第26話 結婚準備

 そうして、どうなったかといえば――、とんでもないことになった。


 火曜以外は罠の部屋で待ち合わせたあとに別の部屋に行き、婚約指輪のデザインや宝石の大きさを決めたり、ドレスのデザインやティアラや靴やブーケのデザインを話し合ったり……とにかく、業者を混じえての山のような打ち合わせにヘトヘトだ。会場や招待客の規模なんかは既に決まっていて「分かりました」と言ってサインするだけの作業ではあるものの、目を通す資料が多すぎる。学園を打ち合わせ場所にしていいのかと思うが、王立の学園なので許されてしまうのだろう。


 結婚式も来年どころか今年の九月末に決まってしまった。既に目前だ。招待状まで出されている。自分のこと以外はほぼ全てお任せではあるものの、業者も不眠不休といった感じで急ピッチで準備しているらしい。王子は来年の結婚を検討していたはずなのに、どうして今年になったんだ……。


 オレは空き時間に招待客の名前と顔だけでなく、他国の国王や王妃まで来るから、どんな話題にものれてNGワードも言わないようにその国の歴史や文化まで覚えまくらなければならなくなった。当然ながら段取りも全て完璧に把握しなければならない。夏休みに入ったら、王宮での特訓が待っている。


 忙しすぎて悩んでいる場合ではない。


「婚約指輪が出来上がったよ。結婚指輪もね。はめてみてもいいかな」

「……はい」


 打ち合わせの前に罠の部屋でほんの短時間だけ二人きりになる。王子はもう失敗を繰り返さないとばかりにオレをソファの上で抱っこして髪をといて、たまに引き寄せてキスをする。


 ドキドキするし完全に女の子の気分だ。

  

「どうだ。君のデザイン通りだが、気に入らなければ作り直そう」

「十分ですよ。すごく……可愛いです」


 宝石なんて興味なかったのにな。

 婚約指輪は、小さなダイヤが大きなピンクダイヤの周囲に散りばめられている。まるで花だ。例としてのデザインをたくさん見せてもらって、そこに細かい部分の希望を伝えて出来上がったのがコレだ。結構感動する。


 結婚指輪は細めだけれど、ミモザの花を彫ってもらった。結婚指輪と重ね付けしても綺麗だ。花言葉が「感謝」なのも気に入った。


 バロン王子によって、するっと指にはめられた。二つともだ。重ね付けにも向いているデザインだ。


「綺麗……」


 単純だな、オレ。

 じわぁと心が温かくなる。そこに気持ちが込められている気がして。


「シルヴィア、君といると楽しいんだ。ずっと一緒にいたい。僕と結婚してほしい」


 真剣な目で、もう一度プロポーズされる。


 ほんとに……オレのことが好きなんだな。もっと、ザ・ご令嬢といった相応しい相手はいると思うけど、やっぱり王子の側にいたい。


 この鬼日程は勘弁してほしいが……全部オレのためだもんな。


「はい。ありがとうございます」


 前のオレなら、ふざけてこのまま胸をあてたりしたかもしれねーが……好きな相手の気持ちも尊重しないとな。順番が大事らしいし、大人しくしていよう。うん、好きな相手に我慢させるのはよくないことだ。結婚するわけだし、大人にならねーと。

 

「本当はハネムーン期間も多くとりたかったが……」

「講義も始まりますし、五日もあるので十分ですよ」

「少なすぎるよな。大丈夫だ、来年の夏にもう一度ハネムーンに行こう。来年なら十分に時間がとれる」

「……だから、十分ですって」

「身内だけの結婚式も来年にもう一度やるか。今回は時間がなさすぎてありきたりになってしまうし、対外的な意味合いも大きい。君の好みや意向をしっかりと聞いて、綿密に決めてもう一度少人数でやろう」

「それこそ、もう十分です。やらないでください」


 打ち合わせだらけで疲れているのに、来年にもう一度、もっと綿密にとか無理すぎる。そもそもオレが我儘令嬢だと思われるだろ。


「いや、今回はほとんど僕のための結婚式になってしまうからな。やはり君の好みをもっと取り入れた結婚式を――」

「いりませんってば」

「君の不満は全て解消したいんだ」

「不満なんてないです。何もないです」

「そう、か……」


 また、あちこちに口付けられる。王子の宝物にでもなった気分だ。どんどんと女の子になっていくようだ。

 

「早く結婚しないとな」


 焦らせてしまったか……王子ともう少し離れたいと言ったのが駄目だったな。よく考えると、恋人に言う台詞ではなかった。


「早く、しないと……」


 王子はあれからずっと焦っている。


「早くしなくても、オレは逃げませんよ?」


 もう日程も決まってしまった。延期するのは手遅れだ。でも、そんなに焦らなくてもいいのに。


「早くしないと、君が元のシルヴィアに戻れなくなる」

「え……オレになる前のです?」

「そんなわけないだろう! 僕が傷つけてしまう前の君だ」

「……何も変わっていませんよ?」

「変わっているよ。僕のせいだ」


 え?


「そろそろ時間だな。打ち合わせに行こうか」

「は、い……」


 変わった自覚なんてないのに、王子に見えているオレはおかしいのか?


 分からないまま、王子の膝からおりて立ち上がった。


 

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