ーーゴーー暗号残しの天才頭脳研究生

第10話

 次の日、僕たちは第二の失踪者について調べに行くことにした。


「うぅ、寒い寒い」


 外は変わらず冷えていて、僕は体を強張らせながら歩いた。


隣を歩くティファは寒さに動じない様子で、相変わらず何を考えているかわからない。ティファは何も話題を振ってこないし、僕も特に話すことはなかったから、現場に着くまで特に会話という会話はしなかった。


 到着。ホテルから十分もかからないとある大学が現場であった。


 大学という建物を外で一望していると、五十半ばくらいの男が小走りでやってきた。


「お待ちしておりました。来てくださりありがとうございます」


僕たちを出迎えてくれたのは猿渡という准教授だ。くしゃくしゃで白髪交じりの髪を掻きながら、猿渡准教授は挨拶をした。


「美能です。こっちはティファという僕の助手です」


 猿渡准教授はティファをじっと観察し始めた。ティファはその間、瞬きをしないで一点を見つめていた。


「もしかして、AIロボットですか?」


「そうです。借りものなんですけどね」


「よくできたロボットですね」


 ティファは猿渡准教授に視線を向けて挨拶をする。


「猿渡さん、今日はよろしくお願いします」


 僕はお辞儀を一つする。


「ええ、美能さんたちは、どこからいらしたのですか?」


 猿渡准教授が僕たちに問う。


「サイタマからです」


「それは移動にお疲れでしょう、中に入ってお茶でもどうぞ」


 猿渡准教授は柔和な笑みで、僕たちを大学の中へ案内してくれた。


 生徒や教師たちと思われる人々は何もなかったように普通に歩いているし、楽しそうな会話も聞こえてくる。事件があったようには見えない大学だ。一人が失踪しただけでは大学の日常に変化はないのだろうか。僕たちはそのまま三階の一室まで案内してもらった。


「こちらのお部屋へどうぞ」


 猿渡准教授が案内したのは三階のある一室。


「失礼します」


 部屋の中には観葉植物と書物がたくさん置かれてある。


「観葉植物が趣味なんですか?」


 僕は何気なく聞いた。


「えぇ、植物に囲まれながら読書をすると落ち着くんですよぉ。この部屋は日当たりも良いし、植物を育てるにはぴったりなんですよねぇ」


 ニコニコと猿渡准教授は話しながら、手のひらサイズの観葉植物を僕の手に乗せた。


 僕はその観葉植物を興味津々に細部まで覗き込んだ。


「確かに落ち着きますね」


「これはですね、ぺぺロミア・ペッパーミルという植物で指先サイズの葉が茂るのが特徴ですよ。可愛いらしいでしょう」


 僕は猿渡准教授の柔和な話し方につられて、事件の調査に来たことを忘れそうになったが、ティファに声を掛けられて思い出した。


「そうです猿渡さん、これから例の事件について伺ってもよろしいですか」


 僕は手帳とペンを鞄から取り出す。


「そうでしたね、それじゃあ、あちらの席に座りましょうか。私はお茶を用意してきますね。先に座っていてください」


 僕たちは奥にある椅子に座って猿渡准教授の注ぐお茶を待った。


テーブルを隔てて二人掛けの同じ腰掛が置かれてある。二分ほど待って猿渡准教授はやってきてお茶を僕たちの前に置いて、向かいの腰掛に座った。


「それでは、ひとまずお願いしますね」


 僕はゆっくりと低い声で言う。


 ティファが録音して話した内容をデータで取ってくれるのだろうけど、僕は何となくペンを固く握りしめて前屈みになった。




 暗号残しの天才頭脳研究生




 事件は最近ではなく、今年の春の出来事だそうだ。


 失踪したのは依田雅という名の猿渡准教授の研究生徒。


 依田雅が研究生として現れたのは数か月前であったが、猿渡准教授は依田雅のことを単なる研究生ではなく、信頼できる研究仲間のように思い接していたようだ。


 その理由とは、依田雅は相当の頭脳に膨大な知識を蓄えていながら、猿渡准教授と共に研究することを希望し、研究に最も興味を示していたからだ。


 夕暮れの大学の研究室で二人は話し込んでいた。


まだ世に出ていない新ウィルスに感染した、貴重なマウスを手に入れたのだ。


二人は直ぐにマウスの観察をはじめ、その都度、欠かさず記録をつけることにした。


透明ケースに入れられたマウスを覗きながら依田雅は言う。


「先生に一度、読んでほしい論文があるんですよ」


「どれどれ」


 依田雅は移動して、パソコン画面にびっしりと細かい文章を表示させる。


「読んでみましょう」


――読み終えた猿渡准教授は答えた。


「うん、これはとても興味深い内容でした。ウィルスの研究に拍車がかかったような気がしますね」


「マウスにも永久凍土の中にあったウィルスを感染させたんですよね。野放しにしていると、人類の危機が迫るくらいの強毒性ウィルスに変異するのではないでしょうか」


 猿渡准教授はうん、頷きながら言う。


「そうですね、人類の危機は避けたいので、ウィルス対抗ワクチンの開発に取り掛かりましょう」


 二人は研究に研究を重ねた。が、突然のことだ。何の前触れもなしに依田雅が消えたのだ。昨日まで普段通り猿渡准教授と研究をしていたはずなのに、依田雅はいなくなってしまった。


 猿渡准教授は直ぐに警察に相談をしたが、警察は一向に動いてくれず、そのまま半年が過ぎた。


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