第24話

 約三日間僕たちは書物倉庫に籠り、本を手に取りページをめくって何か挟まれていないか調べ続けていた。


「そっちは見つかりそう?」


 僕はティファに訊ねた。


「まだまだ見つかりそうにないです」


「正直僕も見つかりそうにないよ。もう少ししたら休憩を挟も……う?」


 苦戦していたその時、僕が持っていたウィルスについて書かれた本の隙間から、写真が一枚、ひらりと落ちてきたではないか。


「これは……」


「見つかりましたか?」


 ティファは持っていた本を元に戻して僕のそばへやって来た。


「これ、写真だよな。栞代わりに挟んでいたのかな」


「依田雅にとってはこの写真が栞だったのでしょうね」


「にしても、この写真は……一体?」


 写真はよく見れば見るほど、現実味がなく、ちょっと恐ろしい。


 藻で埋め尽くされていて深緑色の空気が漂ってそうな場所で、光は雲と煙で隠れて見えない。高層ビル群はあるものの薄暗い。


一体どんな意図で撮ったのだろう。そもそもこれはどこの写真だろう?


「私にも写真を見せてください」


 ティファが僕の持っていた写真を覗き込むように見た。


「ああ、はい」


「…………これは」


 ティファは数秒黙ってから呟いた。


「きっと、近い未来の地球の写真でしょう」


 僕もその写真を見たが、ティファの予想は、正直当たっているのかもしれないと思った。


「これが、未来の景色なのか……。未来はこんなにも滅ぼされてしまうものなの?」


 僕も何気なく呟いた。


「いずれにせよ、人類は滅ぶものですよ」


 まあ、いずれそうなるとしても、アンドロイドが言う台詞じゃないと思った。


 それでも見れば見るほど、滅ぶ未来の現実味が湧いてくるのは確かであったが。


「猿渡さんに報告しましょう」


「そうしよう」


 それから直ぐに猿渡准教授と合流して、現状を報告することになった。


 猿渡准教授に写真のことを話してみた。


「この写真について何かわかりますか」


 猿渡准教授は眉間に皺を寄せて、うぅーんと唸りながら答える。


「しっかりとはわからないですねー、でも、この写真はヨコハマのどこかかなと思いました。小さめにみなとみらいの観覧車が見えるでしょう。昔から夜景スポットとして有名なんですけど、こんなに荒廃したヨコハマを見たのは初めてですねぇー。そもそもどういう技術でこんな写真を撮ったんでしょうかね」


 猿渡准教授は現代の進んだ合成技術で作られた写真だと思っているようだ。それでも不思議でならない様子が見てわかる。


 そんな猿渡准教授を見て僕は考えたことを伝えた。


「これは編集技術なんかではなく、依田雅が実際に“未来で見た景色”なのではないかと思いました」


 猿渡准教授はハッとして、真剣な表情に変わり、それからもしかしてと真実を探るように話した。


「と言うことは、依田雅、彼は……」


 未来人。ゴースティング……というタイムたラベラーの帰還としか、考えようがない。


「そう……依田雅は“タイムトラベラー”と言うことになります」


 猿渡准教授はゆっくりと深呼吸をして「はあ」と深い息を吐いた。


「彼が“タイムトラベラー”だったなんて……頭の整理に時間がかかりそうですよ。“タイムトラベラー”はいないのが当たり前なんですからねぇ」


「あるいはもう既に他の“タイムトラベラー”がやってきていて、僕たちが見つけられていないだけかもしれませんね」


 冗談で言ったつもりだが、僕たちは割と真剣に考え込んだ。


「今のままじゃ、未来はこうなってしまう、と言うことですよね」


「それを変えるためにウィルスを研究する私のもとへやって来た……とですか」


「そんな未来があるとして、その未来が何年後になるのかはわからないんですね」


 僕は持っていた写真をじっくり見て、何となく写真の裏面をのぞいてみた。


 …………。


 ん?


 ――帰る時が来ても、先生を信じています――


 裏面にはマーカーでそう書かれていた。


 未来人から、信じています、と言われてしまったら、世界のすべてを一気に託された気持ちになり、プレッシャーを感じながら混乱してしまうだろうと思った。


 僕はその言葉を読んで猿渡准教授に写真の裏面を見せた。


 その一文を見た猿渡准教授は、


「依田くん、弱ったなぁ」


 と、どうしようもない笑みで頭を掻き始めた。


 猿渡准教授は依田雅の言葉を無事受け取れたようだ。


「信じているといわれたからには、彼のためにも一肌脱ぐしかないじゃないですか。さてさて、これからは膨大な研究を重ねて、ことが蔓延する前に対策を練ることとしましょうかね」


 猿渡准教授は両手を広げて気持ちよさそうな伸びをした。


「善は急げ、ですか」


「美能君にも是非、手伝ってほしいところですねぇ」


「僕でも出来そうなことなら全力で協力します」


「既に、永久凍土に着目して、論文を書いているじゃないですか」


 そうか。猿渡准教授らが始めた研究と言うのは、そもそも僕の論文があってからの研究であったことを思い出した。


 何気に僕の書いた論文が役に立っていることを知り、論文を書いておいて良かったと僕は思った。


「ただ、一つ困ったことは、この写真の景色が何年後の景色かはわからないということですなぁ」


 猿渡准教授は困ったと腕を組む。


「近い未来のことだと思いますし、このままだと研究の目途が立たなくて進めるにも難しい、ですか」


「そうです、困りましたなぁ」


「調べてわかることじゃないかもしれませんが、一応調べてみますよ」


 僕は言って、ティファを見る。


 僕はティファに僅かながらの期待を寄せる。


 ティファは無言のままだったが、なんだかティファがいれば何でも解決する気がしてきた。


 その後、僕たちは少々話し込んでいたが、キリの良いところで帰ることにした。


「研究に進展があったら、是非教えてください」


 帰り間際、僕は一言添えて大学の門を出た。




 早くタバコが吸いたかったので、僕はホテルに戻るなり直ぐに喫煙室へ移動した。喫煙室で吸わないといけないのはわかってはいるが、ロビーを抜ける前に僕はフライングでタバコを取り出して、喫煙室に入った瞬間に吸えるように構えながら移動した。


 喫煙室の中には二人の愛煙家が煙を美味しそうに吸いながら談笑していた。


 僕はそこから少し離れた、やっぱり窓側で煙を堪能する。


 ふぅ。


 最初からタバコが好きだったわけではない。寧ろ煙のニオイはあんまり得意でなかった。


 だけど今は、煙のニオイは僕の心の気休めになるし美味しいとも思える。


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