第11話 食堂で盗み聞き

 朝の食堂。

 既にシルヴィアは座っているようだ。僕と時間をずらそうとしている印象もあって、朝と夜は共に食べたことがない。一応、様子を見たくて柱の向こう側に隠れて食べながら会話だけは拾っていた。今日はいつもより近くに座って様子を見よう。


 シルヴィアも来たばかりのようだな。今、ナイフとフォークを手にとって……。


「バロン様、A定食がお好みかと思いますが、それでいいですか」

「ああ、頼む」


 こっちはロダンに任せよう。

 

 ……早速、他の令嬢に話しかけられているな。あの女性たちと食事をしたことはなかったと思ったが。シルヴィア周辺の会話が聞こえるように魔法を調整して……と。


『シルヴィア様、少しお時間をいただいてもよろしいかしら』

『え、ええ。よろしくてよ』


 やはりシルヴィアも戸惑っている。


『昨日はご活躍だったそうね』

『あ、いえ。私は何もしていませんわ』

『ずいぶんと、卑猥な格好をなさっていたとか』

『……え、えっと……』


 まずいな。

 助けに行くべきか……。


『見向きもなされなかったはずのバロン様と恋人になれたのはもしかして……と、もっぱらの噂になっていますわよ。もう少しご自分の立場を弁えた行動をされた方がよろしいのでは?』


 噂か。昨日の今日で早すぎるな。


『確かにそうですわね……。これからは気を付けますわ』

『それで、やはりその体で誘惑されたということかしら』


 聞くに耐えない。

 やはり助けに行ったほうがいいか。


『い、いえ。あの……えっと、あの格好は、もう少しバロン様と仲が進展するといいな、なんて考えてしまった結果ですわ』


 なにー!

 シルヴィアがオドオドし始めて顔まで赤く……っ! 分かっている、誤魔化そうとしているんだよな、分かっている!


『し、進展……?』


 シルヴィアの反応に相手も戸惑っているな。


『ええ。こ、恋人なのになかなか、その……お、女の子として見てもらえていない気がして、少しくらいはと、勇気を出したのです』


 可愛い!

 お前、本当に元オトコか!?


 やばいぞ。シルヴィア周辺の男女共に色めきたっているぞ!


『そ、そうでしたの』

『ごめんなさい。その……バロン様以外の方は目に入らなくて、他の方からどう見られるかには考えが及ばず……』


 あ、ああ。手が震えているのか水を飲もうとカップを手に持とうとして諦めたようだ。声まで震えている。

 わ、分かっている! 自分の言った内容に恥ずかしくなっているだけだよな! 分かっている!


「ロ、ロダン……どうする。シルヴィアが可愛いんだが。どうしたらいいんだ」

「……早く召し上がったらどうですか」

「シルヴィアをか!? いや、まだ駄目だろう!」

「頭が湧いてますね」

「あれは本音だと思うか」

「思いません」


 分かっている!

 くそ……やっぱりシルヴィアは可愛い。なぜなんだ。もっと男らしくしてくれれば……って、それは駄目だ。ああ、くそ!


『そ、そう。それで、何か進展したのかしら』


 うわ。なんてことを聞くんだ。


『な、何も……』


 どうしてそんなに、ショボンとしているんだ!

 

『ごめんなさいね、事情も知らずに。バロン様ともっと仲が進展するといいですわね。こちら、使います?』

『いえ。自分のがあるので結構ですわ』


 ハンカチで涙をぬぐって!

 泣いているのか!?


「ロダン、僕は彼女に手を出した方がいいのか!?」

「……あの水着を選んだ後悔と、あとは恥ずかしくなっているだけだと思いますよ」


 分かっている! でも、もう少し希望を持たせることを言ってくれてもいいじゃないか!


