第1話:日常と、その裏側で

「ぶーぶー! てんちょー! 何で邪魔しちゃうんですかー! もうちょっとですごいこと聞けたかもしれないのに―!」

「まぁまぁ明日香ちゃん、そこはほら、企業秘密ってやつだよ?」

「むぅ……そう言われちゃ仕方ないですね……」


 弾が席を外したことでその場に残された明日香と店長は、気を紛らわせるために雑談をしていた。

 明日香としては気になったことを聞いてみただけなのだが、企業秘密と言われてしまっては引かざるをえない。

 確かに、ネタバレを聞いてしまっては初見の時の驚きが無くなってしまうから勿体ないとは思う。

 だがそれ以上に、憧れの人が大好きな作品に関わっているということが嬉しくて思わず聞いてしまっただけなのだ。


「まぁ、遮っちゃったオジサンも悪いからね。そのお詫びとして『これ』をあげるよ」

「え? ……! こ、これって……!?」


 そんな明日香の様子を見て、店長は仕方ないなというようにカウンターのとある引き出しから、1枚の紙きれを渡した。

 渡された紙切れには、先程テレビに映っていたアニメの主人公『バレット』のイラストが大きくプリントされており、その隣にはアニメのタイトルと同じフォントで『特別ヒーローショー参加チケット!』と書かれていた。

 この紙切れが意味することを、明日香はすぐに理解する。


「今日の『ザ・バレット』特別ヒーローショーのチケット!? こ、こここここれどうやって手に入れたんですか!?」

「うん、すっごい分かるよその気持ち。だからあんまり興奮しすぎないようにね。カウンター壊れちゃうから」

「あ、すみません!!」


 そう、店長が渡してきたのは明日香の大好きなアニメ『ザ・バレット』の特別ヒーローショーの参加チケット。

 『ザ・バレット』は数年前から放送されているアニメであり、その根強い人気で今なお続編やコラボ作品が制作されているのだ。

 弱きを助け、強きをくじく王道的な展開ながらも、主人公の苦悩や仲間との友情、強敵との戦いを乗り越えていく姿は多くの人々を魅了した。

 その影響もあって、ヒーローショーといったイベントも開催されているのである。

 しかも、このチケットは……


「今放送されている新シーズン『ザ・バレットPart6』が放送開始した後に、初めて上演される特別なやつ! 『バレット』が後輩ヒーローと共に強大な敵と戦うといういわゆる『レジェンド枠』で登場して、新しいフォームももらうファンなら喉から手が出るほど欲しいもの! もっと言えばこの特別チケットを持っている人だけが獲得できるアイテム『DX:魔弾の射手デアフライシュッツ』ももらえる! しかもしかも! この町で開催されるとっっっってもすごいやつ!!! 私も応募したんですけど外れちゃって……ど、どどどどうやって手に入れたんですか!!!???」

