第1話  プロローグ (1)

 夜の帳が降りて辺りが真っ黒になった頃。人通りのな路地裏で、ルビーより深く血を連想させる赤い瞳が妖しく光る。


「ねえ、貴方の血を頂戴」


 深い眠りを誘うように、ミニスカートに黒いマントを着ている年齢が見えない女性は優しくささやく。

 その言葉に従って、年は十五六歳くらいで、このあたりでよく見かける女子校のセーラー服を着ている黒髪で清楚な美少女は、言われるがままに肩を出して血管まで見えるほど白くて透き通った柔肌を無防備にさらけ出す。


「ほら、やめなさい」

「あ、いたっ」


 白いTシャツにジーンズの短パン。いかにも夏に相応しい涼しい恰好をしている女性は流麗な動きで白くて鋭利な牙を露にしている同胞の頭を無情に叩く。その衝撃で優雅な女性は素っ頓狂な声を出す。


由美子ゆみこ、帰るぞ」

「そんなダサい名前で呼ばないでくれる? 由美子じゃなくてマリーだわ」

「おい由美子、この子は餌じゃないでしょ。野良のを捕食しちゃダメだって、何度言ってたと思う? 」


 呆れるように諭す健康的な四肢を惜しみもなく人に見せる男口調をしている女性は、ウミという。面倒と思いつつも、彼女は毎度毎度も協定違反する由美子の吸血行為をやめさせてきた。


「だ、か、ら、マリーじゃなくて由美子だし……あっ、じゃなくてマリーだ」


 暗がりでよく見えない腰まで伸ばす長い髪が揺れている。いつも優雅であることをモットーに数千年を生きてきた由美子、もといマリーは自分の失言に気づいてすぐに訂正を入れる。彼女は吸血鬼ヴァンパイアになった暁、人の名前を捨ててマリーと名乗った。


「自分すら覚えられない名前を作る必要があるのだろうか」


 やれやれと言わんばかりに肩をすくめるウミ。ああだのこうだのと文句を言い続けるのに、毎晩飽き足らずに狩りに出た由美子を連れ戻そうとしてくる。これ惚れの弱みというやつだと内心考えつつも顔に出さないようにしている。


「まったく、狩りもままならないなんて、吸血鬼ヴァンパイア社会は腐っているわ」


 ウミが自分の邪魔をすると知っていながらも由美子は毎晩毎晩狩りに出た。まるで追っかけてきてと言っているような幼稚な行為を繰り返している。


 不貞腐れたように口を尖らせているが、ウミが目を逸らす隙間で口角を上がらせる。これは彼女なりの愛情表現だ。ウミが隠した本心に気づいているが、由美子は決して告白しない。何故なら、彼女はこういうやり方でしか人と付き合えないからだ。

 彼女らはきっと歪んだかくれんぼを続けて、一生守り人カーディガンを困らせ続けるのだろう。


 一方、さっきまで放置されているセーラー服の少女は、依然として茫然とした表情で目に焦点が失っている。ようやく彼女の存在に気づいて、「帰って頂戴」と由美子はささやくようなか細い声で命令する。


 すると吸血鬼ヴァンパイアの目に催眠された少女は人形のようによろけた足取りで路地裏から立ち去る。


 影で彼女らを監視している守り人カーディガンがいることをつゆ知らずに、マリーとウミは言い合いながら帰った。



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