第5話 新宿衛生病院(受胎前~受胎)

 病院(本院)の中に入ると、長椅子のある広い受付ロビーが見える。

 そのほぼ中央に女の子が一人で立っていた。

 あの女の子が千晶か。


千晶

「あ、隼人くん。

 ようやく来たのね。

 ねえ、聞いてよ。

 この病院…ちょっと変なのよ。

 …人が誰もいないの。ただの1人も、よ。

 見て、受付まで空っぽ。

 なんだか不気味でしょ。やだなぁ…。

 いま勇くんに祐子先生を探してもらってるとこ。

 でも、なかなか戻ってこないのよね。

 こんな時ぐらい、ちゃんと働いて欲しいんだけど。」


 哀れ、勇はパシリ1号と化していた。

 隼人がそう思っていると、千晶の目線が斜め下に。

 隼人の手にしている本に気付く。


千晶

「あれ?

 …何、その雑誌?」


隼人

「もらった物だ。」


千晶

「知らない人にもらった?

 バカね、そんなのと関わると面倒になるわよ。」


 ごもっとも。

 だが、成り行き上だったので仕方ない。

 千晶はそう言いながら、隼人から雑誌を受け取る。


千晶

「月刊アヤカシ…

 聞かない名前ね。」


 頁をめくってみるなり、えっとなる。


千晶

「やだ、オカルト雑誌じゃない!

 こんな時に嫌だなぁ…

 …でも、時間潰しくらいにはなりそうね。」


 あ、読むんだ。

 この環境の中で、よくそんな本を読む気になれるな。

 そう思っていると、千晶が目線をこちらに戻す。


千晶

「…あ、ねぇ、隼人くん。

 勇くん探してきてよ。

 先生が見つかんないなら、こんな所、早く出たいし。」


 隼人はパシリ2号確定。

 しかし毎度の事なのか、隼人は少しも動じない。


千晶

「たぶん、病室のある上の階にいると思うわ。

 わたしは、ここで待ってるから。

 …あ、この雑誌は借りるわね。

 それじゃ、お願いね。」


 顎で使われてるが仕方ない。

 誰かがロビーで待機していた方がいいのも確かだ。

 隼人は、右の自動ドアから入って廊下を進み、階段から2階に上がる。

 そして2階の廊下を歩くとすぐに、反対側の廊下を歩いている勇の姿が見えた。


 その先の左手にある扉を開けて、行き止まりの通路に入ってみる。

 右側から下のロビーが見渡せた。

 立ったまま月刊アヤカシを読んでいる千晶の姿も見える。

 分院ロビーへ向かう通路側も同様。

 その先の連絡通路は、ゲートパスが必要なので分院には行けなかった。


 2階のエレベーター脇に、代々木公園駅のと同じ自販機がある。

 また買えそうなので買ってみるが


 出てきた物は、どの見本とも違うようだ。


 はやとは、謎の飲み物を1個手に入れた。

 (こちらは受胎後ソーマに。

  高値で売却可能なので、是非とも入手しよう。)


 改めて調べると、やはり同じく


 自販機は売り切れのようだ。


 1本だけ謎の飲み物が出てくる自販機。

 出てきても賞味期限が信用できず、怖くて飲めない気がする。


 その後、勇の歩いていた辺りにある病室、A203号室に入った。

 中にいた勇が、ビクッと驚いた感じで振り向く。


「んーだよ!

 驚かせるなよ隼人!

 突然、音立てたらビクッとするだろ!

