"元"変身ヒーロー『バレット』、世界が魔法少女ものになって困惑する
@cloudy2022
プロローグ:何気ない日常
『ここがチキュウ……!』
『もう希望はここしか……!』
『皆! 待ってて!』
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――『変身ヒーロー』。
世界を脅かす悪と戦うために、特別なスーツをまとって戦うヒーロー……それが「変身ヒーロー」というもの。
この世界――『チキュウ』にも、世界を脅かす「悪」と世界を守る「ヒーロー」がいたのである。
――悪の名は「ギャングズ」、ヒーローの名は「バレット」だ。
今や伝説の存在であるこの両者、その1年にも及ぶ戦いの行く末は数年前の決戦――「エクリプス・デイ」により、ギャングズの「敗北」とバレットによってもたらされた「勝利」によって終わったのである。
そんな世界を揺るがす事件すらも過去となった現在、また新たな敵が現れるのであった。
世界の脅威を前にしてバレットはまた立ち上がり、大切な日常を守るために彼は戦う!
新番組! 変身ヒーロー「ザ・バレット」! 日曜朝より放送中――
――と、いったところで『ブツッ』という音を立てながらテレビの電源が落ちた。
「あぁっ! まだ見てた途中だったのに!?」
「やかましい! わざわざここまで来て見るようなもんかぁ!?」
「見る価値あるもん! 朝のジョギングが終わって気分が総会で、戻ってくる頃には美味しいコーヒーが出てて、
「だぁっ! 暴れんな!! 椅子が壊れるだろうが!!!」
そう言い合いながら店内に響くような大きい声で騒ぐジャージ姿の少女と、エプロンを付けた青年。
そんな2人の姿を、微笑ましいものを見るかのような生暖かい目で眺める観衆が集まるこの場所は、街角にある小さなカフェ――『スイートモーメンツ』。
せっかくの日曜日だというのに、心安らぐはずのカフェの店内で朝から騒がしくしている男女だが、その姿に悪感情を抱いている者はいなかった。
何故なら、彼らがこうして騒いでいるのは今に始まったことではなく……
「俺は言ったよな
「54回!! それとコーヒーお代わり!」
「それ自信満々に言うやつか!? 店長! コーヒー1杯入りましたぁ!!」
『
もはや名物と化したこの2人のやり取りに、他の客たちは思い思いの感想を口にしていた。
「相変わらず仲が良いわね
「そうじゃのう婆さん……わしらにも昔はあのような頃があったもんじゃ……」
「うーん……やっぱり今日もブラックだけじゃ駄目だったか……」
「もうスーパーブラックっていう名前の10倍くらい苦いやつ出してもらおうよ……」
ほとんど好意的な感想が出てくるほどには日常の一部となったやり取りをしている2人。
少女の名は「
明日香はカフェ『スイートモーメンツ』がある『
短く切りそろえた茶髪をボブカットにまとめ、溌剌さと優しさを同時に感じさせる顔立ちは、弾に構ってもらえたことが嬉しいのか「にへらっ」というようにだらしなく崩れていた。
方や弾の方はここ『スイートモーメンツ』のアルバイトで、本当なら他の客の対応もしないといけないのだが、もはや毎日のように訪れてくる明日香の専属店員になってしまっている。
整えていないからなのか若干ぼさついた黒髪を跳ねさせ、明日香とのやり取りで若干漏れ出てしまった圧を感じさせる鋭い目つきを何とか抑えようと目元を抑えており、どうも苦労人といった印象を受けてしまう。
そんな弾と明日香の様子を見ていた者の中で、弾丸に声をかけるものがいた。
「はははっ、相変わらず元気だね矢島君。オジサン、花の女子高生とそんなやり取りできるの羨ましくなっちゃうよ」
「そうは言っても店長……これ、営業妨害じゃないんすか……?」
「周りを見て見なよ矢島君、皆はそんなこと思ってるかな?」
「はぁ……仕方ないっすね……甘んじて受け入れときますよ……」
「うんうん、素直に受け入れてくれて、オジサンとっても嬉しいなぁ~」
声をかけてきたのは『スイートモーメンツ』の店長――『
艶があることから手入れはされているはずなのに、やたらと髪がはねているほど強い天然パーマを持っており、その人あたりのいい性格と容貌から隠れた人気を誇る男性だ。
