奇譚0007 分裂と分解

 晴れていて暖かく心地よい日でなんとなくどこかへ出掛けようと思ってクローゼットの中を見ると見慣れない服を発見する。ジャケットとシャツとパンツがセットで吊るされていていつ買ったものか思い出せない。もしかして妻が買ってきてくれたんだろうか?そういえば妻の姿が見えない。今日はどこかへ出掛けてるんだろうか?でも出掛けるなら何か言っていくだろうし、ちょっとそこらへんまで買い物にでも行ったのだろうか?そういう時でも大抵はメモを残したりはするけれどダイニングテーブルにはそういう書き置きは見当たらない。そんな事を考えながら見覚えのない洋服に袖を通してみるとサイズもぴったりで着心地も抜群だった。何だか気分もいいのでちょっと散歩しようと思い靴箱をみるとそこにも見慣れない靴があった。サイズもぴったりでこの服装にも合う。自然と外に出て歩くといつもより体が軽いような気分だった。何気なく最寄りの駅まで行くと本屋が目に入って普段本なんて読まないのに読んでみたい気分になってなんとなく手に取って表紙のデザインとタイトルが気になったので買ってみた。買った本はジャケットのポケットに入れるとちょうど収まった。なんとなく電車に乗っていた。休日のこの時間はそんなに混んでいない。ボックスシートに座って本を読んだ。タイトルは「分裂と分解」でミステリーのようだった。著者は聞いたことがない外国の作家だった。読み始めると面白かった。夢中になって読んでいるといつの間にか終点の駅まで来てしまった。乗ったことのある路線だったがこの駅では降りたことがない。降りてみると住宅街ばかりで特に何もない。でも何故か懐くかしい感じがして歩いているとテラスのあるカフェを見つけた。そこで少し休憩しようとテラス席に座った。エスプレッソを飲んでいると視線を感じて見ると見知らぬ男がこちらを見ていた。誰だろう?と頭の中で考えていたがそれはカフェの窓ガラスに映った自分だった。まるで別人に見えるじゃないか?思わず笑いそうになった。腕時計を見た。まだ来ないのかな?と思った。ん?まだ来ないって誰が?なんで俺はそんな事を考えたんだろう。でも自分の中で誰かを待っているような気分だった。もう一度窓ガラスに映った自分をみるとそいつはもうこちらを見ていない。何かが腑に落ちた。論理的な説明はできない。俺はずっと待っていたんだ。彼女をずっと待っている。彼女?名前も顔もまるで思い出せないのにその彼女を待っている事だけは何故か確信できる。それから俺は家に帰らずにこの街に住み続けて毎日このカフェで彼女を待ちカフェが休みの日は街を歩いて彼女の姿を探している。妻のことは気にならなかった。家に帰ってももう妻がいるとは思えなかったからだろう。




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