奇譚0008 テレビ
兄が大学に進学して一人暮らしを始めた。家に行ってみると中々小綺麗な感じでいいけれど一つ気になったのはテレビがない。
「いや俺テレビ嫌いだし」
そういえば兄がテレビを見ているところを見たことない。
「昔お母さんにお前はテレビの中から拾って来て何かあったらテレビの中に閉じ込めちゃうぞって言われて大泣きしたんだわ。それから何かテレビが怖くなった」
「何それ?普通橋の下で拾ったとかじゃないのw」
それで帰ってから母親にその事を聞いてみる。
「え?そんなこと言った記憶ないけどな〜」とテレビで韓流ドラマを見ながら言っている。まぁ言った方は覚えてなかったりするよな。
家族で夕飯を食べる時もテレビは見なかったし食べ終わって誰かがテレビをつけると兄は自分の部屋へ行った。朝食の時はテレビをつけてたけど兄は普段朝ごはんを食べなかった。いつからか忘れたけどテレビを見ない時は布がかけられてテレビデッキ自体が見えないようにしてあったのは兄がやったのか。「本とかレコードとかあれば別にテレビなんかいらないし映画はやっぱり映画館で見たいし全然困らんぞ」と言っていた兄が死んだ。
大雨の日に増水した川で溺れていた子供を助けて子供は助かったけれど兄は川から上がろうとして流れてきた流木にぶつかってそのまま流されて溺れて死んでしまった。
子供を助けたヒーローとして兄は連日各局のニュースやワイドショーで取り上げられていた。父も母も悪いことじゃないだろうという理由でテレビ局に兄の映像を使う事を許可したし兄の友達も兄と映った写真や映像を提供したりしてるけれどきっと兄は嫌いなテレビに自分が映る事は嬉しくないだろう。兄が映っているニュースを見ながら本当に兄がテレビの中に閉じ込められたような気がした。でもすぐに芸能人の不倫報道で兄のニュースは放送されなくなった。芸能人の不倫に初めて感謝した。
それから一年後くらいに下の妹がわーわー騒いでて「ちょちょおねーこれ見てこれ!」と言って見るとテレビに兄そっくりな人が街頭インタビューを受けていた。顔はもちろん服装まで同じだった。私は急いで録画して母と父にもその映像を見せた。「まぁそっくりな人もいるんだな」「いやいや似過ぎだし!この服も見たことあるし!」と私も妹も興奮してるけれど父も母も冷静で「世界には3人そっくりな人がいるらしいし、顔が似てれば服の趣味も似てくるんじゃないか?」「もしかすると一年前くらいの映像かもしれないぞ?お兄ちゃんが生きてた頃に実際にインタビュー受けてたのかもしれないぞ」テレビが嫌いだった兄がインタビューなんか受けるだろうか?