 …とにもう、遅れて来たくせにこんなことするか、フツー。

 ああ、もう。…まあ、いいや。」


 言いながら勇は軽く頭をかく。


「それにしてもアレだよ。

 誰もいないだろ、キレイさっぱり。

 ちゃんと先生に電話して確かめたんだぜ。

 入院してるの新宿衛生病院だって。」


隼人

「何かあったのかも。」


 この状況で「心配いらない」とは言えない。


「案内も何も無しに、こんなだもんなぁ…

 さっぱり訳わかんねぇよ。

 ヤバいウイルスが逃げ出した、なんてことは無いよなぁ…

 先生の居そうな所は一通り周ったつもりなんだけど、どこか外にいるのかなぁ…

 まあ、いいや。

 オレ、いったん千晶のとこ戻って確認してくるよ。

 待たせたから、また怒ってるかなぁ…

 ハァ、お嬢さん育ちの相手は大変だわ。

 じゃあな、隼人。

 しかしまあ、ヤバイことになってなきゃいいけどねぇ…。」


 勇は部屋を出て行った…


 一緒に千晶のところに戻る気は無いらしい。

 止む無く一人で千晶のところに戻ってみると、勇はまだ来ていなかった。

 トイレにでも行ったか?


 千晶はというと、熱心に月刊アヤカシを読んでいたようである。

 いつの間にか長椅子に座っていた。


千晶

「お帰りなさい。

 ねえ、隼人くん。

 これの巻頭に載ってる

 「特集・ガイア教とミロク経典」

 ってやつ…

 ちょっと、気になること書いてあるの。

 ガイア教団とか言う、悪魔を拝んでるカルト集団があってね…

 この日本によ。

 その人たちは

 「ミロク経典」

 っていう預言書みたいなものを信じてるらしいの。

 預言書には、世界に「混沌」が訪れる、みたいな事が書かれてて…

 教団は、それを本気で実現させようとしてるんだって。

 「混沌」ってのがテロか何かを指すのか、

 それともただの世迷い言なのか、

 まだ詳しい事は分かってないらしいけど、

 でも……。」


 語っていると、勇がようやくエレベーターから戻ってきた。


「…うーん、先生いないよ。

 男子トイレまで探したんだぜ。」


 やっぱりトイレか。

 しかし、トイレらしい部屋は見当たらなかったのだが。


千晶

「…やぁね、もう。

 戻ってくるなり。

 今まじめな話してるのよ。

 ちょっと黙ってて。」


 そして再び隼人に向き直る。


千晶

「…でね、ここなんだけど、

 新宿の東に位置する某病院。

 ここに彼らの計画を解くカギが…」


「…で、「待て、次号!」なワケね。

 その病院っての、意外とココかもよぉ。

 この新宿衛生病院、実は妖しい話があるんだよなぁ。

 人体実験やってるだとか、霊視した霊媒師が逃げ出したとか…

 「カルトの息がかかってる」ってのもあったなぁ…。」


 これを聞いて千晶が思わず前のめりになる。


千晶

「…そうなの?

 わたし、何も知らなかった。

 やだ、来るんじゃなかったなぁ…

 こんなトンデモ雑誌の記事なんて鵜呑みにする気は無いけど…

 でもこの病院、明らかにおかしいわよね。」


 なるべく明るく話そうとしていた勇も、少し俯き加減になる。


「…先生のこと、心配になってくるなぁ。

 しょうがない、もうちょっと探そうぜ。

 何も無きゃ、何も無いで良いわけだし。

 なんかね、分院があるみたいなんだよ。

 2Fから行ける所。

 オレ、そこら辺あたってくるわ。」


 勇はそう言ってポケットからカードを取り出す。


「ハイこれ、隼人。

 おまえは地下を探してきてくれ。」


 隼人は

 職員用IDカードを手に入れた。


 なぜ一般学生の勇がこんなものを持っているのか。

 おそらく、どこかの部屋にあったのを拝借したといったところだろう。


千晶

「カードあるなら、あんたが地下探せばいいじゃん。

 …それとも、怖いの?」


 千晶もカードの所持について何も言う事は無いらしい。


「こ、怖くなんかないっての!

 どうせ地下に先生はいないから隼人に頼むの!

