10話 姫の住む森


「この森には、お姫様がいるの?」


と、私の素朴な問いに扉の男が口を開きかけたら、それよりも先にシュレッケが答えた。


「ただのあだ名だから。この森で唯一の女の子ってだけでそう呼ばれてる」


「へえ、ココにいるの?」

私はキョロキョロと周囲を見渡す。


「いない。会う事もないよ。それより早く支度をするぞ、珍しい生き物が観たいんだろ?」


そう言って無表情のシュレッケは私たちを急かすと、さっさと門をくぐって中に入ってしまった。

その様子を、周りの大人たちはただ黙って微笑むのだった。

……なんだかその大人の分かってるって感じが、関係ないハズなのに私まで苛立たせたけど。

まあ、でも。やはりそれはきっと私には関係のないことだし。


「不遜ですね」

「あだ名よ。目くじら立てないの」


そうキャラを諫めつつ、このキャンプにそのお姫様がいない事に実は結構落胆していた。

今のところ年の近い女の子ってキャラぐらいなんだよね。お友達になれるかもって、ちょっと期待しちゃった。

……ま、いないんじゃ仕方ないか。気持ちを切り替えると私も遅れて門をくぐって中に入った。


……アレ?でもそれってつまり、ココ以外に居住区があるってこと???


扉をくぐると、拓けた空間が広がっていた。木造の家が何件も建っており、煙突からは煙が立ち上っている。

中心地は空き地になっており、幾つかの木箱が野ざらしのまま置かれていた。

家の周りには小さいながらも畑がある。青々と、野菜が育っている。

女性の姿はない。男性ばかりのようだった。


「こっちだ」


シュレッケは、そういうとずんずん進んでいく。

行った先は厩舎だった。水桶と飼葉を詰める桶が置かれてる。でも今はからっぽ。

そういう馬が入るスペースが何個も並んでいる。でも馬の姿はない。


「入れて」


ひとまず私とキャラはこれまでお世話になった馬に厩舎に入って貰う。

その間にシュレッケは藁を持ってきた。それを厩舎に敷き詰めていく。


「井戸はアソコ。自分たちで汲んで」


私とキャラは言われた通り井戸から水桶に水をくむ。


「飼葉はアッチ」


言われるまま、飼葉を取りにいく私とキャラ。その間に、藁がすっかり敷き詰められた。


「こんなもんか……馬たち、大丈夫そうか?」


「ええ、十分よ。ありがとう。

あなた達、お疲れ様。ゆっくり休んでね」


馬たちも、満足そうに嘶くと黙々と水と飼葉を交互に堪能していた。


「じゃ、次。支度するから俺の家な」


そう言って歩き出すので、私たちはそれを追う。


そうしてシュレッケは一つの家に入って行った。


「お邪魔しまーす」

私はひとまずそう声を掛けて中に入る。中にはシュレッケ以外誰もいなかった。


「すぐ支度するから。あ、持ち歩かないものはココに置いてて」


そう言いながら、シュレッケは戸棚からテキパキと荷物を取り出す。


「ああ、少し休憩する?作り置きで良ければお茶もあるけど?」


「じゃあ、お言葉に甘えて」


「ん」

彼は戸棚から離れて、やや歪な形のカップを三つ取り出すと、テーブルの上にあった水差しからカップに注ぐ。

色がついていたので、これがお茶なのだろう。


「朝入れたヤツだからまだ大丈夫」


そう言って自分のカップを大きく傾けて豪快に喉を鳴らす。


私も一口飲む。初めて味わうそのぬるいお茶は癖のある苦みがあったが飲んだ後に清涼感があった。慣れると癖になりそう。私は結局全部飲み干した。


「1人で住んでるの?」


手持無沙汰だった私は何とはなしにシュレッケに話しかけていた。彼は手を止めずに答える。


「そう」


「ご両親は?寂しくない?」


「……さあ?まあ、寂しくはないよ。周りの大人たちによくして貰ってる」


「他に子供っていないの?」


「俺が一番下だよ。早く大人になって色々覚えて皆の役に立ちたいんだけどな……って余計な事だった。忘れてくれ」


「そうなんだ」


私は否定するでなく、ただ相槌を打つ。そこで初めて彼は手が止まった。そしてこちらに顔を向ける。


「笑わないのか?」


「え?なんで?普通にカッコイイと私は思ったけど?」

少なくとも特に目標もなく生きてる私には、シュレッケは眩しかった。


「そっか。こんな事言うと笑われてたんだけど。その、うん……」


そう言ってシュレッケは、初めて私に笑顔を見せた。


「ありがとう」


それは、思っていたよりも幾分か可愛いかった。


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