第24話 リリアンの過去
「シルヴィア様!」
「悪いわね、来てもらっちゃって」
「いえ、嬉しいです」
生垣の隙間に隠れるようにして一人で座って涙を拭いたら、さすがに冷静になってきた。勇気を出して掴んだ瓶を奪われたショックでつい思ってもいないことを叫んでしまったものの……そもそもバロン王子は王道の王子だ。結婚してから初夜を迎えるとか、そーゆー順序に強くこだわるタイプなのかもしれないと、今更ながら思い至った。
まだ婚約もしていないしな……。
由真がイマイチと言っていたし、キスから何から何まで本来なら結婚後にすべきだという考え方を持っている可能性もある。
エーテルが「バロン様が追いかけようとするのをロダンが止めているようですが、どうされますか」と出てきたので、止めたままにしておいて、と。ついでにリリアンは呼べないかとお願いした。
今は学園の裏庭のベンチにいる。
まだ誰もいない、早朝のベンチだ。二人になったら遮音魔法を展開してくれると言うので、そこはエーテルに任せた。リリアンもそれは感知しているだろう。
「顧問との時間を邪魔してしまっていたら、申し訳ないのだけど」
「あはは、気にしないでください!」
健康的な笑顔だな。
さっきの怖い印象が嘘のようだ。
「それで、どうしましたか?」
「えっと……」
すぐにあの話題を出すのはな……。
「同じ転生仲間なのに、あれから今まで話しかけてこなかったのはなぜかしら」
「ああ、気にされると思ったからです。だって、ゲームでは……でしょう? 私と関わるのは嫌かなって」
気を遣ってもらっていたのか!
「実は私、ゲームはプレイしていないのよ。妹は全攻略したみたいだったけど、私は軽く話を聞いていただけなの」
「え! そうだったんですか!」
「ええ。攻略キャラも全員は分かっていないわ。バロン様とロダンとアラン様くらいしか分からない」
「あー。アラン様とベルナードさんはサブキャラクターですね」
「え、そうだったの!?」
顧問、サブキャラクターだったのか!
「他にも三人いますが……知りたいです?」
「んー、あなたと結ばれる可能性もあったのにと可哀想な気持ちにはなりそうね。でも、信用できる人なんだって確実に分かるのはありがたいというか……」
「それはどうでしょう。皆さん過去がおありでそれぞれ重いので、状況によっては信用できないかもしれないですし」
なにー!
「あ、バロン様とアラン様には重い何かはないですよ。ご安心を」
……だから由真がイマイチだと言ってたのか。サブキャラはイマイチ扱いしていたものの、顧問にも重い過去はありそうだよな。オッサンだから由真の好みではなかったのかもな。
「そう。それなら他の人たちに関しては聞かなくていいわ」
「はい。私も人の過去まで一緒に背負えるほど強くもないので、知り合うのもやめました。でも……最初はやっぱり出会うべきなのかなと思ったんです」
「ええ」
ま、ゲームそっくりの世界に来たら、同じように辿るべきかと思うよな。
「そうして歩いていたら、罠の部屋からバロン様とシルヴィア様が出てきて、とても仲よさそうで」
なに!? 見られていたのか!
罠の部屋って名称は、バロン王子がよく使っている。本来、この二人の出会いイベントはあそこだったんだろうな。オレが吸い込まれるようにあの部屋に入ったのは、出会いイベントの相手がオレになるように世界に仕組まれていたのかもしれない。
この世界は……なんなんだろうな。
「ここはゲームと同一の世界じゃないんだって。きっとシルヴィア様も転生者で、バロン様と私より前に出会ったんだろうなって。それなら、こんな訳の分からない場所にあんなろくでもない記憶を持って来てしまったのなら――」
あれ、シルヴィアの表情が変わったぞ。
「前世の記憶を消してもらいたいと思ってベルナードさんに近づいたんです」
目が笑っていない。表情が凍りついている。
「前世の……記憶……」
「私の死因は殺人です。殺されました」
「――!!!」
恋だ愛だとごちゃごちゃしていた頭が突然冷やされた。そんな記憶をもって、リリアンは――。
「そんな……」
ずっと浮かれながらオレは過ごしていたのに……。涙がこぼれる。
「だ、大丈夫ですよ! ベルナードさんとたくさんお話して、記憶はこのままにすることにしました」
「……それでいいの……」
「はい。知ってはいましたが、大きな記憶の操作は結構簡単に解けちゃうんです。そのたびに強いショックを受けることになるって」
「ああ……」
「ベルナードさんと、修羅の道を歩くことにしました!」
そんなキラキラの笑顔で言われても……。
「くだらないことで悩んでいたのが馬鹿みたいに感じてきたわ。ほんとすみませんって気分よ」
「あはは、大丈夫ですよぉ。何か聞きたいことがあって、私を呼んだんですよね? なんでも聞いてください!」
「そうなんだけど、申し訳なくて仕方がないわ……」
ほとんど初めて話したも同然のオレに言わないこともたくさんあるだろう。ほんのわずか、氷山の一角しか教えてもらっていないはずだ。たくさん悩んで苦しんでいたんだな……。
オレはあんなショボイ理由で、あんなことを……。ああ、時を戻したい。このシルヴィアの脳みそ、感情的すぎだよな。女とか男とかじゃなくて、たぶん脳の問題だな。気分の浮き沈みが前世より酷い。
「そのままにしておくと、あとで後悔しますよ? シルヴィア様はバロン様といつも一緒にいるようですし、私と二人になる機会はほとんどないんですから、今聞いてください」
確かにそうだな。
というか、バロン王子とばかりいるから、あいつのことで悩んでしまうんだな。もう少し離れて、学生らしい時間を他で過ごした方がいいかもしれないな。
「うーん……」
「どうぞどうぞ」
ま、呼んでおいて雑談だけってのもアレか。
「バロン様ってその……」
「はい」
「じ、順番にこだわるの?」
「順番?」
ああー!
