第4話

〜運命という1本の、光の道程がこの星を形成するにあたり他に選択肢は無かった。形成された星は悪魔を封じ込めたが、そのためには膨大な呪符が必要であった。生命存続のため、多くの生命を欺き犠牲にする必要を迫られた、少数の生命はある賭けに出る。悪魔に魂を売ったのである。こうして愛する多数の生命を守るため、少数の生命は悪魔となり、今も星命を喰らい続けている〜

「この一小節で大切なのは少数の生命が多数の生命に対し愛情を抱いていた事です。そして現在も続く災厄の源は、かつて私達を愛し、犠牲になった少数の者達という事なのです」

窓際の席に座るユッコは外を眺めながら半分、夢の世界にいた。適度に効いた教室の空調と、空の陽光が、極上のゆりかごとなり、頬杖をつく寝不足のユッコを眠りへと誘う。

「先生!」

クラスの優等生、楓が手を上げる。

「運命を1本の光と表現していますが、少数の生命が多数の生命を救うための賭けに出ない、という選択肢は無かったんですか?あと、その少数の生命こそが私達の祖先であるという仮説的解釈をどう思われますか?」

23歳の新任教師、交際歴2年4ヶ月の彼氏持ち、艶やかなショートヘアと縁なしメガネがトレードマークの雪村千智は楓にニコッと微笑み、口を開いた。

「それだと、今私達が立たされている問題や苦境といった課題に対する受容や愛という、作品の本来のテーマには少しそぐわない解釈といえるかも知れませんね。でも楓さん、創作についての解釈は人の数だけあって良いんです。ですから、それも立派な解釈の1つだと私は思います。ただし、発言はちゃんと指を差されてからしないとダメですよ」

眠すぎる。ユッコは列で共有する長机へ身を乗り出しベッドのようにして眠り始めた。教科書は毛布のように掛けた。

「先生〜っ、ユッコが邪魔でタブレットがやりづらいぃ」

隣に座る美雪が堪りかねて喚いた。

「まあ!優子ちゃん」

千智は目を丸くした。最後列であるが故に気付かなかったが流石にキツいお灸が必要な場面…しかし。

ファサッ。

千智はユッコの席まで行くと、自分が羽織っていた毛糸のベストを優しくユッコに掛けた。美雪は困惑し思わず声をあげた。

「えぇ〜っ、先生、優しすぎない⁉︎」

千智は美雪に微笑み囁くように言った。

「人それぞれ…自分のペースで健やかに成長すればいいのよ」

「イヤですっ、ちゃんと注意してくださいっ」

美雪の抗議も虚しく慈母のような笑みを湛え千智は教卓へ戻っていった。

キーンコーンカーンコーン。

「あら、もうこんな時間。そうしたら皆んな、次の章も予習を忘れずにね!」

千智は奇妙な自作の鼻唄を唄いながら、3限目の教室を後にして行った。実際これで今日の授業は終わりで、千智は後に控える彼氏とのデート以外、どうでも良かったのだ。

「ユ〜ッコ〜…!」

ユッコが目を開けると、美雪が不満に満ちた視線を向けている。美雪はユッコのおさげ髪を両手で外側に引っ張ると、ユッコの口元へ頭をヘヴィローテーションさせた。

「ふえ…!ふががが…!」

ユッコの開いた大口に頭をグリグリさせながら美雪は喚いた。

「先生の代わりに言ってあげる。アンタは時間の管理がなってないの。イキナリ夜中に、お腹空いたから一緒にゴハン食べようって電話して来たり急に早朝にピンポン連打して来てジョギング誘って来たり生活に不必要な波が見られるわ!」

横で聞いていたレイナも首を傾げて呟く。

「う〜ん…それは確かに迷惑ねえ」

「ふががが…ミユ。やめへやえへ(やめてやめて)…」

美雪はレイナの賛同を得て気が済んだのか、おさげ髪から手を離し、頭を上げると諭すように付け加えた。

「ま、アンタが頑張り屋なのは認めるけどね」

ユッコは机へ置いた手に顎を乗せ、外を眺めて呟いた。

「だって、寂しいんだもん…」

ユッコの瞳に、校舎の外で両親へ手を引かれ、楽しそうに歩く同年代くらいの女の子が映っていた。美雪は察したのか、同じ光景を眺めると言った。

「仕方無いわ…私達が、これから頑張らないと、あんな笑顔も守れないんだから…」

「うん…」

寂しそうに帰り支度をしながら、相槌を打つユッコ。それを見てレイナが言う。

「そうねえ…私達の笑顔は私達でつくらないとね。帰りに美味しいクレープでも食べたいわ」

「クレープ!食べたい食べたい、わたしチョコバナナがイイ!」

目を輝かせるユッコ。それを見て笑顔になる2人。校舎を出ると美雪が言った。

「パールディップに行こうよ。私キャラメルクリーム!レイナは?」

「私はシュガーバターかしら、今日はね」

ユッコがはしゃぐ。

「食べ合いっこがいいね!よーし、クレープ食べて、いっぱい遊んだら、ちょっとお勉強しーよお」

「ホントにちょっとだからなぁ、ユッコは。1ページくらい?」

美雪が訊ねるとユッコは答えた。

「ううん、1行」

「1行⁉︎」

目を丸くする美雪と無邪気なユッコを見て、レイナが口に手を当てて微笑んだ。

「まぁ」

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