第22話 お仕置き

 そして、あっという間にその日が来た。


 一晩中お仕置きなるものを彼らは受けていたらしく、今は早朝だ。まだ薄暗い。街灯がチカチカ点滅するのは、強い魔力を魔法陣が発しているからかもしれない。


 青白い魔法陣と彼らが、突然裏庭に現れた。皆が尻餅をついていて青白い顔をして震えている。すぐに光は収束し、彼らだけが残された。人数は三人だけだ。


「やぁ、偶然だね君たち。朝の散歩かい?」

「ひぃっ!」


 怯えて震えているな。どんな脅され方をしたんだ。


 王子の横に並んで、颯爽と彼らの側へと歩く。


「僕も散歩をしているところだ。そういえば、最近君たちのお父上に会ったよ」


 尻もちをつきながら後ずさろうとする彼らににこやかに話しかけ続ける王子……シュールだな。


「学園で何か迷惑をかけていないかと聞かれたんだ。僕は何も問題がないと答えた。君たちは模範的な生徒だ。何かよからぬことを考えたとしても――実行はしない。そういう子たちのはずだ。そうだよね」

「…………!」

「それでは僕は散歩の続きをするよ。朝の空気は清々しい。何もかも洗い流してくれるようだ。それではね」


 一体、何をどうしたらあんなに恐れおののくんだ……。ま、オレは知らない方がいいんだろうな。怪我はしていないようだし、そこはよかった。


 そのまま裏庭を進む。王子に目的の場所があるようだから、無言でついていく。


 突然、デカブツが現れた。ゴテゴテのベルトに金のボタンもたくさんついた、悪そうなファッションのイカツイ赤髪のおっさん……あれ、グラサンを外したらこれ、顧問じゃね? おいおい、ドデカイ斧まで背負ってますが。


「終わったのかい」

「まぁね。そっちもご苦労さま。助かったよ」

「大したこたぁねぇ。それより、もう嬢ちゃんを巻き込むなんざ、よっぽどだな」

「そっちこそ」


 顧問の後ろにリリアン!?

 柔らかそうな金髪がふわふわと踊るように風ではためいている。


「使える能力を持っているのさ」

「そう。彼女も納得しているのならいいよ」


 あんなに可愛いイメージだったリリアンが、なんか怖いな。


 彼女が一歩二歩と前に出る。前と同じように可憐に笑って――、


「お二人の前途を邪魔される方がいたら、成敗いたしますのでご安心ください!」


 こんな可愛い顔であの時と似たようなことを……もしかしてサイコパス!? それより、オレの方に話しかけられたから答えないと。


「ありがとう、リリアン。これからもよろしくね」

「はい!」


 顧問が王家の犬ってことはリリアンもそうなるのか? うむ、分からん。ベルナードエンドに到達したのかも分からん。いや、恋愛イベントは起こさないと言ってたしな……。ま、人様の恋愛についてなんて考えるのはやめよう。


 彼らが暗がりの中、静かに立ち去った。


「さてと、シルヴィア。これからどうする?」

「……罠の部屋に行きたいです」

「分かったよ」


 はー……、疲れた。

 隣で歩いているだけで、疲れたなー。


 ♠♤♠♤♠♤


「シルヴィア様、これが例のものです。どうされますか」


 罠の部屋に入る前に、シュッとエーテルが現れた。ああ、このタイミングで来てしまったか……!


 二人きりになられる時にお渡ししますと。使わなくても結構ですと言いながら説明だけは少し前にしてくれた。


 なんとなく紙袋を受け取ってしまった。

 どうする……どうするんだ、オレ!?


「ありがとう」

「シルヴィア、それは?」

「気にしないでください……」


 一礼をして、あっという間にエーテルがいなくなる。


「さぁ、部屋に入りましょう。バロン様」

「あ、ああ……」


 そんな訝しげ顔をされても困るな。


 はー……罠の部屋は落ち着く。他から遮断されているという安心感はなにものにも代えがたい。


「リリアンは顧問と仲よくなったんです?」


 ソファにもたれて聞いてみる。


「そうだろうな。どんな仲かは分からないけどね。君は彼女の持つ特殊な能力について知らないのか?」

「全然分かりません。細かい話は由真としていませんから。バロン様は聞いているんです?」

「一応ね。最近聞いた。知りたいか」


 ……どうしようかな。こっちは元オトコってことを言わないわけだし……。


「必要ないなら聞きません」

「なぜだ?」

「他の人から聞くのは、ずるい気がするんで」

「……なるほど。ま、知っている前提であちらから声がかかるかもしれない。君の意思は伝えておくよ」


 え。

 知りたいって言えばよかったかな。あとからやっぱり教えてって言いにくくなるな。


「それで、この紙袋は何かな」

「たぶん開けると後悔すると思いますよ」


 それなりに大きい紙袋だ。カチンカチンと中のものが当たらないようにタオルが挟み込まれていそうだ。上も覆ってあるせいで中身が見えない。


「なんなんだ、それは」


 前にキスをした時から今日に至るまで――、オレたちの間にはなんの進展もない。外にお出かけデートをしてみたり、ここで雑談や勉強はしているものの……全然だ。


 そう。王子から何かあるかと思いきや全くないんだ。それどころか、一線を置かれている感覚がずっとある。たまに抱きしめてもいいかなとか聞いてきたくせに、本当に何もなくて……。


 だからこそ、完全に使わないとは断われなかった。「そのうちに」とか「機会があれば」とか言ってる間に、この『媚薬なるもの』をエーテルに渡されてしまった。


 今もこのまま「気にしないでください」と持ち帰れば何事もなく終わるんだろうけど――。


 オレは立ち上がって、机に置いたそれを手に持った。 


 

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