また顔が赤くなってきたー! リリアンの重い話のあとにこれなんて、オレってばなんて……!
「だ、だから、その、結婚する前にそーゆーことはしない……みたいな……」
「あ、ああ」
リリアンまで乙女みたい顔になったぞ!?
「だ、だっておかしいわよね! この身体よ? むちむちでしょ? 手を出したくなるでしょ、普通!」
あ、恥ずかしくて泣きそうになってきた!
「そ、そうですね、確かに、うん。じ、順番はゲームでも大事にされていたかもしれませんね」
やっぱりそうだったかー!
「あの、理由まで私が言っちゃうのは控えますけど、その……すごく、すごくシルヴィア様は魅力的だと思いますよ」
リリアンまで顔を赤くしてオレの全身をめっちゃ見てる!
「そうよね、普通はこの身体だけでイチコロよね!?」
「んん、どちらかと言うとシルヴィア様が可愛らしすぎて、そっちでイチコロかと思いますが」
「……私は可愛くないの……可愛いのはあなたでしょう」
「大丈夫です! バロン様ったら酷いですね! でも、そう、順番を大事にする方なんでたぶんそのせいです。シルヴィア様のせいではありません! シルヴィア様は可愛いです、保証します」
「うう……ごめん、こんなしょーもない話をして……」
「いえ、久しぶりにものすごく楽しい気分になりました」
久しぶりに……。
普通に楽しく生きていて突然殺されるって、そんなにはねーよな。無差別もあるこたあるが、だいたいはその前にストーカーがいただとか陰湿ないじめだとか何かはあるよな。
「シルヴィア様、もしよろしければたまに一緒にお話をしません?」
「ええ、私もお願いしようと思ってたの」
やっぱり、もう少し王子と離れた方がいいな。他の奴と話していると自分の悩みがちっぽけに感じる。
「え、やったぁ! ありがとうございます、シルヴィア様!」
「様付けなんてしなくていいわ」
「それは駄目です。貴族ってだけでなく、私のご主人様も同然ですよ。王家の犬としてベルナードさんみたいに私も認めてもらえるよう、頑張りますね」
「そ、そうなるのね……」
わんわんと可愛く犬の真似をしているけど……いいのかな。
「こんなに可愛いのに、そんな……。私だけ安全な場所でショボイことで悩んで、罪悪感がつのるわ」
「んふふっ、シルヴィア様とバロン様の安全な場所は、私たちにお任せください! 寿命尽きるまで安全な場所にいてもらいます」
そうか。たくさんの人に守られて生きていくんだな。人は一人だけでは生きていけない。支えて支えられて生きていくんだ。
「ええ、頑張るわ。支えてくれる人に支えたいと思ってもらえるように、頑張る」
ま、リリアンたちには裏側からってことなるんかな。オレたちの前途を邪魔する奴は成敗するとか言ってたしな……。
夏休みには王子も王宮に戻るだろうし、オレもしっかりと実家で教育を受けよう。王子と結婚すること前提に、ビシバシ鍛えてもらおう。
「一緒に頑張りましょう、シルヴィア様!」
「ええ。あなたも私を鍛えてちょうだい。ヒロインだから、何かがすごいんでしょう」
「んー、あー、どうでしょう」
「放課後、バロン様と過ごす時間を減らすわ。可能な範囲で私と一緒にいてくれないかしら」
「すごく嬉しいですけど……バロン様がすねそうですね」
「大丈夫よ。私に手を出さなくても平気な人なんだから、私がいなくても問題ないはずよ」
「あはは、根に持ってますね」
「当たり前よ!」
やっぱり、色んな人と話さないと視野が狭まるな! 青春が始まってきた気がしてきたぞ。
よし。朝食を食べたらバロン王子と話をしよう。休日は王宮に仕事で戻る時もあるようだけど、今日はここにいるって言ってたしな。
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