ーーキュウーー

第21話

 その日は、抜群に晴れていた。青々とした雲一つない空がこの世界を囲っている。


今日は一日休憩しよう。僕は決めてティファと一緒に気分転換をしに行こうと思った。


「どっか行きたいところある?」


「特にないです。陸さんの好きなところへ行ってください」


 全く、本当に無機質なトーンだ。


 こんな時涼香だったらどう答えていただろうと想像した。


 きっと、


「私は水色が好きだから水族館にきたい」


 なんていうのだろうか。


 または、


「映画館に行きたい」


「動物園に行きたい」


「ライブへ行きたい」


 なんていうのだろうか。


 想像すると、僕は涼香ともっと何かを共有しておくべきだったと思い寂しくなった。


「何でも良いんだ、今一番行きたいところは?」


「それじゃあ、この部屋がいいです。私はこの部屋の窓の景色を眺めているだけで十分です」


 また、景色か。


「空を見ているだけで幸せなのか?」


「幸せです。こんなきれいな澄んだ空が見れるなんて私自体が存在していてよかった、とさえも思えます」


 ティファは一瞬、仄かな笑みを浮かべたが、籠っていないような表情に切り替わる。


「大して変わんないいつも通りの景色じゃん」


 ちょっとぶっきらぼうに言ってしまったかな。


「僕とデート、そんなにいや?」


 心が折れかけそうになっていた。


「そんなことはありません」


 ティファが僕を凝視して言う。


 だったら、なんでどこにも行こうとしないんだ。


「ティファは僕と過ごしても楽しいとか微塵も感じないんだろうね。僕だけが楽しくなっていたらバカみたいじゃないか。そんなの詰まんない、怠惰だよ。それなら僕はただのアンドロイドよりも感情のある“人間”と一緒に時を過ごしたい気分だ」


「?」


 ティファはこんな僕を見ても何一つ表情を崩さず、不思議そうな表情を浮かべているばかりだ。


 僕はいつもと変わらないティファを見て疲れてしまった。


「もういい、今日は一日別行動をしよう」


「その間私は何をしていればいいですか?」


「勝手に決めてくれ」


 ドアをバタンと閉めて外へ出たが、タバコを吸っているうちに少し言い過ぎたかもしれないと少々反省をした。


 一人になった僕は、一度ミチさんのところへ戻ることにした。


サイタマに着いたのは夕方で、丁度ミチさんも事務所で休憩をしていたところだった。


「あら、陸ちゃんどうしたのよ」


 ミチさんが話しながら寄ってくる。


「どうして戻ってきたのよ」


 なんで戻って来たかは自分でもよくわからなかった。


「今日は休みなんですけど、ちょっと辛くなっちゃって」


 なんとなしに弱音を吐く。


「そうなのね、で、ティファちゃんは?」


 ミチさんがあたりを見回している。


「カナガワのホテルに残ってます」


 僕がボソッと言うと、


「駄目じゃない!女の子一人にして、ティファちゃんに何かあったらどうするのよ」


 と、ミチさんは怒り出した。


「良いんです。ティファは景色を見るのに忙しいらしいんで」


 それから僕は、ミチさんに失踪者の情報などを報告した。


「まあ、よく頑張ってるんじゃないの?あとは――」


「わかりました、ティファのところに戻りますよ。ちょっと心配になって来たし」


 そう言って、カナガワのホテルへ戻ることにした。


 ティファはまだ何も知らないから、僕が補助して色々教えてあげないといけないんだ。


 それはわかっている。わかっているけど、彼女がアンドロイドだという現実は冷たくのしかかってくる。


「朝は、キツイこと言ってすまなかった」


 寝る前に僕はティファに一言謝った。


「別に気にしていませんよ」


 やっぱり無機質な言い方。


「人間の中には、気にしていても気にしていない素振りをする人と、気にしていなくても気にしている素振りを見せる人も存在するんだ。でも、君はアンドロイドだろ? 君の気にしていないは本当に気にしていないんだろうけどね、なんだか感情が読めなさすぎるのが段々辛くなってきてさ」


 僕がグダグダ言っていると、


「それは……、すみません」


 と、ティファが急に謝りだした。


「ティファが悪いとかじゃないんだ。誰も悪くはないのに、謝らせる状況を生み出した空間が嫌だ。もう、どうしたら良いんだ」


 僕は頭がこんがらがって軽く思考が飛んでしまった。


「…………」


「疲れたし、もう面倒くさいことを考えるのはやめてさっさと寝よう、おやすみ」


 僕が眠りにつこうとベッドへ入ると、ティファが突然声を出し始めた。


「涙は時に、心が話せない言葉となり、涙は時に、心が話せない言葉となり、涙は時に――」


 アンドロイドのバグか?ティファが前にも言っていた謎の言葉だった。それをティファは連続で口にしたのだ。


「ちょっと、いきなりうるさいなぁ。眠いから静かにしてくれ」


 僕は眠かったから少し当たり強く言ってしまった。


「すみません」


 その言葉は何かのきっかけで言うようになったのか、何もなくても稀なバグなのか。目を閉じて考えたが睡魔に襲われて思考が邪魔され、仕方なく体調に従ってベッドに体を沈めることにした。


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