第3話 プロローグ(3)


「あれ、なんで急に止まるの? 」


 地面に倒れ込んでいるうら若き女性。平凡なサラリーマンのような顔をした男性は長くて鋭い犬歯を露にして、赤い血液がぽつりと地面に滴る。ユズキが答えるまでもなく、マイは腰辺りに吊るす長い鞭を取り出して、身を構える。


 初めての実戦に心臓がドクンドクンと鳴らせて、攻撃をしようと鞭を高く持ちあげると、銀色の光が一瞬だけ閃いて、目の前の敵は首を落とす。

 そのかつて人の首であった球体はゴロゴロと地面に転がる。残された躯体は一拍子遅くに倒れた。

 数秒後、サラリーマンの格好をしていた男性は塵となって跡残さず消え去った。残された人間はまだ息があるらしくて、ユズキは医療班に連絡を入れる。


「もう、先輩ってば。私にも戦わせてよー」


 口を尖らせているマイを無視してユズキは次の場所に向かう。目に見えない速さで抜刀して敵の息を止める。流れるような動きがあんまりにも美しくて、思わず気圧されているマイは、気づかないうちに見回りが終わっていた。



「ねえってば、スルーしないでよ。そういうは先輩のパートナーってどこにいるの? 私はまだ見習いだからパートナーがまだいないけど、先輩はパートナーがいるでしょ」


 屋上を駆け抜けて基地に帰る途中に、沈黙に耐えきれずにマイは語る。


「……君とは関係ない」

「たしか、ずっと基地にいるんだよねー。先輩が頑張ってお仕事してるのに、居候だなんて情けないよねー。役立たずで先輩も大変だったよねー」


 ユズキが自分に返事したことで調子に乗って続けて言う。暗闇の中に光る青い瞳に睨みつけられていることに気づかずに。


「なんであんなやつが先輩のパートナーなんだか、すぐに死んじゃえばいいのにさー」


 突然、視界の隅に何かが閃いて首に冷たい感触をする。反射的に手で触れると、指先から赤い液体が流れる。月の光に照らされて銀色の光を放つ日本刀は、マイの顔を映り出す。状況をいまいち掴まらない彼女は自分の目を疑う。


「……これは警告だ。もしまたアオイの悪口を言ったら殺す」


(あれ、なんで? パートナーと言っても人間は下等生物だよね)


 協定に従って定期的に吸血鬼ヴァンパイアに血を送り込む人間は所詮家畜で、ちっぽけな存在だ。守り人カーディガンというのは、協定を維持するためにお互いを監視する意味を込めて各エリアで人間と吸血鬼ヴァンパイアそれぞれ一人でパートナーとして組むシステムがあるけど、命に限りのある人間などただの生き贄で使い捨てであるはずだ。


 吸血鬼ヴァンパイアの常識を背ける行為を平気な顔でするユズキを見て、マイはひどく混乱していている。一方、ユズキは眉一つ動かず、ただただ冷たくマイを見下ろす。


 吸血鬼ヴァンパイアの中では異端と見做す青い瞳から刺すような鋭い視線を感じる。その瞳に一切揺れがない。──この人なら同族を簡単に殺せる。マイの冴えてない頭は遂に自分に置かれた立場を理解した。


「す、すみません。私、そんなつもりじゃ……」


 自分は捕食される側にあると気づく途端、先までの傲慢な態度を改めて命乞いする。目尻に涙が滲む。


「……次があれば殺す」


 低く沈むような声を発したユズキは刀を鞘に収める。命の危機から逃れた金髪少女は、力なく地面に座り込んで壊れた人形のようにうんうんと首を縦に振る。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る