第23話 誘惑

 シルヴィアが、コトコトと中身を机に置いた。ってそれは――!


「はぁ!?」

「彼らが栽培したものとは違いますよ。エーテルが用意してくれました」

「い、いや……」


 ど、どうしてそれがここにあるのかが問題なんだが!?


 媚薬として売り出されている滋養強壮によいとされるフラムの実が、透明な液体に漬けられている。おそらくウォッカか何かだろう。ガラスのコップも二つ……。水割りにして飲もうということか。


「エーテルにたきつけられたか」

「せっかくなので、飲みません?」

「また君は……」


 僕を誘惑するようにシルヴィアが微笑む。かなり毎日、ギリギリ耐えているというのに。


「そこに入っているのは酒なんじゃないか。学園で酒はまずいだろう」

「今日はお休みです。アルコールが抜けるまでここにいましょう」

「それもエーテルの受け売りか」

「…………」


 シルヴィアが瓶を開けようとするので、その前に魔法でこちらに引き寄せた。彼女が瓶を掴んでいたはずの手をギュッと握りしめた。


 虚空を見て、力なく呟く。


「やっぱり……オレじゃ駄目なんですか」

「え?」


 シルヴィアの瞳から一気に涙が流れ落ちる。


「シルヴィア――?」

「あれから、一度もキスしてませんよね。バロン様からって最初だけですよね。やっぱりオトコ女のオレじゃ、その気にならないですか。たまに抱きしめてもいいかなんて聞いてきたくせに――」

「ち、ちがっ」

「そういえばオレといるのが楽しいとか言ってましたよね。オレみたいな変なのといるのがってことですか。だから今日みたいに付き合わせて。別にそれ、女じゃなくてもいいですよね」

「ち、違うんだ、シルヴィア」


 また何かしてしまったら、止まらなくなる気がして……それに、僕に何かされるのが嫌ではないことにまだ元オトコとして抵抗があるようだったから……。


 心の準備が整うのを待つと僕はシルヴィアに約束をした。それとも、もう整っていたということなのか? そうか、こんな誘いをしてくるくらいだ。僕は見誤っていたんだな。彼女からキスをしてきた時点で期待されていたのかもしれない。


 僕はなんてことを……。


 抱きしめようとする僕をシルヴィアが強い力で突き飛ばした。


「……っ!」

「こんなのを用意しても、何も……っ、こんな身体しているのに。どうせオレなんて――」

「シルヴィア!」

「こんな記憶なんていらない。バロン様なんて、大っ嫌い!」


 ――!!!

 シルヴィアが扉から勢いよく出ていく。


 言われた内容がショックですぐに動けなかった。手に持っていた瓶を割れないように机に置いて、追いかけなくてはと扉を開ける。


「……いない……」


 窓が開いている。

 すぐにそこから外を見渡しても、どこにもいない。出遅れた。浮遊魔法でここから出ていったのだろう。


「ロダン、シルヴィアを探せ」


 ロダンが姿を現した。


「姿隠しの魔法を使われています。今は会いたくないんでしょう」

「それでも探せ」

「エーテルがついています。シルヴィア様に近づこうとすれば、その前に違う場所に移動されますよ」

「それなら、このままにしろと言うのか!」

「寮に戻る気はなさそうです。朝帰りが見つからないように、朝食の時間まで学園内でしばらく過ごすおつもりでしょう。一人になりたいようですし、またお話する機会もありましょう」

「こんな状態で一人にさせられるわけないだろう!」


 彼女の言う通り、あれから何もしなかった。ずっと抱きしめたくて仕方なかったけど、まだ早いのだと自分に言い聞かせて……。


 それに、王族には暗殺の危険性がある。彼女に手を出してしまったあとに僕に何かあれば、傷物になったただの貴族の令嬢だ。結婚してからでないと、地位を確保したままにできない。


 でも、ちゃんと愛していると態度で示すべきだったな。止められないかもしれないと躊躇すべきではなかった。


「きっと泣いている。側に行かないと」

「……いえ、どうやらリリアン様を呼ぶようです」


 ロダンが何かを「視て」いる目だ。猫に追わせているのか。


 ――どうして、リリアン嬢を呼ぶんだ。


 さっき、こんな記憶はいらないと言っていた。ベルナードに頼んで前世の記憶から何から何まで消して元のシルヴィアに戻ろうとでも考えているのか!? それは自分の存在ごと消すということだ。僕はなんてことを考えさせてしまったんだ!


「今すぐに彼女のところへ行かないと!」

「……リリアン様と話したいようなので、そっとしておきましょうよ」

「なんでさっきから僕に反対ばかりするんだ」

「冷静さに欠いていらっしゃるからですよ」

「冷静でいられるわけないだろう!」


 僕はどれだけ彼女を傷つけたんだろう。どれだけ言い訳を重ねても、あれから何もしなかったのは事実だ。


「元の関係に戻れるのか……」

「どうでしょうね」


 分からないという見立てなのか。ロダンから見ても、そこまで彼女は傷ついていたのか。


「今すぐに探したいんだが」

「リリアン様と話したいというご意思を尊重された方がいいかと思いますが」


 ここまでロダンが僕に反対するのは初めてだ。確かに今の僕は冷静さに欠いている。今は……動かない方がいいのかもしれない。


「はぁ……ロダン。学生結婚をするというのはどうだろうか」

「……なくはないかと。両陛下から軽く反対はされそうですが、強く訴えればできなくはないでしょうね。早く子供ができれば血筋は絶えませんから。そちらのが重要です」


 僕だって、早くシルヴィアが欲しい。

 あと三年半以上も待つなんて耐えられない。


「よし、その方向で動こう」

「……御意に。シルヴィア様のご意向を確かめてからのがいいと思いますよ」

「分かっている」


 今すぐにスケジュールを練ろう。

 シルヴィアは……今日、僕に会ってくれるかな。それまでに、日程をざっくりと考えておこう。



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