第08話 本能寺と首
この本能寺の変が起こる直前の時代。
織田に仕える近畿一帯を治める有力武将は十人も居ない。
滋賀県の長浜、但馬国・播磨国(兵庫県南北)を領地とし中国地方一帯を支配下に治めた大大名『毛利輝元』を攻めた織田家宿老『羽柴秀吉』。
長宗我部元親を倒し四国を平定するため、近畿南部に陣取り三好康長・蜂屋頼隆と共に織田信孝の副将となった『丹羽長秀』
『北条氏政』、『上杉景勝』に睨みを利かせる筆頭『柴田勝家』、『滝川一益』同盟大名『徳川家康』
そして近畿の『明智光秀』となっている。
つまり、信長は九州、四国、中国地方、関東以外は全て平定した状態だった。
明智光秀は甲州征伐にも従軍しており、主力ではなく見届けるためであったとされ1582年4月21日には帰還している。
同年5月には徳川家康の饗応役(接待役)を解かれ、秀吉の毛利征伐の支援を命ぜられた。
1582年6月2日(1582年6月21日)早朝出陣した『明智 ・十兵衛・光秀』は丹波国(現在の京都府亀岡市)亀山城(別名 亀岡城)。
「十兵衛さまお話と言うのは?」
光秀の重臣の一人は行軍の最中呼び出された真意を問いただした。
「上様を討つ」
「なんと!」
光秀の言葉で重臣達に動揺が走った。
しかし確かに光秀には幾つも信長を裏切る理由はあるなと家臣達は思った。
「母殺し」の汚名を被る原因となった『丹波八上城事件』。
人材を引き抜いたら、元上司から苦情が来て信長が返せと言った『斎藤利三事件』。
甲州征伐の際、恵林寺を焼き払うことを諫めたことで叱責帰路の法華寺で「武田を滅ぼせたのもわれらが努力の甲斐」との発言に激怒されたり。
四国の長宗我部元親との和平交渉をしていたのに、三男・信孝を総大将とする四国征伐を命じたことで交渉人としてのメンツを潰される。
他にメンツを潰されたのは、家康の接待を任された時に魚が腐っているといちゃもんを付けられたというものだ。
後の世では、複数の恐怖も原因だと言われている。石山本願寺攻略の際には重臣の佐久間親子を追放、領地替えでは敵地近辺に配置されたりしたことが理由とも。
黒幕説と言うものが昔から語られているが足利義昭、秀吉、家康、朝廷など様々な人物組織が暗殺の黒幕とされ、2017年9月、岐阜県にある博物館所蔵の書状の中から、光秀が本能寺の変後に「反信長」のリーダー格だった土橋重治に宛てた手紙が見つかっている。
室町幕府の15代将軍足利義昭の入京を受けた旨をしたためた物であると解釈することが可能とも言われているらしい。
「しかし、兵にはなんと?」
「『蘭丸(森蘭丸)から使いがあり上様が我が軍の陣容・軍装を検分したい』とでも言えば良かろう」
「確かに……最近の上様の行いは目に余る……」
「上様の命令で徳川家康を討つとでも言えば兵も納得するだろう」
「違いない」
こうして明智光秀は本能寺へ向かいこう言った。
「敵は本能寺にあり!」
午前四時頃、明智軍は本能寺を完全に包囲した。
一説には包囲に三千余騎を用いたとされている。
こうして後に『本能寺の変』と呼ばれる戦が始まったのでした。
織田軍
本能寺 御小・姓衆 20~160人
二条御新造 500~1500人
明智軍 一万三千~三万
――と言う戦にすらならない戦力比は絶望的なものだ。
『攻撃三倍の法則』は当てにならないと言うけれど、一般的に防衛拠点が整った状態であれば防衛側が有利に思える。
大戦末期の日本では「一人十殺一戦車」を越え、「一人五十殺一戦車」かそれ以上に膨れあがったそうだ。
それに倣うとすると……
明智軍が一万三千人計算で信長軍は本能寺時点で、一人あたり81.25人。
リアル一騎当千の強者で無双世界観なら余裕と言ったところだろう。
本能寺と二条城の場合だと7.83人、なんとか行ける気がする。
感覚がマヒしているだけか……。
つまり全員が戦国婆娑羅ならいけると言う訳だ。
パンパンパン。
軽い破裂音が京の街に鳴り響く。
鉄砲だ!と気づいた時には既に硝煙が上がっていた。
如何に感の悪い者でも織田の兵であれば鉄砲だと気が付く。
「さては謀反だな……誰のしわざだ? 次郎三郎(徳川家康)か? あるいは上杉、北条……儂の命を狙うものなど数多い」
「見て参ります」
森蘭丸が武器を片手に部屋を後にする。
端麗な容姿は真っ青に変わり見るも無残な姿になっている。
