38話 初めてのライブ 3

「みんな受け取ってね!『ずっと』」


ミツ先輩の声で曲がかかり始める。

 これはスパイシーとしては珍しいと言われそうな曲だ。まあ、珍しいもなにもまだそんなに曲数があるわけではないのだけれど。

 可愛く明るいがどこか切ない歌。ミツ先輩にはピッタリだ。

 歌い出しは我からだがな。


「可愛く笑えているかな」

「君の前では泣きたくないよ」

「ほどほどでもいい君の横に立つには全力じゃなきゃ自信持てないんだ」


 そんなことないと言いたくなる。歌詞だって分かっているのに、ミツ先輩の心境だと思ってしまうから。

 泣きそうなのに、笑顔で歌っている表情が我には見えているから。けれど、それは彼女が歌詞に合うように考え表現しているからである。

 表情の管理は繊細で3Dでどこまで正確に見られているのかは分からないけれど、ファンの皆にも届いているといいと思う。

 我も負けないように頑張らねばな!


「大丈夫?」

「大丈夫って答えるけど」

「やっぱり苦しいの」


「無理なんてしないからせめて言わせて好きだよ」


「「「気づかなかったよねごまかしていたから。初めてだったんだこんな気持ちになったのだから受け止めてほしいんだ。代わりなんていないからさもう一度言わせてね」」」


「ずっと好きだよ」


 カメラにドアップで抜かれたであろうミツ先輩の甘い声での好きという言葉。

 むしろこれを抜かずして何を抜くというのだカメラよ‼︎早くアーカイブが見たい!さっきの好きという言葉を切り抜いて延々とリピードし続けたい‼︎


 そんな荒ぶる気持ちを抑えてこの曲を最後まで歌い切った。


「みんなありがとう!もっかい言うね。大好きだよ」

「我もー‼︎」

「やみのテンションが上がってきたなぁ。そろそろこのライブに欠かせないもう一人が出てきそうだ」


:ミッツーの好きは破壊力高いんじゃあ

:ドアップのミッツー良すぎんか?なんじゃあのめっかわなお姉さんは

:それが咲羽ミツなんよ

:この曲さ、歌詞よくよく聞くやろ?そしたらな結論に辿り着いちまうんだ

:言いたいことは分かった

:ミッツーから魔王様への特大感情込めたラブレターやん‼︎

:あえて、あえて言わなかったのに!

:奴が、奴が降臨してしまうぞ!


「マオミツさいっこうですね!」


:で、で、出たー!

:スパイシーのライブだぞ!やみちゃんを返すんだ!


「人を新種の何かみたいに言うんじゃない!私だって出てもいいじゃないですか‼︎ねぇ⁈」


 同意を求めたくて先輩二人を勢いよく見ると、少し困ったような顔をされた。


「そうですか、お呼びじゃないですか…やみを呼んできますよ」

「い、いやいや!お呼びだから!戻ろうとしないで‼︎ただ、想定より早かったから驚いただけ!」

「そうだよ。あかもいてくれるといいなと思っていたから、あとでミツとくっついて呼び出そうかなと思っていたんだ」


 二人が首を横に振りそう言った。

 どうやらお呼びだったようなので安心した。思ったより早かったから驚いた、か。

 自分でも驚いている。我慢ができなかったことに。ライブだからやみのままでいようと思っていたのになあ。

 でも、コメント欄が私を呼んでいそうだったからつい出てきてしまったのだ。


「そうでしたか。ところで……さっきの歌詞ってやっぱマオ先輩へのラブレターですか?私、気になって夜しか眠れなくて……」


:つい出てきたあかちゃんに驚きを隠せない先輩二人

:あとから呼ぼうと思ってたのが急に出てきたらそら驚くて

:呼び出し方があかちゃん専用なんだよな

:二人でいちゃついて呼び出そうとしてんのはもうあかちゃんのこと分かりきってる

:さっきまでお呼びじゃないのではと悲しんでたのに、その質問は切り替え早すぎだって


「夜は寝れているのならいいんじゃないのかい?やみの場合は逆の方がいいのかもしれないけれどね」

「あ、あかっち?あれは別にラブレターなわけじゃないよ?確かにほどほどでいい魔王様の隣に立つには全力でいなきゃって思ってるんだけどね!」


 ミツ先輩がそう言って笑う。

 その答えだけで白米三杯はいけそうだ。

 マオ先輩への想いがしっかり伝わってくる。ラブレターでないと否定するけれど、別の気持ちであろうとマオ先輩への気持ちは込めて歌っているだろう。

 

 やはり、マオミツということだ!


「ミツはいつも全力だから魔王様も置いてかれないか不安なのだけどね。さてと、そんな吾輩の想いも聞いてくれるかな」

「やみっち、私…ときたらもちろん次のセンターが誰か分かるよね?」


 スイッチを切り替え、やみの雰囲気を出す。

 この人のセンター曲に明るい雰囲気はあってはならない。

 あってはならないし、合わない。

 だから、さっきまでの荒ぶる気持ちは沈めただ音に集中するのみだ。

 

 我も置いてかれないように、精一杯を出そう。

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