第6話 風紀委員
「僕が留守の間も、皆とてもよく働いてくれていると聞いているよ。ありがとう。仔細な報告書にも目を通している。君たちには感謝しきりだ」
バロン王子が風紀委員のメンバーを見渡してにこやかに労う。
風紀委員……こんなにいたんだな。数十人規模じゃねーか。その一人一人に目を合わすようにして、いかにも君の努力を知っていますという顔を向けるのは、さすが王子ってやつか。あんなに軽い労いに、ウルウルしている風紀委員までいるぜ。
「で、今日は君たちに紹介したい女性がいるんだ。知っている生徒も多いだろうが、シルヴィア・グラント。これから僕の隣には彼女がいることが多いだろう。だから一応ね。彼女の身辺にも注意を向けてほしい。女子寮もそうだけど、僕の目が届かない場所はいくらでもあるからね」
この視線……居た堪れないな。
バロン王子の言う通り側にいることは多いものの、そんなに多くはない。選択授業だらけのせいだ。後期は同じ講義をたくさんとろうと言われている。
「シルヴィア・グラントですわ。降りかかる火の粉はできる限り自分で対処はいたします。それでも、皆様の手を煩わせてしまったら申し訳ありません。風紀委員はとても忙しいとうかがっています。皆様あっての平和な学園。乱す側にならないように気をつけますわ」
挨拶は……こんなもんでいいか。
火の粉なんて、ねーと思うけどな。嫉妬に狂った女なんて、そうは湧いてこないだろう。
どうしてこんなことになったのかといえば、バロン王子が風紀委員長だからだ。といっても飾りだ。お飾りだ。表に出すぎると、活発な意見交換がされなかったり生徒が委縮したりするらしく、顧問にほぼトップの仕事は丸投げしているとか。本当に必要な時にババンと水戸黄門みたいに出ていくんだろう。
顧問も先生ではない。卒業後しばらくしてから研究者として学園に戻ってきた半生徒のような存在だ。たまに特別講義もするから半生徒で半先生のような……この学園では、研究費を潤沢に王家から出してもらえるので、そのまま学者として残ったり出戻りの研究者も多い。いわゆる生徒代表顧問みたいな感じか。
どうして顧問なんてあるのかは分からないが……魔法世界だけあって、生徒だけの運営は難しいのかもしれない。ノウハウやよく知っている人という存在も必要なのかもな。
顧問がオレの言葉を聞いて、安心させるように笑った。
「ははっ、若いっていいよな。恋に愛! 大いに結構。だが、風紀を乱す側にはならないようにな!」
ノリが軽いな。
「顧問、それセクハラですよー」
「顧問自ら乱さないでくださーい」
すぐにツッコミが入った。仲がよさそうだな。ただ、生徒たちはチラチラと王子の様子をうかがっている。確かに王子がいると、発言に気をつけないとと意識はされるようだ。
「わりぃ、わりぃ。あ、委員長が来ない間にもう一人風紀委員を増員したんだ。伝えてはあるが、一応紹介するな」
簡単に委員を増員できるんだな。
ま、ここは魔法世界。トラブルも多いからこそ、簡単に増やせるのかもしれない。
あれ。じゃ、俺もそのうち風紀委員にさせられるのか? それは面倒だ。王子みたいにお飾りとはいかないだろうからな。
「彼女がリリアン・カトラ。風紀をよくしたいという熱意が強い。その熱意に打たれて入ってもらった。同じ一年生だし、仲よくしてやってくれ」
おいおいおいおい、よく見たらヒロインじゃねーか!
ふわふわな金髪。透き通った緑の瞳。実際に見ると、確かにオレよりこっちのが少女漫画の主人公みてーだな。
「リリアン・カトラです! バロン様、そしてシルヴィア様、これからよろしくお願いしますね!」
可愛い。
元気で愛くるしくて、まさにヒロインだな。
……バロン王子、惚れてねーか?
って、なんか神妙な顔で頷かれてしまったな。あ、オレがこの前、ヒロインの名前は確かリリアンだったと言ったからか!
リリアン、既に誰かのルートに入ったんだろうか。乙女ゲーはやったことねーが、エロゲーなら一応ある。友達の兄貴が面白いぞと貸してくれた。システム的には似たようなものだろう。共通ルートと個別ルートがあって、誰かのルートに入ったらもう相手は固定されるはずだ。
……そもそも、バロン王子とリリアンはどうやって知り合うはずだったんだろう。もう出会いイベントは実は終わっていたのか? 新しい風紀委員として報告は既に受けていたらしいし……って、なんでオレに伝えなかったんだよ!
あー、もうわっかんねーなー!
ごちゃごちゃ考えている間も、バロン王子が彼女へと「とても心強いよ。これからよろしく頼む」とか挨拶している。もうオレの番だ。
「私もとても心強いですわ。ご迷惑をかけたらごめんなさい。よろしくお願いしますわ」
「いいえ、シルヴィア様。お二人のロマンスを邪魔される方がいたら、私が成敗いたしますね!」
ノリがよすぎじゃね? こいつ、本当にヒロインなのか?
「そ、そう……」
顧問が慌てたように割って入った。
「待て待て待て待て、一応相手に怪我はさせないようにな。もみ消すのは大変だから、やるのは自分がやられそうになってからだ。そこは気をつけるよーにな」
いいのか、それ。
堂々と言っていいのか。
「はぁい! 気をつけますね。まずは捕獲。安全な捕獲から。バッチリです!」
「不安になってきたなー……。まぁいいか。じゃ、そーゆーわけで今週の報告会を始めるぞー」
はー……。
乙女ゲーをやっておけばよかったと思う日がくるとはな。ゲームではどんな感じだったんだろうな。
魔法世界独特の話を聞きながら、心の中でため息をついた。
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