「ここは任せるぞ……」
「判った」
蘭丸は弟の森長隆と森長氏を連れ様子を窺いにいく用だ。
そして信長さまと同じ姓を持つ僕に行こうの指揮を任せたのだ。
「判っていると思いますが、右大将を生かそうなんて思わないでくださいね?」
天狗の言葉に無言でうなずいた。
信長さまは至って冷静だった。
障子を開け血相を変えた表情で蘭丸が戻って来た。
「城之介(長男の織田信忠のこと)が裏切ったか?」
「いえ、明智の軍勢と見受けられます」
「儂は儂自ら死を招いたな……やむをえぬ、武器を用意しろ!」
そう言うと本人は弓と十文字槍を手にした。
寺の中に侵入してきた兵士達に応戦するのは、御番衆と小姓衆など総勢約160人。
殿を残しつつ騎馬で突破を試せば、針の穴を通すようだが可能性があるようには感じる。
侵入する兵に向かって弓を射る。
平安から戦国時代まで武士にとって弓が重要視されていたことは有名だ。
優れた武士を海道や坂東一の弓取りと言うのはそう言った理由がある。
番えた矢を即座に放つ。
現実離れと言う程ではないが、かなり上手く味方に当てることなく敵兵を削っているのが判る。
「凄い……」
僕は武器を振るうことを忘れて信長に見入ってしまった。
「アブナイ!」
弥助の声がしたかと思えば、槍がグイっと伸びて来ていた。
寸でのところを剣で往なし、そのまま走りよって斬り伏せる。
血を袖で拭って剣を構える。
「助かったよ弥助ありがとう」
「タイしたコトはデキてナい。ノブアキがスゴいだけ……」
僕は弥助から顔を背けた。
彼が悪い訳じゃないのに……僕は彼を結果的に貶めてしまうのだから……。
信長さまは弦が切れたようで、今度は槍を持って敵と戦う。
四、五人斬り伏せたものの止めをさせていなかった兵士から攻撃をうけてしまう。
「「ウエさま!」」
「大丈夫だ!」
そう言って槍を振るう。
背中に弓矢が命中しても槍を振るう姿はまさに英雄、狂戦士と言ったように見える。
僕も奮戦するが物量には勝てない。
「喰らえ!」
パン。
銃声が轟き、槍を振る言っていた腕に命中した。
「「「上様」」」
怒りが僕を支配する。
下手人へ走りよると剣を振るい周囲の敵を斬り殺した。
右肱に傷を受けたため、急いでで奥へ連れて行く。
廊下で武器を持った女房衆(女官)にあった。
「私達も戦います」
女官長の言葉に皆頷き肯定する。
しかし、信長さまはこういった。
「ならぬ。もうよい、急いで脱出せよ」
「しかし!」
食い下がる女共に向かって再びこういった。
「ならぬ。男は戦い死ぬだろうがあのキンカンの性格が悪いとは言え理由なく女子供を殺すとは思えない。さぁいけ!」
「ですが我らも武家の女、戦うなと言うのは余りに惨い事でございます」
信長は三度こういった。
「ならぬ。儂は死ぬだろう。その時誰が儂の最後を伝えるのだ?」
「わ、判りました……」
渋々と言った様子でも生きることを選んでくれた。
主人と供生き死ぬと言う個人間の契約と言う認識が強いこの戦国時代では珍しい事だ。
「既に火が回っている……蘭丸、信明、弥助儂と共に来い」
殿中の奥深くに篭りると、内側から納戸を締めるように命じた。
「儂はもう死ぬ。血を失って死ぬか、焼け死ぬか……死に際を選べる今腹を切る! そなたらの内誰かが、儂の首を届けよ」
「「はっ!」」
弥助だけが返事をせず。
武士の誇りを美学を死中に、死地に居る今でさえも悟っていないようだ。
「信明お前が首を斬れ、同じ織田性を持つお前が上様の首を斬るんだ……」
蘭丸の言葉に僕は言葉を失った。
「……僕は剣は苦手で……」
「殿も望んでおられる。腹を切るだけでは人は死なぬ苦しませぬためにも首を落せ、よいな?」
信長は「後は頼んだ……」と呪いのような言葉を吐き捨て、腹に刃を突き立て見事に捌く。
僕は涙を流しながら首を切り落とした。
ぼとりと、濡れた水着の入った鞄が床に落ちるような音を立てて首が畳の上に落ちた。
汚いと言う忌避感よりも先に、命の危険以外で人の命を奪ったことがショックだった。
錆びた金物のような血の匂いが鼻を付いたかと思えば、臓物から漏れ出た糞尿のすえた匂いが混じり不快感を加速させ……ぼくは胃液をぶちまけた。
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