第2話 プロローグ(2)

 暗がりの路地裏の近くに高く聳えた建物の屋上で、吸血鬼ヴァンパイアたちの茶番を見せつけられている彼女は大きくため息をつく。スーツに黒いマント。夏の真っ最中で季節外れの長袖を着ている無表情な少女は、吸血鬼ヴァンパイア界でもめったにない海の奥底にあったような深い青色の瞳を輝かせる。時代錯誤な日本刀を佩いている彼女は明らかに銃刀法を違反している。


 しかしながら誰も彼女に法的な措置を取ることはできない。何故なら、彼女は守り人カーディガンというどの国の法律にも通用しない人間と吸血鬼の間の協定を守るためだけにあった特殊な職業を就いていたから。


「今回も吸血していないね、先輩」


 現代では稀に見ない金髪縦ロールのツインテールをしているマイは、後ろからユズキに声をかけた。後者は振り返ることなく、静かに深夜の街を見渡す。

 マイはかつてアイドルとしてテレビで活躍している経歴があるため、おしゃれに強いこだわりがあるらしくて、長い袖から伸ばした爪はうる艶のあるネイルをしている。


「おい先輩、聞こえてるの? 」

「聞こえてる」


 マイの甲高い声が静かな夜にミスマッチし過ぎて、ユズキは眉をひそめる。


「だったら返事してよね。狩りだのなんだのを言い出したどころでどうせマリーは血を吸わないのだから、別に監視する必要はないでしょ。あのバッカプルをほっといたら? 」


 自分の意見に同意しているのか、ようやく振り向いてくれたユズキは桜色の唇を開く。しかし、予想された反応を見せずに、ユズキはひどく平坦なトーンで淡々と述べる。


「……協定に違反した行為を見つけたら直ちに取り締まる。ただそれだけ」

「チッ、つまんないの」


 模範解答をそのまま実行するユズキは守り人カーディガンとしては優秀だが、吸血鬼ヴァンパイアとしては個性がなさすぎてつまらなくて、マイは思う。


 面食いのマイは、非現実的な美貌を持つユズキが担当したエリアに配属されると告知された頃は、浮かれた気持ちになった。

 丁寧におめかしをして、わざわざクールな先輩に合わせてピンク色を基調としたコーデをしていた。たとえ周りが吸血鬼界一の変人と評価されていて、同期に同情な眼差しを浴びていたとしても、彼女は周りはただ嫉妬していると信じ込んでいた。


 なのに、いざユズキと一緒に見回りすると、彼女がアンドロイドよりずっと人間味がなくて、そのビスクドールと彷彿とさせる美貌に加えるとひどく不気味に思う。周りの忠告をちゃんと聞くべきだとマイは後悔している。


 ポケットから黒い端末を持ち出して、モニターにはいくつの赤い点があった。これは守り人専用の機械で、近くに催眠能力を使った吸血鬼ヴァンパイアが放出した特殊の生体信号を感知して、赤い点で彼らの居場所を示す。それらの点に向かってよなよな狩りに出た吸血鬼ヴァンパイアたちを取り締まる。

 それが守り人カーディガンの日課である。最短ルートを確認して、ユズキは屋上を駆け抜ける。


「いくぞ」

「ねえ、先輩はさ、こういう仕事って毎日やってるの? 」

「……」

「ねえってば、無視しないでよー」


 かろうじてユズキの後を追うマイは、ユヅキが期待したような反応を返してこないと知っていても、沈黙に耐えきれずに、めけずにユヅキに声をかける。


 口ではスルーされたことに文句を言うけれど、もはや答えてくれるのを期待していない。マイはただ夜のじめじめした空気に一人に取り残されている感覚を振り払うことを一心に、だ。

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