第12話 罠の部屋へ
いつものあの部屋の扉の前に立って、ため息をつく。
入りたくねー……。
バロン王子には、朝っぱらからこれでもかと迷惑をかけてしまった。
そうだよな。あんな水着を着ていたら、王子をたらしこんだと思われるよな……。人数も規律違反者が三十人はいた。あっという間に噂も広がる。王子の印象を悪くしてはいけないと、咄嗟に誘惑して恋人になったことは否定できたと思うが……恋人にまったく手を出せない男だというレッテルまで貼ってしまった。
さすがにな。
さすがに王子だって、そんなレッテルは即座に剥がそうとするに決まっている。ああなるのも仕方なかった。というか、オレ相手にあんなことまでさせてしまった……。
いや、でもな。オレをハグしてこの乳の弾力は味わえたわけだからな。うん。悪いことだけではなかったはずだ。大丈夫、大丈夫……。
「早く入ってくれないかな、シルヴィア」
「うわ!」
突然、扉が開いた!
「ロダンが扉の前に気配があると言ってから、しばらく経った気がするけど」
「入りづらかったんですよ……」
おずおずと中に入る。
ここは落ち着くな……。
「では、私は席を外します。話したいことがあるようなので」
「ああ」
「それからシルヴィア様、驚く声も令嬢らしくと言ったでしょう」
「……難しいんですよ。気をつけますけど」
「そうしてください。次回から特訓することを検討します」
驚く練習!?
「それでは」
ロダンが立ち去ると同時にバロン王子がソファに座るよう促してきたので、仕方なく座る。
……怒られるのかな……。何を言われるんだ。
「君のせいで昨日は眠れなかったよ」
え。
なんかバロン王子がめちゃくちゃ近くに座ったんだけど、どーゆーことだ! くっついちまってるじゃねーか!
「あの、バロン様」
「なにかな」
「異常に近くありません?」
「ああ、君を不安にさせてしまったようだからね。これから気をつけようと思ってさ」
嫌がらせか……。
まぁ、嫌じゃねーけど。
やっぱり好きなのかな、オレ。王子のこと。ドキドキもするんだよなぁ。
「それで、君のせいで眠れなかったと言ってるんだけどね」
あー。そういえば乳を見せちまったな。
「もう一回見たいです?」
「そっちじゃな……っ、いや、そ、う、もう一回見たいと言ったらどうするんだ!」
え、なんか……興奮されている? いきなり身の危険を感じたぞ? やべー。王子とギシアンする自分を思い浮かべちまった。
「見せません」
「だったら聞くなと何度言ったら分かるんだ……」
そ、そんなガックリしなくても……。そういえばオレのこと襲いたいんだっけ。なぜだか少し嬉しい。やっぱり好きなのか、オレは。王子のことを。何度それを自問しているんだ。
「それで、昨日のメッセージはなんなんだ。言っておくけど僕は、君と別れる気はまったくない」
「あ」
朝のアレコレで忘れていた!
オレの表情を見て王子も呆れ気味だ。
「忘れていたのか」
「いや、起きた時には覚えていたんですけど」
「はー……。離れたい何かがあったのかとか、僕のせいでいじめられているのかとか、一晩中思い悩んでいたんだけどね」
しまった。
バロン王子、心配性だった。
「すみません……」
「で、理由は」
真剣な顔で見つめられて、これから言うことを思うとまた赤面してしまう。この女の体、困るよな……。
「以前、オレ相手だと面倒ごとにならないから恋人のふりをするとバロン様が言ってたと思うんですが……」
「あー、ああ」
王子、そうだったっけなという顔をしているな。ハテナ顔じゃねーか。
「それって、別れたくなった時に嫌だとゴネられることがないだろうって意味ですよね」
「そ、そうかもしれないな。その時はそう思ったのかもしれない」
「でもオレ、このままだと執着しちまいそうっつーか、正直離れたくないので、えっと、別れるなら今のうちかと思って――」
「大丈夫だ! よし、今すぐに婚約しようか。ああ、そうだ。君を婚約者にしたいと王家にも近いうちに伝えようと思っていたんだ」
……は?