 隼人は先生がいないことを確認してくれればOK。

 出会いを果たすのはオレの役目。

 じゃあな、隼人。

 何かあったら、すぐ逃げろよ。」


千晶

「…まったくもう、調子いいわね。

 でも、正直わたしも先生のこと心配だわ。

 もう少し探してみましょ。」


 階段は2階との行き来だけだった。

 なのでエレベーターでB1Fへと降りる。

 エレベーターから出ると、壁にある数か所の小さなモニターが妖しく光っていた。

 床には書類が散乱したままの不気味なフロア。

 普通なら、この時点でもう逃げると思う。

 しかし隼人は臆する事無く、更に先へ進む。


セキュリティシステム

『職員用IDカードを入れて下さい。』


 隼人は、

 職員用IDカードを使った。


 柵のような扉が開く。

 セキュリティシステムの赤色が緑色へと変わった。


 廊下を進むと左手に部屋がある。

 中に入ると、床に魔法陣が描かれていて、その上には手術台があった。

 それでも隼人は逃げる事なく、次の部屋へと向かう。


 その部屋の中から無気味な音が聞こえる。

 中に入ると、高そうな椅子に座った男が背を向けていた。

 妖しく光るドラム缶みたいなオブジェを眺めている。


氷川

「…誰かね。

 今になって静寂に水を差すとは。

 困ったものだ…」


 座ったまま椅子を回転させて、こちらに振り向く。

 あの街頭ビジョンで見た、個性的な髪型の男だ。

 この髪型が格好いいと言ったのか、あの派手な女子高生は。


氷川

「…知っているかね。

 「四月は残酷な季節」

 …そう云った詩人がいる。

 不毛な大地を前に、冬眠から目覚めねばならないからだ。


 思えば人類の世など、不毛なばかりだった…

 盲いた文明の無意味な膨張、繰り返される流血と戦争、

 数千年を経てなお、脆弱な歴史の重ね塗りだ。


 …世界は、やり直されるべきなのだよ。

 救いは「ミロク経典」にある。

 今日はその予言が成就される日だ。

 古い世界は黄昏に沈み、新たな世界が生まれる。


 …君は何者だね。

 公園の粛清劇を生き残った同朋…

 …という訳でもなさそうだ。


 …高尾先生の知人か。

 なるほど、ここは病院だったな。

 …見舞い客という訳か。


 だが、蟻の穴から堤が崩れる、という事もある。

 少し不憫な気もするが…

 …消えてもらおう!」


 ブツブツ言いながら勝手に納得したかと思うと、

 氷川の背後に悪魔(邪神バフォメット)の姿が。


氷川

「…なに、恐れることはない。

 この世界の住人みなが、もうすぐ君の後を追う事になる。

 少し早まるだけの事だ。」


 隼人が逃げる。

 これに立ち向かうのは無謀というものだ。


氷川

「無駄なことを…

 末路は潔くするものだ。」


 すると突然、入ってきた扉から一人の女性が現れた。

 祐子先生か。

 どうやら勇は、憧れの祐子先生とは縁がほぼ無いのかも。


女性

「やめなさいっ!

 ほんの彼一人を、なぜ見逃してあげられないの?

 この程度の事で計画は揺るがないはずよ。」


氷川

「事の大小ではありませんよ。

 私は計画に例外を許すつもりはない。」


女性

「彼を助けてくれないなら私は…

 もう貴方に協力しません。」


氷川

「…困った巫女だ。

 まあ…教え子の面倒は教師に任せるとしましょう。

 今すぐ部屋を出て行って下さい。

 私はこの幸福な終わりを一人静かに迎えたいのですよ。」


 氷川は言うだけ言うや、椅子を回転させて、またドラム缶に向き直った。

 悪魔の姿は、いつの間にか消え失せている。


祐子

「…隼人君。

 屋上で待っているわ。

 あそこなら、街がよく見渡せる…

 その目で確かめにいらっしゃい。

 これから世界に起こる出来事を…。」


 祐子先生はそう言うと去っていった。

 一緒に屋上に行くという選択肢が無いのは、勇と千晶を呼ぶ為だろうか。

 そう思い、とりあえずエレベーターに戻ろうとすると


 通路の先に誰かいる…


 金髪の少年と喪服の老婆の姿。


老婆

「…どうかなさいましたか、坊ちゃま?