 よし。あいつらはいなくなったな。いつもの令嬢たちがシルヴィアの側に集まってきた。


『大丈夫?』

『え、ええ……。ありがとう』

『そうよね。好きな人には女の子として見てほしいわよね! でも、確かに噂は広がっているわ。具体的にどんな水着だったのかしら』

『うう……もう思い出さないことにするわ。忘れる。忘れさせて……』

『そんな格好をしても何もしないなんて、バロン様ったら何を考えているのかしら』

『し、紳士なのよ、きっと』

『でも、こっちは傷ついちゃうわよね!』


 僕が悪者になっているな。


「やっぱり少しは手を出した方が……」

「バロン様、早くお召し上がりください。私はもう食べ終わりましたよ」

「……早いな」


 そして、まずいな。

 僕を責めるような目が、シルヴィア周辺の生徒たちから飛んできている。シルヴィアにも見つかってしまったようだ。バツの悪い顔をしてから、大急ぎで残りの朝食を食べている。


 いや、好都合か。知り合いの貴族の男が数人こちらへやってきた。


「バロン様。お食事中、失礼します」

「ああ。学園で話したことはなかったな。久しぶりだな」

「ご無沙汰しております。あの……バロン様の恋人であらせられるシルヴィア様ですが」

「ああ」

「先ほど泣かれていました」

「……っ、そうか」


 はっきり言われるとキツイな。


「理由は」


 聞くしかないよな。魔法を使わなければ、この距離では会話の内容までは聞こえない。


「……バロン様と仲が進展しないと悩まれているようでした」

「そうか」

「わざわざ部外者である僕たちが何か言うのは差し出がましいかとは思ったのですが……」

「分かった。少し慎重になりすぎていたかもしれないな。教えくれてありがとう。感謝するよ」

「はい。よろしくお願いします」


 完全にシルヴィア見守り隊のような顔になっているじゃないか。


 いや、分かるよ。強気で高飛車な雰囲気を持っているシルヴィアが、弱気で恋する少女みたいになっていたら守りたくなる。


 分かるんだけどさ……。


「ロダン、少しここで僕の食事を守っていてくれよ」

「……食事ではなく、あなたをお守りするのが私の役目なんですが」

「大丈夫、僕は強い」

「はー……、早めに戻ってきてくださいね」

「分かった」


 素早く食事を終わらせて食堂を出ようとするシルヴィアに声をかける。


「待ってくれ、シルヴィア」

「あ、あら、おはようございます、バロン様」


 視線がどうしようかとさまよっている。

 可愛いな……。


「さっき、知り合いに教えられたんだ。君が僕とのことで悩んでいると」

「あ……」


 そんな泣きそうになるなよ。


「すまなかったな、気付かないでいた」

「い、いえ。えっと、ごめんなさい。私が勝手に悩んでしまって」


 周囲からの視線の集中豪雨に顔だけでなく耳まで赤くなってまた涙がにじんでいる。このままではシルヴィア見守り隊の規模が拡大しそうだ。


 拒否されないだろうことをいいことに、ガバッと彼女を抱きしめる。


 ……胸が柔らかいな。これからたまに抱きしめてもいいかな。


「バ、バロン様……っ!?」

「君を抱きしめたのも初めてだな。あまりに君が魅力的で今までは躊躇してしまったんだ。これからは君を不安にさせないと誓うよ」

「あ、あ、ありがとうございます」


 なんでお礼を言いながら、僕を両手で突っぱねるんだ。


「待ち合わせ場所で待っていてください! 部屋へ戻って支度したら私も行きますから!」

「ああ。僕はまだ食事をとっていないんだ。食べたら急いで行くよ」

「……中断させてしまったんですね。すみません」

「気にしなくていい。それからシルヴィア、もっと楽に話していいと言ってるじゃないか」


 どう答えるかな。

 

「〜〜〜! あなたの食事が終わった頃にゆっくりと行くわよ。首を長くして待っているといいわ!」

「ああ、そうしよう」


 はー……可愛い。もう男だろーが女だろーが、どっちでもいいな。どのシルヴィアも可愛いな。


 早足で立ち去るシルヴィアを見守ってから食堂へと戻る。


 うーん……この生暖かい視線……魔法でほとんどの生徒が会話を聞いていたな。


 ま、想定通りだがな!

 

 

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