第25話 学生結婚?

「よかった、シルヴィア! 来てくれたんだな!」


 罠の部屋に入るなりバロン王子に泣きそうな顔で抱きしめられた。久しぶりの抱擁だ。相当心配かけたな……。


「朝はすみませんでした。反省しました」

「いや、反省すべきは僕の方だ。悪かった。君を不安にさせて――」


 拒否されたのは思い出したくねーな。


「オレ、しばらくバロン様から離れようかと思います」

「な!?」

「その方がいいと――」

「よくない! 僕がよくない! これからは君を不安にはさせない。約束する! シルヴィア、聞いてくれ。来年の夏頃に結婚しようと思うんだ」

「え、誰とですか」

「君とに決まっているだろう!?」


 よかった。一瞬どこぞの誰かに殺意が湧いちまった。そうか、順番を大事にするバロン王子としては、結婚を早めるしかないという結論に至ったのか。


 ああ、オレのしょーもない言葉のせいで、この国の王子は学生結婚にまで踏み切ってしまうのか……。


「そこまで気を遣ってもらわなくても大丈夫です」

「いや、僕がしたいんだ。夏休みを利用してハネムーンに行こう。どうしてもこの身分のせいで一年がかりにはなるが――」


 学生結婚なんて、恋に狂っているとしか思われないだろう。そんなことをさせるわけにはいかない。

 

「いえ、これ以上迷惑はかけられません。自分がいかに小さなことで悩んでいたかよく分かりました。あ、放課後もリリアンと過ごす日を設けようかなと。風紀委員会もない火曜あたりにと話をしました。どこかのサークルにも顔を出してみようかなと。バロン様とは講義でも会いますし、こうして二人で会うのは多くても週一くらいにしようかと思ったんですが」

「絶対にイヤだ! 耐えられない!」


 まぁ、そう言うか……。かなり情緒不安定なところを見せて、心配をかけただろうし。


「もう少し視野を広げようかと。オレがしょーもないことを言ってしまったのは視野が狭かったせいです」

「しょーもなくなんかないよ。すまない。君を傷つけたばっかりに……。リリアン嬢とも話したんだな。何を聞いたんだ」

「え?」


 何って……。


「記憶の改竄について聞いたのか。ベルナードに口を利いてもらって僕が君にしたことを消そうと思ったのか。それとも……男だった時の記憶を消そうと思ったんじゃないだろうな」


 あー……、なるほど。それを心配したのか。


「君の前世の記憶を消すということは君自身がいなくなるということだ。君になる前のシルヴィアになるということだ」


 そうだよな。自分を消滅させてまで、リリアンには消したい記憶があって――。


「……やはりか。そこまで追い詰めてしまったんだな」


 あれ。黙ってたせいで肯定したと受け取られたか!?

 

「い、いえ、全然。まったく考えていません。それに、簡単に解けるんでしょう」

「それも聞いたのか」

「えっと……」


 あれ。そんなようなこと、バロン王子も言ってなかったっけ?


「好きだよ、シルヴィア。君に何かしたら、そのまま止まらなくなりそうだったんだ。それで君を不安にさせるなんて僕は最低な男だ。危うく君自身を失うところだった」


 いや、記憶の改竄は考えてないんだけど。でも、リリアンの身の上話を勝手にするわけにもいかないしな……。言い訳が思いつかない。


「もう二度と離さない。不安にさせないよう努力をするから側にいてくれ」

「うーん……」


 しばらく離れようと強い決意をして来たんだけどな。これ以上、不安定になるのは怖い。


「愛している、シルヴィア。僕と結婚してほしい」


 王道をいく王子様からの甘い求婚。

 でもそれは……思った以上に心に響かない。だってさ――。


「いつかは、きっと」

「シルヴィア……」

「でも、その言葉はオレがあんなことを言わなければ、これからも何年もの間、言わなかったはずです」

「それは……」

「オレを傷つけた罪悪感から言ってるだけですよね」


 やっぱり面倒くさいな、オレ。この体になってから、感情的になりすぎだ。


 もっと愛が欲しいって。求められたかったって……バロン王子を目の前にするだけで心が悲鳴をあげるようだ。


「違う、違うんだ」

「可哀想ですよね。あんなに面倒なことになるのが嫌だと言ってたのに。今からでも引き返せないんですか」

「そんなこと、考えるわけが――」


 駄目だ。思った以上に拒否られたことを、オレ根に持ってるわ……。冷静でいられない。否定してほしい言葉をわざと口にしてしまう。

 

「すみません、やっぱりしばらく離れます」

「駄目だ!」


 オレを抱きしめる手が震えている。

 ものすごく、こじらせたな……どうしよう。


「お取り込み中、失礼します」


 突然、天井からロダンが降りてきたー!?


「なんだ」


 この態勢のままなのか!?


「引き返す方法ならありますよ。婚約されようと結婚されようとすぐに引き返せます」

「ロダン!」

「女性の死刑囚から適当に丸焦げにした死体でも用意したらいいんです。火事でも起こしてシルヴィア様だと言い張ればいいだけのことです」

「やめろ、ロダン」


 突然、ぶっ飛んだ解決方法を提示されたぞ!? オレは死にましたって!? いや、本物のオレはどーすんだよ。というかもう少し平和的な解決方法があるだろう。

 

「守れなかった私とエーテルを国外追放処分にすればいい。シルヴィア様をエーテルの見た目に偽り、二人で国を出るのなら誰にも何も言われません。エーテルが二人いるのはおかしいので彼女は身を隠さなければなりませんが……ま、彼女ならどうにかしますよ」


 いやいやいや、逃げたあとも問題山積みじゃね? 全てを捨てるってことだよな。それより離縁のがマシじゃ……いや、貴族社会だと生きにくいか。全てのしがらみから逃げる術もあることを、ロダンなりに伝えてくれているのか?


「それは……ロダンとエーテルに迷惑をかけすぎます」


 おかしいよな、バロン王子に仕えているロダンがこんなことを言い出すなんて……。何か意図があるはずだ。


「エーテルにとって、今のご主人様はあなたです。喜んで動きますよ。私にとっては長すぎる人生のわずかな間のこと」

「…………」


 なんだろう、この違和感は。


「そこで悩むのか、シルヴィア」


 いや、悩んでねーけど。


「もう決めた。決めたよ。君がどれだけ嫌がろうと最短期間で結婚する。これはもう絶対だ。何があろうと覆さない」


 目が座っている。金の瞳……獲物を狩る虎みたいだな。ロダンはこうなると分かっていたから、さっきの内容を言ったのか?


 王子の唇がオレのそれを塞ぐ。いつの間にかロダンはいなくなっている。ソファに倒されても、危機感は持たない。どうせ何もされない。ここまでで終わる。


 目の端にテーブルが映る。もう、オレが持ってきたアレは片付けられている。


「アレ、処分しておいてくださいね」

「……使いたいんじゃないのか」

「若気の至りです。二度と使いません」


 また当てつけてしまった。よっぽどオレは――。


「もう傷つけないから……」


 うわ言のように呟きながら王子が優しくキスをする。どうして涙がこぼれるんだろうな。 


 記憶をなくせたら楽なのに。


 リリアンに比べれば本当に小さな小さなこと。それなのに、どうしてもそう思う。


 ――求められたくて、仕方がないんだ。

 

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