 あの者が気になるんでございますか?」


 少年は口に手を当て、隼人には聞こえないように老婆に話す。


老婆

「…そうでございますか。

 それはそれは…

 でも今は、忙しゅうございます。

 あとにいたしましょう。」


 子どもと老婆は消え去った…


 なんだったのか、今は考えている余裕はない。

 千晶に伝えるべく、急いで1Fのロビーに戻ってみると


 ロビーに千晶の姿は無い…


 試しに外に出ようとしても、扉はかたく閉ざされていた。

 病院から外に出る事は不可能。

 なら千晶はどこに?

 そう思いながら勇の行った分院の方に向かう。

 しかし連絡通路のセキュリティシステムが解除されておらず、先に進めない。

 勇は分院に行ってないのか?

 結局2人は見つからないまま、隼人一人で屋上に向かうしかなかった。


祐子

「…来たのね、隼人君。

 さっきは間に合ってよかった…

 君が、悪魔にやられなくて…


 あの人の…氷川の話を君も聞いたでしょう?

 間もなく、この世界は混沌に沈むの。

 それが「受胎」…

 人がかつて経験したことのない、世界の転生よ。

 今この病院に居ない人間は、みんな命の灯を落としてしまうわ。

 こんなやり方…

 きっと誰も許しはしないでしょうね。

 でも、今のまま老いた世界を生き永らえさせても、いずれ力を失ってしまう。

 世界は、また生まれるため、死んでいかなければならない…

 …その罪を背負うのは私。

 だけど…後悔はしていない。


 最後に決まった運命で…君はここにたどり着いた。

 これで君は「受胎」を生き残るわ。

 でも、もしかしたらそれは死よりずっと辛い事かも知れない。

 だけど…私は君を信じてる。


 隼人君…

 私に…会いに来て。

 たとえ世界がどんな姿に変わっても…私が力になってあげる。

 これから訪れる世界で、私は「巫女」として創生の中心を成す…

 きっと君に、道を示してあげられるわ。

 …分かってる。

 理解できない事だらけよね。

 でも、今はもう時間が無いの。


 隼人君…

 もし君が自分の力で私の元へたどり着いたなら…

 その時には教えてあげる。

 …全ての疑問の答を。

 そして、私の本当の心の内を…。」


 ここでついに語っていた受胎が起きた。

 そして太陽のように輝くものから謎の声が聞こえる。


謎の声

「…我が世界へ入りたる者よ。

 おまえの心を見せよ…

 …おお、おまえの心には何もない。

 コトワリの芽生えすら無い。

 それでは出来ない。

 世界を創造する者とは成りえない。

 行け!

 そして探すがよい!

 おまえは何者かにならねばならぬ…。」


 声が終わると場は一転。

 隼人は暗い中、ベッドの上であおむけの状態になっていた。

 すると、あの時の2人が現れる。


老婆

「…恐れ多くも、坊ちゃまは貴方に興味をもたれています。

 ヒトに過ぎない哀れな貴方に、

 特別に贈り物をあげようと申しております。

 貴方はこの贈り物を受け取らなくてはなりません。

 …動いてはいけません。

 …痛いのは一瞬だけです…。」


 少年が虫の様なものを手に持ち、隼人の顔の上で放した。

 虫が舞い降り、隼人の口の中へと入り込んでいく。


少年

「これでキミはアクマになるんだ…。」


 目的を終えた2人は消え失せた。

 最後に老婆の声だけが聞こえる。


老婆

「悪魔の力を宿せし禍なる魂“マガタマ”。

 これで貴方は悪魔となったのです。」


 身体全体に表れたタトゥーのようなものが青く光る。

 隼人は自身の身体を改めて見て、異様な状態を確認していた。


老婆

「坊ちゃまは、いつも見ておられます。

 くれぐれも退屈させることのないよう…。」


 隼人は

 マロガレのマガタマを手に入れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る