でもそれから兄に似た人?は情報番組やらバラエティー番組やらの街頭インタビューでちょくちょく見るようになる。それだけではなく番組の観覧席やニュースのお天気コーナーの後ろの方で手を振っている人たちの中にも見つける。
本当にそっくりさんなんだろうか?と思っているとクラスメイトのミクが「ちょっと言おうかどうしようか迷ったんだけど」と言って見せたのがネットの記事で色々な番組で見かけるこの謎のイケメンは誰だ?的な記事だった。ネット上には兄が映っている映像の写真がある。
「アーミンのお兄さん?というかお兄さんのそっくりさんをテレビで見た時にめっちゃ驚いてアーミンに教えようか迷ったんだけど」
「うん、ありがとう。私も見たし今もちょくちょく見るね。あれだけ出てたらネットでも噂になるか」
「アーミンのお兄さんかっこいいし背も高いから目立つよね」
「うん」そうだ兄はかっこいいのだった。中身もかっこいいけど見た目もかっこよかった。兄の横顔の顎の綺麗なラインを見るのが好きだった事を思い出してちょっと悲しくなった。
「ごめんね。思い出させちゃったよね」
「ううん、ありがとう教えてくれて。でも本当にこの人誰なんだろう?こんなに頻繁にインタビュー受けたりとかするものなんかね?」
ネット上での考察にはテレビの街頭インタビューなんかはエキストラを使っていることもあるらしい。たまに同じ人がインタビューを受けていたりするがこんなに多い頻度はあまりないのでもしかすると芸能事務所がこれから売り出すタレントのために仕掛けたことかもしれないとか書いてある。
「ちょっとここ読んでみて」と言われて読んでみるとこれまでのインタビューで兄のそっくりさんが話した情報をまとめてある(暇な人もいるもんだ)。家族構成は両親と妹が二人で好きな食べ物はラーメンで自転車通学で高校時代はバスケ部キャプテンで趣味は読書と音楽で嫌いな食べ物はトマトで本物の兄と同じだった。その後のことはよく覚えていない。どうやって家に帰ってきたのか。
私はまず妹にこの話をしてみた。
「えー?!やっぱりあれってお兄ちゃんなんだよ!」「どうすればいいかな?」「テレビ局にメールとか送ってみれば?」「なんて送るのよ?」「失踪した家族を探してます的な感じでさ?」「信じてもらえるかね?」「家族みんなで写ってる写真とかも送ってみればいいじゃん?モノは試しでしょ?」うちの妹はこういう事には頭が回る。とにかく行動してみる事にした。あちこちの番組やテレビ局にメールを送ってみた。しばらくすると返信が来た。一度詳しい話を聞きたいという事だった。もしかすると番組のひとネタにでもしようとしているのかもしれない。でも行ってみる事にした。他にできることもなさそうだったからだ。ディレクターという肩書きの人が指定したのがテレビ局の中だった。受付で呼び出してもらうとディレクターではなくADの女の人がやってきて楽屋なのか会議室なのかわからない部屋に案内されてちょっと待ってほしいという事だった。緊張していて昨日からあまり眠れなかったのでいつの間にか椅子に座りながら眠っていた。夢の中でも私はテレビ局にいてスタジオの扉を開ける。やけに広い暗闇の中に異様に明るい箇所があってそこにテレビ番組のセットでできた部屋がある。暗闇の中にはたくさんの大きなカメラがあってそのセットにレンズが向けられている。テレビのスタジオって何だか夢の世界みたいだなとか思うが、これも夢か?明るい方へ近づいていくとセットでできた部屋には見覚えがあった。あれは一人暮らしをしている時の兄の部屋だった。するとセットの部屋のドアが開いて兄が入ってきた。「よう、久しぶり」という兄は紛れもなく私の兄だった。「こっちきて座りな」そう言われて私はソファーに座った。セットの前にはテレビモニターがあってソファーに座る私たちが映っている。へー、テレビってこんな感じかとか感心している場合じゃない。「あのテレビに映っていたのはお兄ちゃんなんだよね?」「そうだよ。本当にテレビの中に閉じ込められちゃったな」と言って笑った。「笑い事じゃないし。どうすれば抜け出せるの?」「アミが来てくれたからもう大丈夫だよ?」「そうなの?」「そろそろ番組も終わる」そう言って兄は立ち上がってカメラに向かって手を振った。「ほらアミも一緒に」そう言われて私も立ち上がって手を振り暗闇の中から拍手が起こる。私たちは「お疲れ様でした」と暗闇で見えないスタッフに挨拶をしながらテレビ局を出た。外はもう日が落ち始めて青く染まっていた。
「お母さんが昔テレビの中に閉じ込めちゃうとか言ったからこんなことになったの?」「んー、違うかな?何かがズレちゃうことってあるんだよ」私たちは電車に乗って普通に家に帰った。いつの間にか兄の姿はなかった。その日から兄がテレビに出てくることはなかった。ちょっと寂しいけれどこれでよかった。でもテレビ局で居眠りして夢を見ていたはずなのに、あの日私はいつ目が覚めたんだろうか?
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