことだと思う。


「また記憶喪失ですか。ちょっと厄介ですね。姿を消していた間、何をしていたかもわからないのですよね。うーん、まあ、一旦見つかったことは良かったです。記憶はゆっくり戻していくしかないですねぇ。米田さん、頼めます?」


 僕は米田さんに目線を移す。


「ええ、わかりましたぁ。けど、ジュンさん、僕なんかで良いですかぁ?」


「よねくんと話すのは好きよ」


 惠谷ジュンはフフッと微笑する。


 それを見て米田さんは、


「ジュンさん、ちょっと待っててくれます?」


「ええ、わかったわ」


 米田さんは休憩室のさらに奥に入っていき、二分程して戻ってきた。


 両手には手のひらサイズの箱を大事そうに持っている。


「ジュンさん、これ渡そうと思っていたプレゼントですん。良かったら受け取ってくださいな」


 米田さんは頬を赤らめて震えた手で箱を惠谷ジュンに渡した。


「わあ、ありがとうございます。なんだろう」


 惠谷ジュンは嬉しそうに受け取って直ぐに箱を開封していく。


「これは……懐中時計? こんなに古いもの、絶対価値があるに違いないわ。こんなの貰ってもいいのかしら?」


 優しく懐中時計を指で撫でる惠谷ジュン。


「ジュンさんに喜んでほしくていつ渡そうか悩んでいたんです」


 米田さんは頭を掻いて照れ隠しをしている。


「ありがとう、とっても嬉しいわ」


 惠谷ジュンが言うと、米田さんは満面の笑みで、「良かったです」と言っていた。


 その後、僕たちは少々の話をして、今日はひとまず帰ることにした。


「それじゃあ、今日はこれで、ありがとうございます」


「お気をつけて」


 帰り際、惠谷ジュンの仕草や口調や外見を思い出す。


 全体的にミスマッチだったがそれが個性的とも言えて見ていて飽きない人だった。


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