ブルーハワイにゃかなわない

@zawa-ryu

ブルーハワイにゃかなわない

 子どもの頃、夏休みになると私は、幼馴染の玲奈と二人で市民プールに通い詰めた。

 お互い片親だった私たちにとって、中学生以下は無料で利用できることも大きな理由のひとつだったけれど、浮き輪に身を委ねてプールをゆったりと流れたり、照りつける日差しの中パラソルの下で焼きそばとジンジャーエールを味わえば、夏休み中どこにも行けない私たちだって夏のリゾート気分を味わえているんだと、少なくともその時間だけは思える事が出来たからだ。


 プールの帰り道、私たちはいつも駄菓子屋に寄ってカップのかき氷を買った。

 本当はプール内の売店にあるトロピカルなスイーツをプールサイドで堪能したかったけれど、毎朝出勤前の母から頂く500円玉からランチ代を差し引いた所持金が80円じゃ、贅沢は言っていられない。私はいつかそのスイーツを食べてやるぞという思いを胸に秘めながらも、結局高2の夏になっても未だ願いを叶えられずにいた。


 その市民プールもこの夏限りで閉鎖されると、今朝たまたま駅で会った玲奈に聞いた私は、数か月ぶりに幼馴染と交わした短い会話に結構な衝撃を受けた。

 私はその日部活の間中、心ここに非ずといった心境だった。

 部活が昼過ぎに終わったので、私は玲奈に久しぶりにお茶でもしないかとメールしてみたが、今日は彼氏とデートだから無理、とこれまた短い返事が来た。


 仕方なく私は、まもなく取り壊される市民プールに向かってひとり、とぼとぼと歩き出した。少し小高くなった駐輪場から背伸びして壁の向こうを覗いてみると、シーズン中の賑わうプールはあの当時のままで、売店のカウンターには私の嘗ての憧れ、「トロピカルなスイーツ」こと、ブルーハワイのかき氷がイチゴ味やメロン味と一緒に並べられていた。

 まるで深い海底を思わせるような蒼き衣をきらきらと光り輝く氷が身に纏えば、それはまさに南国の海と空のコントラストのように明るく鮮やかな美しいブルーへと変貌し、他の氷菓子どもとは格が違うんだよ、と言わんばかりにチェリーや輪切りのオレンジでゴージャスに飾り付けられたその佇まいは、数年経った今でも私の心を掴んで離さなかった。


 私は思わず制服のままプールに入って行って、今すぐブルーハワイを手に入れたい衝動に駆られたが、千円札が数枚入った財布をしばらく見つめたあと、鞄に戻した。


 そして夏が終わる前に、引っ張ってでも玲奈を市民プールまで連れてこよう。

 そう固く決意したのだ。

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