第20話

 翌日、米田さんから電話がかかってきた。


 米田さんは惠谷ジュンの同棲相手を見つけたから、その相手を引き留めている状態だ、と僕に話をして切った。


 僕たちは直ぐにマニメイトに向かうことにした。


「待ってましたよぉ、すんませんねぇ」


 米田さんは今日も暑そうにしている。


「ええと、惠谷さんのご友人はどこに?」


 店前で僕は周りを見回した。


「休憩室の中ですよぉ。とりあえずきてくださいなぁ」


 僕は米田さんの後をついて奥の休憩室へ移動した


 メイクをする女性が休憩室の椅子に座っていた。


 僕はその女性が惠谷ジュンの同棲相手だと直ぐに察した。


 僕が話しかけると、


「ジュンちゃんのこと?」


 と、直ぐにその女性は訊いてきた。


「そうです、あなたは惠谷さんと共に生活していたとお聞きしましたが、勿論、惠谷さんが消えたことはご存じですよね」


 僕は埃臭い休憩室で立ちながら話をした。


「うん。知ってるよ」


 女性は簡単に答える。


「惠谷さんが消えたことであなたは動揺したりしなかったのですか」


 僕が聞くと、


「まぁ、一緒に住んでいたとはいっても、私は朝まで仕事だし、ジュンちゃんとは真逆な生活をしていたからね。ジュンちゃんと顔を合わせたり話したりしたのってそう考えるとあんまり多くないんだよね」


 と、彼女が返してきた。


「同棲の発端とはいかに?」


「出会ったのはここ、マニメイトなんだけどね。発端はジュンちゃんに家がなかったってだけだよ。いつもネカフェで泊っているって聞いたとき、ジュンちゃんと意気投合して、私は部屋の一室を譲ることにしたの」


 彼女はアイラインを慎重に引きながら話した。


 そんな彼女は次のメイクに取り掛かろうとしていた。


 彼女はきっとタフなんだ。


「何か、変わったことはありますか」


 ふと、僕は気になった。


「特にそれと言って変わったことはないね。私は夜の仕事で帰って来るのが朝型だからね。ジュンちゃんを見ていたというよりは、ジュンちゃんの寝顔をたくさん見ていたって感じ」


 次に、マスカラをまつげに塗りながら話す彼女。


「それじゃあ、私これから用事があるから帰ってもいい?」


 最後にリップを塗って、彼女は颯爽と帰っていった。


 僕たちも帰ることにした。


 結局、何の進展もなしに惠谷ジュンの件は終わってしまいそうだ。


 惠谷ジュンの存在は本当に抹消されたのだろうか。


 連続する失踪事件について、僕は僅かながら興味を抱くようになった。でも、それをティファに言うと乗り気になって調査期間が延びることだけが心配で、僕は敢えて言わないでおいた。




 僕が覚えている涼香との記憶はまだたくさんある。


 涼香が僕のために昼食を作ってくれたんだ。


 僕の家で作ってくれたのはミートボールパスタ。


「これ、作ってみたんだけど、どうかな」


 そう言いながら、両手で皿を持ち僕の目の前に置いた。


「ミートボールパスタかぁ、涼香は料理もできるんだ、すごいよ」


 ミートボールなんて普段食べることなんてないから何だかワクワクした。


「カップ麺だけじゃ健康に悪いからね、私がいるときは何でも作ってあげるよ。たとえ知らない料理だとしても調べて作ることができるからね。まあ、オリジナルには欠けるけど」


 涼香はにっこりと優しい笑みを見せて僕に言う。


 僕はその手作り料理がとても嬉しくて、その瞬間さえ愛おしいくらい幸せで、一口目に食べたミートボールパスタの味が忘れられなくなったんだ。


 僕は「美味しい、美味しい」と言って直ぐに完食した。


「陸、子供みたいね」


 涼香がフフッと僕の顔を見て笑う。


「美味しかったんだから仕方がないじゃん、ありがとう涼香」


 僕はその味を忘れない。


 絶対。

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