そんな彼は手際よくコーヒーをカップに注ぎ、それと並行するように小さなホットケーキを焼いていく。
「ほいっと!」
「おー! いい焼き上がりですね!」
「おだてても無料券しか出ないよ~。あ、これ矢島君からのおごりね?」
「本当ですか!? わーい!」
「ちょっと店長……」
「まぁまぁ、これも男の見せ所だよ?」
「んぎっ、ぬぅっ…………分かりましたよ……ちゃんと食べろよ明日香」
「んへへへへ、はぁーい!」
店長の粋な計らいのおかげで和気あいあいとした空気が流れ出す店内。
他の客も次々に注文をすることで、弾と店長の仕事も忙しくもなってきた。
そんな店内の様子を尻目に、明日香は前から気になっていたことを
「もぐもぐ……あ、そういえば聞きたいことがあるんですけど!」
「おろん? どったの明日香ちゃん?」
「弾さんが『ザ・バレット』に登場してるって本当ですか!?」
口元にホットケーキに乗っていたクリームを付けたまま、身を乗り出すほどの勢いで明日香はそう質問する。
実はこの明日香という少女、大のアニメ好きなのだ。
休みの日には必ずといっていいほど録画or購入したアニメを5話分は視聴し、旅行などで遠出するときはこれまたアニメグッズを買い集める。
そんなアニメ好きの明日香の中で最も好きなジャンルが、王道を行く「ヒーロー」ものなのだ。
先程店内にあるテレビで放送されていた『ザ・バレット』なんかがその典型例である。
目を輝かせながら質問をしてきた明日香にキョトンとする2人だったが、少しして思い出したのか顔を引きつらせながら言葉を発した。
「えっと、どこでその情報を教えてもらったのかな?」
「教えてもらってないです!」
「はぁ? じゃ、どうして俺が出てるってわかったんだ?」
「『ザ・バレット』の3Dモーションの動きが弾さんだったんで分かりました! 必殺技のライフリングキックとか特に! って、やっぱり出てるんですね!?」
「えぇ……」
「えぇ……」
変身ヒーロー『バレット』の必殺技――『ライフリングキック』。
空高く跳躍し、突き出した足を軸足にすることで、回転を加えながら相手を蹴りつける強力な技……とされているこの技の動きが弾の動きとそっくりだったから……ということで聞いただけの明日香だったが、ただでさえアニメの補正で隠れてしまっている体の動きを見抜いてしまう観察力に少し引いてしまう2人。
そんな2人の様子を知ってか知らずか、興奮気味に質問を続けていく明日香。
「で! で! どんな感じなんですか撮影現場って!? やっぱりモーションキャプチャーを全身に取り付けるんですか!?
「……そういえば矢島君、今日の撮影は大丈夫かい?」
「撮影……あ、あー……店長……?」
「うん、行ってらっしゃい。今日は給料日だからちゃんととりに来てね」
「了解っす。んじゃ」
「あぁ!? ま、待ってくださいよ弾丸さーん!!!」
流石にこのままでは明日香が止まらなくなってしまうと判断した店長の機転により、追及されることに内心焦っていた弾は店を後にする。
後ろから聞こえる明日香の声を気にしないようにしながら……。
ある程度カフェからも距離が離れ、一息つけるようになった弾は独り言をつぶやく。
「危ねぇ……あれ以上追及されてたらどうなってたことか……」
情報漏洩はいろんな意味で不味いと思っていたので、店長の機転にはかなり助かったと思っている。
もちろん今から撮影というのは嘘だ。あの場から弾を逃がすために店長がついた嘘である。
そんな店長の助けをもらったあと、街中を歩く弾は待ちゆく人々の様子を眺めていた。
「ねぇねぇ、次は何を食べに行く?」
「安いよ安いよー! 今日はいろんなものが安いよー!」
「ケンちゃん! 次はどこに遊びに行く?」
何気ない会話をしながら何気ない日常を楽しんでいる彼らの姿は、弾の胸に淡く喜びが通う。
そうだ、あれだけの苦悩は無駄じゃなかったのだと。
『~~♪』
「って、こんな時間に電話……? もしもし?」
しかし……
『お久しぶりです、弾君』
「……
――日常が崩壊するのはいつだって突然だ。
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