第19話
僕にとってティファと食事をするのはなんだか気を使ってしまう感じがして、今日は一緒に行けるような気分ではなかった。ホテルに戻った僕は夕飯のミートボールを食べるべく一人でレストランに向かうことにした。その前に一服、っと。
喫煙室で軽く煙を吸う。この一本が僕の交感神経を強く刺激して脳をスッキリしたような気分にさせてくれるのだ。体には毒だとわかっているのだが酒と同様に簡単にはやめられそうにない。
レストランのミートボールは相変わらずの味だった。
その後、僕はバーで酒を飲みマスターと会話をした。
「マスター、僕の悩みを聞いてくださいよ」
レモンチェロを三回お代わりした僕はそれなりに気持ちよくなっていて、少しばかり饒舌になっていた。
「はい」グラスを拭きながらもマスターは余裕のある表情を崩すことはない。
「好きな人がいなくなって、その代わりにその好きな人に限りなく似た“別人”が現れたとして、そんな時、どんな気持ちになるのが正解なのでしょう?」
僕は涼香とティファを思っていた。
「似ていると思っているから比べてしまうだけで、見方次第によっては以外に別人である要素が見つかるかもしれませんよ、その時思った気持ちが正解なのか、と」
似ていると思っているから似ている要素しか見つけられなくて、逆に別人だと思い込めば違うところが見えてくるかもしれない……か。
「そしたら僕は二人を好きになることになるじゃないですか……」
僕はまたどっちに思いを馳せたらいいのか混乱してしまった。
「難しいですね」
少し離れた僕の顔も小さく反射してしまうほど、グラスは磨かれていたが、マスターはまだ足りないといった感じで同じグラスを入念に磨き続けていた。
「今日はこれで、帰りますわ」
そう言って、会計を済ませてバーを出た。
バーが暗かっただけかもしれないが、ふと廊下を歩いていて明かりの眩しさに気が付いた。
ティファはもう寝ているだろう。
良い感じに酔ってはいるが、九パーセントのストロングによる渾身の一撃がまだだったので、僕は部屋で一缶開けちゃおうと思い売店に寄って部屋へ戻った。
電気は消えており、部屋は真っ暗であった。手探りで照明スイッチを探していると、ティファの声が聞こえてきた。
「あれ、まだ起きていたの?」
照明をつけると、ティファは突然こんなことを言った。
「涙は時に、心が話せない言葉となり」
ティファはベッドに腰かけながら無表情を極めていた。
「なにそれ」
深く考えず僕は訊いた。
「涙は時に、心が話せない言葉となり」
「だから何それ」
「ふと思い出しましたが、続きが思い出せません」
「続きなんてあるの?」
「まだあったように思えます……が、私の一部の記憶はどうやらロックが掛かっているようです」
「ロックかぁ……、一部の記憶とやらのロックを解除したら何かあるの?」
ティファは「わかりません」と言う。
僕は部屋まで持ってきたストロング缶を見つめて静かに冷蔵庫に閉まった。
「それならどうしようもないじゃないか。それより僕はもう寝るからティファもそろそろ寝た方がいいよ」
僕は「おやすみ」と言い、ティファより一足先に眠りについた。
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