第05話 弥助と邂逅①
「さ、着きましたよここが安土城でございます」
当時の人々を驚かせた天主は内も外も金箔で装飾され、この時代に置いて常識外に大きく威圧感があった。
「デッカ……」
琵琶湖――
余談だが琵琶湖と対になる
「五層七階建てで高さは約46m、これは自由の女神の全長とほぼ同じで、オフィスビルなら12階建て相当に当ります。」
「よ、46メートルって大きすぎるだろ……」
天守閣は安土城や大阪城を除き居住空間として用いられた例は少なく、おもに物置や櫓、最終防衛ラインとして使われたとされている。
もしもの備えにしてはいささか贅沢に思える。
そんな城の門番は軽い会釈で俺を素通りさせてくれた。
え? これでいいのかセキュリティ。なんて疑問に思っていると天狗が即座に説明してくれた。
「小田さま……いえ織田さまは、右大将以上の南蛮かぶれの傾奇者として知られておりますので、現代風の服装でも怪しまれないのです」
なんと都合のいい設定なんだ……傾奇者として知られる前田慶次みたいなご都合設定……。
「そんなものんか……」
「そんなものでございます」
登城して早々すれ違う人の中、より一層上質な着物に袖を通した人物が廊下の角から現れた。
中年に差しかったその人物は他者と違う圧倒的な覇気を放っていた。
僕は確信した彼が織田信長だと……
咄嗟に廊下の隅により顔を伏せやり過ごすことにした。
しかし……
「
「お久しぶりでございます。上様」
信長の小姓と言う身分らしいものの距離感を計りかねる。
「戯け者! 数日後には南蛮寺の高僧ヴァリニャーノが余の求めに答え黒坊主を連れて参る日だ。あれほど余裕をもって近江に参れと申したと言うのに……」
やれやれと、額に手を当て頭を振るうその様子は、現代と変わらないように見える。
どうやら現代日本人と意思疎通の面では変わりないようだ。
「申し訳ありません。南蛮渡来の仕立の良い着物が手に入ったと商人から連絡が入りましたので、視察も兼ね湊に足をのばしておりました」
「確かに仕立の良い南蛮服だな。
どれ、少し硬いが肌ざわりも良い。糸は綿と絹か?
何とも面妖な……その懇意の商人に儂の分も調達を頼めるか?」
ま、科学繊維だからね。
「はい。上様が所望されている旨を伝えましょう。
ただ……南蛮渡来の品ですので……」
「確実に手に入るとは言えないと言うことだろう?
そのくらい判ってるとも、ただこれだけ上質な南蛮の着物だ。
帝にも是非献上したいものだ……」
「帝もお慶びになるでしょう」
「ん? お主太刀を佩しておらぬではないか!
武士たる者、刀の一振りも差さねば格好がつかぬであろう?
おい! 誰か
信長さまの後ろに控えていた小姓?立ちの一人が足早に移動する。
大方、蔵にでも向かったのだろう。
「上様、僕に刀など必要ありません。第一人を斬れる腕はありませんから……」
「そうだが、武士として刀は必要なものだ。
お主はまあ、交渉や書類仕事に長ける太平の世にこそ生きる人材だ。お主のような一族一門の為にも早く太平の世を築かなくては……」
人間五十年と言われたこの時代だと、信長は数年で五十になる頃だ。
苛烈だが慈悲深く、改革者で空前の灯である将軍や幕府を立て、権威しか残っていない天皇を立てる人間性は保守的と言える。
極めてチグハグだ。
弥助問題以前にも歴史が改ざん、改変されているのだろうか?
………、……、…。
それは考えても仕方のない問題だ。
天下の副将軍として知らる江戸時代の人物『徳川光圀』の逸話にこんなものがある。
若いころ知り合いの武士と出かけて帰りが遅くなった。歩き疲れ浅草の仏堂で休んでいると非人を斬ろうと友人に誘われた光圀は断ったが臆病者と罵られ、やむなく命乞いする非人を斬殺したものの友人と絶交した。と言うエピソードだ。
一七世紀を生きた人間の道徳感がこれなのだ。
大元もドン引きした鎌倉武士の気風が色濃く残る安土桃山時代の武士にとって、殺すことは現代人がスマホで買い物をするように当然の選択しに含まれているのだ。
「上洛し本能寺に向かうぞ」
そう言うと本当にその足で京都に向かって行軍が始まった。
「京都まで徒歩って一体何日掛かるんだよ……」
「神仏の権能で時間を短縮されておりますので直ぐにつきます」
「便利だな……」
「一年半もこちらに置いて置くことはできませんので……」
「神仏なりの慈悲ということか……」
人間なって神仏にとっては羽虫のようなモノではないようで、キチンと気を使ってくれるようだ。
ギリシャや北欧の神々は人間と交わり子を産んでいることを思えば別に不思議なことはないか。
こうして僕たちは安土城を出発し、琵琶湖を船で渡ると京都に向かった。
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