第20話

「突然変異か、それとも5感を備えるまでに至った生物としての、生への渇望か…人類のどこかのタイミングで阿頼耶識を認識できる存在は現れた」

「ま、待って下さい。沙由里は普通の人間です」

所長の言葉を慌てて否定する深町。

「学生時代から一緒にいる私には判る。彼女には普通に両親も居て特別な能力なんて無い。ずっと一緒に居た私には判るんです。そんなの隠し通せるものでは無いですよ」

慌てふためく深町を見て、頬を緩める所長。

「沙由里君がそうだなんて1言も言ってないだろ…普通の子なんだろ?」

珍しく優しい目を向ける所長に深町は戸惑いながらも頷いた。所長は同じ目を液体ポッドへ向け言った。

「この子も普通の子だ…何の変哲もない。被験者でなければね」

「それでは…何故、この子達なんですか?」

何故、普通の子達が幼くしてこんなカプセルに閉じ込められ、人間としての生活を奪われなければならない?

「ファクルティアス…」

所長は呟いた。

「え?」

「阿頼耶識を認識できる存在…人類史がA.D.へ移行後に悠久の歳月を経て現れた彼らは、そう呼ばれた」

A.D.移行後…大昔だ。理由は解らないがB.C.からA.D.移行後、数千年の歴史は断片的にしか残されていない。大空白時代は今日における歴史学者達の大きな壁だ。

「かつて人類には迫害されし民がいた。彼らは土地を構える事や、物を持つ事が許されなかった。その過程で多くのネットワークを築いた彼らは、不可視な支配圏を形成してゆく中で、自らと同じ差別を受ける者達へ、手を差し伸べていた」

いつの時代も同じだ…本当は誰が悪い訳でも無いのに、迫害は起きる。1人1人が背負うべきものを背負う、気概や覚悟が無いからだ…深町は溜息をついた。

「そうした中で彼らは気付いた。迫害を受ける者は、第6感のようなものを持つ事が比較的多かった。そして中には、それが顕著な者もいた…彼らは何を感じて先の事を知るのか。その疑問は不確実性領域を研究するきっかけとなり、やがて対象者を集め本格的な研究は始まった。過程で能力は遺伝する事が明らかになり、対象者達の交配により目に見えて強力な能力者が生まれるようになった」

「それがファクルティアス…」

察するように呟く深町。

「強力な能力者達を対象に、多角的な研究が進み遂に迫害されし民は阿頼耶識を発見する。だが…」

所長は深町を見据えた。

「迫害されし民は自らに迫害を加えた、大多数の者達に対して寛容では無かった…深町君。阿頼耶識の本質が解るかね?」

「本質…?」

思考が定まらない様子の深町へ所長は言った。

「歴史の改竄だよ」

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