なんだって?
「君の身辺の警護のためにも寮の部屋を移ってもらおうかとも検討していたところだったんだよ。職員部屋の隣にさ。職員も僕の息のかかった護衛に交替させようと思ってさ。今のところ副メイド長がいいんじゃないかとね。僕と結婚したら、君のところからもメイドは連れてくると思うが、やはりロダンのように強い者が常に――」
「ま、待ってください」
もしかして結婚前提で考えられていた?
いや、そんな素振り今までまったく――。
「なんだ。離れたくないと今、君が言ったんだ。まさか嘘とは言わないよね。僕に対してあんな誘惑をしてきたあげくに、さっき言った言葉まで嘘だと言われたら、さすがの僕も温和な態度ではいられないな」
すごく怖い顔で睨まれているんですが……。口角は上がっているものの、ナイフでも突きつけられているような気分だ。
「い、いえ。離れたくないのは事実なんですが……」
「そうか、よかったよ。君に本意ではない何かをしなくてもよさそうだ」
何をするつもりだったんだよ!
「バロン様がオトコ女みたいなオレと結婚してもいいと思っていたというのが意外すぎて……あ」
昨日までは、そんな雰囲気感じなかったしな。そうだよ。いきなりこうなった理由は一つしかない。
「でも、分かりますよ。大きいですしね。直接見て気が変わったんですね」
「は?」
「王子……巨乳好きだったんですね」
「ちがぁぁぁう!」
「うわっ」
王子……目が座ってんぜ?
「君は全然分かっていない。まったくだ。まったく分かっていない」
「な、何をですか……」
「君は可愛いんだ!」
ぴしゃーんと雷でも落ちたようだ。
は?
オレが可愛い?
「だ、大丈夫ですか、王子。気が触れて……」
「よくよく男だった時のことを胸に手を当てて思い出してほしい」
「は、はあ……」
「男の君に好きな女の子がいたとする」
あー、まぁ気になる女の子はいたな。
「その子が、胸を見たいですかと聞いてきたらどうする。二人きりでだ」
「……自分に気があると思いますね。たぶんそのまま、ガバッといくと思います」
「分かってくれて何よりだよ。ガバッといっていいよね、もう。僕が今までいかに我慢していたのかも分かってくれたよね」
「わわっ」
ソファに押し倒された!
腕まで押さえつけられて……最近ずっと鍛えているのに、やっぱり王子には敵わないんだな……。王子の顔が迫って――。
まさか、ここで初体験なのか!?
「……泣くなよ、シルヴィア……」
「泣くというほどでは」
「悪かった」
王子……そんな苦しそうにしなくても。こいつでなければ、ヤラれていたのかもしれない。オレは最低な奴だ。思わせぶりなふりをあれだけしておいて、肝心な時に涙を滲ませて……。
でも、やっぱり嫌じゃない。ただ、未知の世界へ入り込むことへの恐怖があるだけだ。
「オレ、たぶんバロン様のことが好きなんです」
「え?」
「でも、まだそんな自分を受け入れられていないんです」
「……そうか」
「何度も思わせぶりなことを言ってすみません」
「そうだな」
「女の子ってバロン様に意識されたのが分かると嬉しいんです。だからつい言ってしまって」
「……っ」
「それなのに、これ以上を受け入れられてしまうかもしれない自分が怖いんです」
「ああ、分かったよ」
何もかもが中途半端だ。
「王子という身分の人の妻になるのも怖いんです」
「そうか」
「でも、離れたくないんです。自分でもどうしたらいいのか分からなくて……」
「怖さがなくなるくらいに、いつか僕を好きになってくれたら嬉しいよ。それまで待つさ」
ああ……王子なんだな、この人は。由真が王道恋愛ルートだと言っていた。
確かに、王道だ。
王道の王子様だ。
バロン王子がオレの身を起こして優しく言う。
「僕は君が好きだよ」
