第7話 夕月(3)

 そして、葵に出逢ってから初めての運動会がやってきた。


 片親しかいない夕月は、相変わらずに後ろで指を刺されて、その母親を𠮟責する理不尽な声が浴びているのが耳にした。

それらの声を無視して、陰のある隅っこの場所を取って母親と一緒にお弁当を食べていると、ちょうどリレーの試合が終わって、席に戻る途中だった葵と目が合う。


(相変わらず周りに人が多いな)


 いつも通りに仲のいい友達と一緒に笑い合う葵を見て、反射的に目を逸らす。すると、何故か葵は周りの人を置いて、大きく手を振って詰め寄ってきた。


「ねえ、ゆづきちゃん、その弁当、おいしそう~ いいなー、料理がうまいお母さんがいてうらやましー」


 子犬のように近寄ってきた葵の目には嘘の色が見えない。葵は真剣にそう思っているのだ。


 そのあと、お互いの親もそれをきっかけに知り合いになって、偶然住む家が近いのため、二人は昼休みの屋上だけでなく、学校の外でも一緒に遊ぶようになった。


 数ヶ月が経ち、昼休みに屋上で葵は唐突に夕月に尋ねた。雲一つのない空に、太陽は眩い光を放つ。日差しを背にしている葵の表情が、よく見えなかった。


「ねえ、お父さんがいないと、さびしい? 」

「父親と母親が揃った家庭だって毒親がいる。世間が言う普通という凝り固まったイメージにはまらなかった幸せだってあるんだよ。そういうのをわからないやつらなんて、ただ想像力が乏しかったバカなだけ」


 夕月は淡然としている。もし他の人にそんな質問を聞かれたら、きっと激怒していたのだろう。けれど、葵は違う。たとえ葵の顔が見えなくても、夕月は葵を信頼している。


「えと……どくおや? とぼしい? ……よくわからないけど、ゆづきちゃんは幸せ、だよね? 」


 頭を傾げる葵。夕月はその打算のない仕草がいちいち愛らしく見えた。私が使っている言葉、葵には難しすぎたのかなと反省しつつ、夕月は微笑みをかける。


「うん、幸せだよ」


 そんな夕月はもちろん葵を嫌いになるはずがない。それでも彼女が頑なに葵を避けているのは、事情があった。


「一緒に写真を撮ろうよーゆづきちゃんー」


 小学校の卒業式。葵は周りの目を気にせずに、夕月にしつこく絡んだ。


「はいはい。わかったよ」


 写真を撮るのが恥ずかしく思う年頃である夕月は、太陽のような笑顔をする葵に敵わずついつい彼女を甘いてしまう。心にこみ上げてくる温かい気持ち。それが世間では恋と呼ばれるものであると夕月は自覚した。


 帰り道に、不用意に耳打ちした声が耳に届く。本来なら聞こえるはずがないのだが、ハーフヴァンパイアであるために夕月は他人より五感が少し鋭い。


「ねえ、葵ってもしかして広瀬って子と仲いいのかな? 」

「えーマジマジ? 」

「まあ、葵ってちょっと変な子だよね。何もかも普通なのに、なぜか趣味が変というか」

「あー、それなんかわかるかもー」

「ざしきわらし……? みたいな子と仲良くなるなんて変だよねー」

「葵のことも気を付けよっか。趣味が悪くてなんか気持ち悪いし」


(私と関わると葵まで悪く言われる)


 そう思って夕月は葵と距離を取るようになった。これは自分の正体を知って、広瀬夕月からユヅキ・ドラキュラになるまで少し前の話である。

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