第21話 メイド・エーテル
「はじめまして、エーテルと申します。これからはシルヴィア様のメイドとなりますわ。なんでも申し付けください」
……若いな!
副メイド長とか言ってなかったか!?
茶色くて短い髪。焦げ茶色の瞳。
なんか、普通だ……可愛らしいけど、普通だ。
「はじめまして、シルヴィア・グラントですわ。ご迷惑をおかけします。これから、よろしくお願いしますわ」
「いえ、シルヴィア様のご事情も存じています。気安く話してくださいませ」
そうなのか。
チラッとロダンを見る。
「彼女は副メイド長でしたが、強いからそうなっただけですよ。それなりの判断力くらいはありますが、上に立つのには向いてない方ですので、しっかりと操縦をお願いします」
うわ! 話しながらナイフがエーテルに飛んでったぞ! で、二本指で受け止めた!?
「ご挨拶ですね、ロダン。あなたこそ、側近にしか向いてないですよね。見るからに根暗そうですから」
は! ナイフがロダンにシュバッと返された!?
気安そうだし、数少ない仲よしさんの一人なんだな、きっと。ナイフの飛ばし合いもこいつらのコミュニケーションなんだろう。オレに実力を見せるという意味もあるのかもしれないが。
「あまりにも普通に見えて影も薄いので、どこにでも溶け込める隠密活動を得意としている方です。私のように堂々とお近くにいるのではなく、視界に入らないような形でお護りすることになります」
「そ、そう……よろしく……」
「はい! 呼んでいただければすぐに駆けつけます。好きにお使いください」
これからバロン王子とデートする時は、この子もどこかにいるってことか。ま、後ろめたさはなくなるな。可愛い女の子も一緒だと思えば。
「ロダンと仲よくお願いします」
「そ、それはちょっと……」
なんで二人とも嫌そうなんだ。
「四人でピクニックとか行きます?」
「シルヴィア様、私たちは護衛ですから。駒としてお考えください」
「そうですよ、いらない世話を焼こうとしないでくださいね」
そう言われてもな。もっとロダンに友達がだきたらなーと。あれ、そういえば……。
「バロン様って、私とロダン以外に仲がいい人います?」
「なんだいきなり。仲よくなりすぎると家業関係の頼まれ事をされやすいからな。知り合いは山のようにいるよ」
「なるほど」
大変だな。
「ゴホン。じゃ、エーテル、シルヴィアを頼んだよ。あ、寮の部屋にいてもエーテルを呼んだら天井裏から降りてくるから気軽に呼んでやってくれ」
マジか。天井裏の住人の使い手になるのか、オレは。
「いつでも呼んでくださいね!」
ものすごく普通に見えるんだけどなー。
「ええ、よろしく」
寮の部屋でも呼んで、仲よくなっといた方がいいかな。これから長く付き合っていくんだろーし。
……王子と結婚するならな。
♠♤♠♤♠♤
夜になって、恒例の王子へのメッセージ飛ばしも終えた。寝る準備も全て整えた。毎晩職員による部屋にいるかどうかの確認もあったけれど、エーテルが把握できるのでわざわざ部屋まで来なくなるそうだ。
……もう、時間的に他の部屋の確認も終わっただろうな……。
「エーテル、来て」
うぉ! 本当に来た!
シュバっと部屋の隅にエーテルが現れた!
「はい、なんでございましょう」
「……本当に来てくれるのかなと試してしまいました」
「ご安心いただけたなら、よかったです。それから、さすがに丁寧語はやめてください」
「あー……」
まぁ、自分の使用人に丁寧語で話す貴族はいないな。
「安心したわ。本当にこんなに早く来てくれるのね。少しだけあなたとお話したいの。いいかしら」
「もちろんです。……やりにくければ、以前の性別の話し方でも結構ですよ。呼ばれた時点で遮音魔法は使用しています」
やっぱりそこまで伝わっているのか。
「うーん……っと、イヤじゃねーの? オレみたいなのにつくのなんてさ」
「とんでもないです。バロン様の特別な方をお護りできるなんて、このうえない幸せです」
「こんなしゃべりをする女、普通は願い下げだろ」
「ふふふっ、特別感ならありますね。そうですか、このようなお方なんですね。護りがいがあります」
意味わかんねーな。
「違法栽培の件、聞かれたでしょう」
「あ、ああ……」
知ってるのか。そりゃそうか。オレをこれから護るんだからな。
「なんの植物か聞きたければお教えしますよ?」
あー……、なるほど、ロダンがしっかりと操縦しろと言うわけだ。さっそくオレを惑わせるとはな。くふふっとわざとらしく笑いやがって。
「オレが知ったらまずいから言わなかったんじゃねーの」
「違います。ただの配慮ですよ。まずかったら私がそんな話をするわけありません」
配慮? くっそ、気になるな。このエーテルの顔ぉ……!
「お前、けっこー食わせ者だろ」
「あらぁ、ご主人様ったら。知りたくないです?」
うー……。
「ほ、本当にオレが知っても問題ないんだな」
「ありません。大丈夫です」
十六歳以上なら普通に買える……販売に許可が必要……。気になる! あーもう、気にしないようにしていたのに!
「さ、さらっと教えてくれ」
聞いたら駄目なやつだと思ったら、そっこー忘れよう。忘れる努力をしよう。
「媚薬の食材です!」
「はぁ!?」
にっこにっこ楽しそうに微笑みやがって。
「そ、そんなものあったら、世の中大混乱だろ。王子が食べたら、他の女を好きになるってのかよ」
「そんなものは存在しません。シルヴィア様の言う通り、世の中しっちゃかめっちゃかです。冗談めかして媚薬と銘打って売り出されていますが、ただの滋養強壮効果のある食材です。ただ……効果はあるようなので、お酒と同様にご結婚もできる年齢の十六歳からとされていますね」
「そ、そうなのか……」
確かに、一人で買うのも勇気がいりそうだな。育てていた奴は何を考えていたんだ? 婚約者がいるとして使いたかったとか? もしくは一人だけで励んで、一晩で何回とか友人とシモ系の話で盛り上がるためか?
「シルヴィア様がご所望なら、手に入れますよ?」
「なっ!? オ、オレが使ったって……!」
王子とどうにかなりたくて悶々とするはめになるだけなんじゃねーの!?
「あらぁ。一緒に食べますかと聞いてみるのもご一興かと」
「!?」
こいつ、食わせ者だ!
顔に熱が灯る。温泉でのぼせた時のようだ。汗までかいてきた。
「聞くだけ聞いて、食べないという選択もありますし」
「さ、さすがにそれは……酷いだろ」
「あらぁ。嬉しいと思いますよ? 自分のために何かを用意してもらえるって、嬉しいものです」
爽やかにニコニコ笑っているけど、とんでもないことを提案するな! あ〜、顔が熱い!
「私はご主人様にご提案をするだけです。ご一考ください」
やばい……しばらく、迷いそうだ。そうだよな。実際に食べなくても、こんなものがあるそうですねって見せるだけでもドキドキしてくれるよな!
いや、させてどうする。それこそ寸止め……止め……止められない気も……。
ううう。
「エーテル」
「はい」
「とりあえず、記憶には留めておく……」
「はい。それでは戻りますね」
あー、まずい。
変な実なんて食べてないのに、身体が熱い!
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