頬がほてる。どうして王子がオレを好きだと言うのかは分からねーが……「私も好きです」と言ってしまいたい。どんどんと「オレ」は「ワタシ」に近づいているのかもしれない。
「バロン様。オレから離れずに、心の準備が整うのを待っていてくれますか?」
もう一度、確認したくて聞いてみる。
「ああ、当然だ。僕のシルヴィア。でも、これくらいは許してくれるかな」
頬にそっとキスをされる。
不思議な感覚……そこだけが熱を持つようだ。
「嫌だったか?」
嫌だと言ったら、これから先何もしないで待つのかもしれない。
「全然。嫌じゃないですよ」
「そうか、ほっとしたよ」
今までなら、嫌ではなかったことに「完全に女になってしまったのか」と複雑な心境だったかもしれねーが……。今は前よりもそーゆーものかと受け入れられている気がする。
「ただ、心配なことがあるんですよ」
「なんだ?」
「オレはオトコ女で……本当にこんなんでいいのかと。というか、好きになる要素は皆無だったと思うんですけど」
「たぶん、僕の好みの女の子は君だったんだろう。男の心と女の心を合わせ持つ君を好きになる運命だったんだ」
……すごい女の趣味だな。意味わかんね。
「でもオレ……どんどんと女になっていく気がするんです。実は少しだけオレのことをオレって言うのにも違和感があって」
「そうなのか」
「完全に女になった時に、バロン様が飽きるんじゃないかと」
「それはないな。まさに女の子という君にも首ったけになっている」
なんだそれ……。
「オレ、まさに女の子なところなんてないですよね」
「何を言ってるんだ。君の反応は女の子そのものだよ?」
「え。でもリリアンみたいな女の子ーって可愛さはないですよね」
そういえばリリアン、あれから全然話しかけてこないんだよな。せっかく特訓したのに。恋愛イベントは起こさないと言ってたけど起こそうとしたらバロン王子相手でも起こせてしまうのかな。
それは……嫌だな。
「分かっていないな。食堂でも感じるだろう。君の恋を誰もが応援したいと思うくらい、純な女の子なんだよ、君は」
なにー!?
「え、で、でも、オレは必死になって誤魔化しているだけで……っ」
「……分かっているよ……」
あれ。なんでそんなに落ち込んでるんですか、王子。
「もういいよ、それはそれで……。でも、好きな女の子にまったく手を出せない男だと思われるのはしゃくなんでね。たまに外でも君を抱きしめさせてもらうから」
「えー……」
「なんか不満でも?」
「いや……」
あ。やっぱりこの弾力が気に入ったのか? それは分かる。ぼよんぼよんだしな。適当に言い訳を考えてでも味わいたいんだな。男の浪漫だよな!
「今も、抱きしめたいです?」
「はぁ……そう言って、肯定したら駄目だと言うんだろう」
「これくらいならいいですよ!」
ぎゅっと抱きついたら、驚いたようにバロン王子が息を呑むのを感じた。すぐに王子からも抱きしめ返された。
「ありがとう、シルヴィア。幸せだ」
どうすればいいんだろうな。
全身が嬉しいと悲鳴をあげるようだ。愛しくなるような気持ちが湧いてくる。オレもと言いたい気持ちと、ワタシもと言いたい気持ちが攻めぎあって、何も返せない。ただ、安心を求めてバロン王子の首に回す手に力を込めることしかできない。
「"私"から離れないでください……」
オレにできることは懇願することだけだ。今、王子を繋ぎ止める精一杯は、これだけだ。
「離れない。絶対に離さないよ」
王道の王子様なら、きっとこの言葉は本当なんだろう。あの乙女ゲー厶をやらなくてよかったと思う。
――他の女に愛を囁くバロン王子なんて、思い出したくないからな。
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