「うーん、若さってすごいねぇ……。とりあえずもう一度落ち着こうか?」


 ……明日香が全部言ってしまったが、要するにこのチケットは「とんでもなくすごいもの」なのだ。

 それをなぜ店長が持っているのかに関しては、開催されていた応募イベントに気まぐれに参加した店長が偶然引き当てただけである。


 それを知ってか知らずか、明日香は目を輝かせながらチケットを大切に持ってきていたバックにしまい、先程浮かべていた笑顔よりも笑みを深める。


「うへへへへへ……今日はいい日だな~。あ! もうこんな時間! 彼方かなた先輩と一緒に勉強するんだった!」

「お、もうそんな時間かい? 時間が過ぎるのは早いねぇ……」

「それじゃ店長さん、御馳走様でした! これお会計です!」

「はいはい、頑張ってきてね~」


 明日香の言葉につられて店長が店の時計を見ると、そろそろ10時になろうとしている。

 この後、明日香は学校の先輩と共に次の授業に向けて勉強をするのだろう。

 会計を済ませて店を飛び出した明日香は約束していた場所へと向かった。


「~! 今日も1日! 良い日になりますように!」


 力強く駆け出しながら、明日香は願い事を口にする。




『へぇ……ここが『チキュウ』と呼ばれる場所……なかなかの『ハッピーエネルギー』を持ってるわね……』




――人知れず、侵略の手が伸びていることに気づかぬまま……。




~~~~~

~~~~~~~

~~~~~




「では改めて……お久しぶりです、だん君」

射手矢いてやさん……どうしたんですか急に? あなたが個人的に呼び出しをするなんて珍しいですね?」

「そうですか? 私としては君がそこまでかしこまった口調になっている方が珍しいと思いますけどね」

「……こっちの方が良いっすか?」

「えぇ、気を張りすぎると後に響きます。それに、そっちの方が君らしい」


 場所を変えて、とある公園のベンチに腰かけている弾はとある人物と話をしていた。


 弾丸を呼び出した男性の名は『射手矢いてや じゅん』。

 お手本のように七三に分けられた黒髪と、知的な印象を受ける青のラインが入った黒縁メガネをかけ、シミ一つないスーツを着込む姿からはどこかのお偉いさんのような印象を受ける。

 そんな巡と弾丸は、で知り合ってから時折連絡を取り合うほどの仲であり、互いに力を貸しあう親友でもある。


 だが今回訪ねて来た巡の纏う雰囲気は、彼を良く知る弾としてもおかしいと感じてしまう。

 まるで何やら大きなことが起こりそうになっているかのような……。

 そんな怪訝そうな弾の様子を尻目に、巡は口を開いた。


「単刀直入に言います。『』が現れそうになっています」

「!!??」


 『新たな脅威』……その言葉に弾丸は動揺する。

 もし彼らが話していることについて何も知らない他人がこの場にいたならば、真面目な顔でおかしなことを言い始めた巡の頭を心配するのが普通だが、巡と弾からしてみればふざけている場合ではない事態なのは確かだ。


「なっ、『G.T.E.R.O.』は壊滅したはずじゃ……!?」

「ええ。G.T.E.R.O.『は』壊滅しました。しかし、また別の脅威が発生したのですよ。だからこそ今回の件は『新しい脅威』なのです」

「嘘、だろ……」


 巡の言葉に困惑したような表情を見せる弾。

 その中でも、2人は『T.E.R.O.』という言葉を共通して口に出していた。


――『G.T.E.R.O』


 正式名称は『Global世界 The Equality平等 Realization実現 Organization機構』であり、「世界が平等であることを実現する」ことを意味するこの言葉は、過去、世界中に混乱をもたらした組織の名称である。

 最初の内は世界の格差をなくすための慈善活動を主に行っていたが、いつしかその行為は過激になっていき、武力を用いた抗議活動にまで発展してしまった。

 さらに言えば、どこで開発されたのか分からない超常技術で作られたとしか言いようがない、強力な『生物兵器』すら持ち出してきたことでその勢力は大きなものとなり、全世界に大きな被害をもたらしたのだ。


 そんな組織が過去に存在のである。

 「存在」とあるように、もうこの組織は壊滅している。

 それは何故なのか……答えは巡が言ってくれた。


「世界各国が力を合わせ、その英知を結集したことで彼らの組織を壊滅、構成員達は捕縛され世界は平和に終わった……でも、それだけでなかったのはあなたが一番知っているはずですよ。G.T.E.R.O.戦争を終わらせた男、矢島弾……いえ――」



「――白銀の英雄――『ザ・バレット』」



「今の俺はただのカフェのアルバイトやってる矢島弾っすよ、射手矢さん……」

「……確かにそうですね。失敬、事の重大さに少しばかり焦っていました」


 そうだ、その争いを終わらせた張本人が、今まさに巡の隣に座っている『矢島弾』である。

 しかし、弾が過去の思い出に浸る間もなく巡は言葉を続けた。


「しかし観測班からの報告曰く、時間はそう残されておりません。その間に快い返事をもらえると……」

「これは……」

「それが件の脅威となり得る存在……その先兵と思われる生命体です」


 そう言って巡は、持ってきていた荷物の中から黒いファイルで纏められた書類を弾に渡す。

 そこには空白を埋めるようにびっしりと文字が書かれており、書類の片隅にはなんらかの生物を写した写真が貼ってある。


 しかし、写っていた生命体は……なんだか分からないがどこか愛嬌すら感じさせる、丸みの帯びたビジュアルだったからだ。

 いっそ、ソーセージのクッションを巨大化して、子供達なら怖いと思いそうなレベルのシンプルな怒ってる表情をくっつけた感じといった方が分かりやすい。

 それを見て肩の力が抜ける弾と巡。


「……なんだこれ、やたら丸っこくねぇか? 新手のクッション?」

「……それは私も思っております。敵は敵であるというのに変わりはないのですが、いささか気になりまして鑑識班に通したところ、遺伝子情報がG.T.E.R.O.が生み出した戦闘生命体のどれにも当てはまらないとのこと。自然発生したという可能性も否定できませんが流石にそう思うには無理があるかと……」

「明らかに別の組織が作ったって言われた方が納得いくもんな……だから『新たな脅威』、か……」


 そう呟きながら弾は空を仰いだ。

 頂天に昇りそうな太陽がまぶしく、横を向けば公園の遊具で遊ぶ子供たちの姿が見える。

 もし、この謎の存在によってこれらが奪われてしまうのだとしたら……。


「それは、嫌だな」

「私もです」

「今回の敵、射手矢さん達だけでも守れるか……?」

「私達もそう思いたいです。ですが最悪の場合があります」

「…………」


 しばらく無言の時間が続く。

 巡は買ってきていた缶コーヒーのふたを開け、一気に飲み干しながら弾の答えを待っていた。


 そんな時間が数分続いたと思った頃、弾がようやく口を開く。


「はぁあああああ…………本当ならあれで終わっててほしかったんだけどな……」

「えぇ、争いなんて起こらない方が一番良い」

「でもさ、ここでうじうじ悩んでたらそれこそ何もかも終わっちまう」

「はい。あなたは良く悩んでましたね。それこそ私達がピンチになってようやく駆けつけるくらいには」

「それはマジですまんと思ってます……だからこそ――」



「――俺、もう一回なってみせますよ。『ザ・バレット』に」

「分かりました。上層部に報告しておきます。英雄が戻ってきますよ、とね」



 弾が放った言葉は静かだったが、強い覚悟も乗っていた。

 そして、その言葉と共にその場を後にしようとする二人。


――その時である。


「? すみません連絡が来ました。これは……もしもし?」

『射手矢さん! 丁度良かった!! 緊急事態です!! 高エネルギー反応を検知しました!! 前回の敵性生命体と同じものです!! 場所は……射手矢さんがいる町です!!』

「!! 了解!! すぐ向かう!! 君達も現場へ急行してくれ!!」

「!? なんだって!?」


――世界の脅威が魔の手を伸ばし始めていたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

"元"変身ヒーロー『バレット』、世界が魔法少女ものになって困惑する @cloudy2022

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