第7話 リリアン・カトラ
「あの、少しよろしいですか?」
委員会が終わり、少し顧問と話をしてから教室を出たオレたちに、リリアンがキラキラした目で話しかけてきた。待ち伏せしていたようだ。
「ああ。なんだい?」
バロン王子、愛想がいいな。女に嫌気が差しているとか言ってたくせに。もっと無愛想にしておけば、オレなんて利用しなくてもマシになるんじゃねーか?
「あの、シルヴィア様と恋人同士なんですか?」
ド直球だな。
「そうだよ。顧問から話がいってないかな」
はあ?
もしかして今までの委員会で顧問から話があったのか? 勝手なことすんなよ。
「ええ、聞きました。直接確認したかったんです。あの、少しシルヴィア様と二人でお話したいんですけど、駄目ですか?」
「……なんの話かな」
「言わないと駄目ですか?」
おいおい。なんか、視線がバチバチいってないか? ヒロインだよな。王子と恋愛ルートに入る可能性もあるんだよな。
「彼女は心労を抱えていてね。よくない話を耳に入れたくはないんだけど」
え。
オレ、心労を抱えているのか?
いやまぁ……女っぽくするのは大変だけど、シルヴィアの記憶もあるし、そこまででは……。選択授業で離れる時以外はほとんどバロン王子といるしな。もしかしてオレのこと、めちゃくちゃ心配してくれているのか?
「うう〜ん」
リリアンが眉をひそめて考え込み、気を取り直したようにオレに微笑みかけた。
「あの、シルヴィア様は前世の記憶ってありますか?」
うわっ、転生者だ!
こいつも転生者だ!
「えっと……」
どうしようか、どうしようか。
このまま前世はどんな奴だったのかとか聞かれたら困る。男ってバレたら、共有浴場で絶対興奮してるって思われるだろ。それどころか、女の体だぜウヒョヒョヒョとか言いながら自分の乳を揉んでいるだろうなとか想像されるかもしれない。
「バロン様の恋人ってことは、そうですよね?」
「そこまでだ」
バロン王子が止めてくれた。
「さっきも言ったけど、彼女には心労がたまっている。その話の続きは今度にしてくれるかな」
「やっぱり……そうでしたか。分かりました。うーん……あの、バロン様?」
「なにかな」
少しイライラしているな、バロン王子。そろそろヒロイン、撤退した方がいいんじゃねーの?
「私が今、バロン様に『好きです。付き合ってください』って告白したらどうしますか?」
「……仮定の話に答えたくはないけど、断るに決まっている。愛しい恋人がいるのだからね」
「そうですか」
ど、どーゆーことだ!? こいつ、バロン狙いなのか!? しかもなんでニコニコしながらオレを凝視しているんだよ、ヒロイン! 意味分かんねーよ!
「私、恋愛よりもベルナードさんの片腕になりたいんです。誰相手でも恋愛イベントを起こそうとするつもりもありません。それに今、バロン様にも振られましたしね! 邪魔はしないので安心してください。それでは失礼します」
誰だよ!
誰なんだよ、ベルナード!
キラッキラした笑顔を振りまいて、リリアンが立ち去っていった。疲れたオレを責めるような目でバロン王子が見てくる。
「……君の話した物語の中には出てこなかったよね、顧問の名前」
顧問?
「ベルナードって……顧問の名前ですか」
「そうだよ」
知るかよ。
講義も受けてない先生もどきの名前なんて、元のシルヴィアも興味なんてもっちゃいない。
「由真の話を適当に聞いていただけなので、前にも言いましたが名前も顔も全員は覚えていませんよ」
いたかなー、パッケージの中に。顧問……赤髪の爽やかなメガネのオッサン風の男……。キャラなんて覚えようとしていなかったし、完全に忘れたな。他も思い出せねー。
「そうみたいだね。で、彼女にも前世の記憶があるってことは――」
諦めたようにバロン王子が苦笑した。
「君の話は本当だったわけだ」
「疑ってたのかよ!」
信じるって言ったじゃねーか。こいつ、結構適当にしゃべってんな。
「……外だよ、シルヴィア。口調に気をつけて」
「はい、すみません」
一応、廊下に誰もいないことは確認しているけど、油断大敵か。気をつけよう。
「あの子は……少なくとも頭は悪くないな」
「え?」
「僕と君の態度と言動の両方で君に前世があることと、僕がそれを知っていることを確信したようだね」
「えー……」
「そして君は、頭が悪いのかな」
なに!?
えっと、あれだろ? ゲームと違ってオレたちが恋人だからおかしすぎると。だからオレが前世持ちだと分かったんだろ? んでもってえっと、バロン王子も分かったふうだったからってことだろ?
「少しパニックになっていただけですよ。それくらい分かります」
「そう。ならよかった」
王子がくすくすと笑う。
なんかなー。オレを動揺せて遊んでいる気がするよなー。
「あ、そういえばバロン様」
「なんだい?」
「リリアンと知り合いだったんです?」
「……いや、報告を受けただけだ」
「なんで私に言わなかったんですか」
「風紀委員は多いしね。接点なく過ごせればそれに越したことはないとね」
「……私をあの場で紹介したくせに」
「それは仕方ないな。しまったな、顧問にリリアン嬢を紹介しないよう伝えておけばよかった」
だとしても、あっちも転生者なら結局は声をかけられたはずだ。
「さてと。それより、シルヴィア」
「なんでしょう」
「早速、練習をするか」
「……なんのですか。さっぱり分かりませんが」
「君は前世の性別をどっちとして彼女に接するつもりだ? きっとまた話しかけられるよ」
……女しかねーよな。男だなんて言ったら、女子トイレとか目の前で入りにくくなるし。
「女ですね」
「リリアン嬢にどう説明して、どんな口調で話すのか。決めて、一応練習しておこうか」
……こいつ、やっぱり過保護だろ。でも、確かに決めてはおきたいかな。
「分かりましたよ。付き合います」
「……僕が君に付き合うんだけどね」
王子が言い出したんだろ。
「はいはい、ありがとうございます」
「誠意がこもってないなー」
「ありがたいとは思っていますよ」
「そう」
くすりと笑うバロン王子は、リリアンに未練はなさそうだ。未練という表現はおかしいか。
「……リリアンと、本当に今まで会っていないんですか?」
「気になるの? なぜ?」
普通はゲームの初期に全キャラと出会いは済ませるはずだ。ここに行ってこんな会話をするといった何かが普通は起こる。リリアンは恋愛イベントを起こさないと言っていた。他のキャラとも出会うことすらやめたのだろうか。
「リリアンへの興味ですよ」
「……まさか百合?」
「それは絶対ありません!」
「え?」
「え?」
なんでそんなに意外そうなんだ。
いや、そうか。意外に決まってるか。そうだよな。
「それなら、好みの女の子とかは?」
……全然その気にならねーんだよ。共同浴場に行ったってさ。全然……。
「ごめん、困らせたな。じゃ、罠の部屋へ戻ろうか」
「……はい」
わざとらしく笑って、バロン王子がオレの手を握った。なんとなく振り切れなくてそのままにしておく。
リリアンがイベントを起こさないと言うのなら、こいつはまだしばらくはオレの側にいてくれる。そのことにほっとするのは、事情を知ってくれているからだ。本当のオレを見せられる相手がこいつだけだからだ。
それだけ……だよな?
心労を抱えていると口に出すほどではないけれど、ないとは言い切れないなと思いながら、バロン王子の少し後ろを手をつなぎながら歩き続ける。
会話がないのは、オレへの気遣いだろうなと思いながら。
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