04【裁きの鉄槌】

 


 昔から『その街』は、ダンジョン攻略の最前線として栄えてきた。


 人類が未だ踏み込んだ事のない居住不可能区域。通称ダンジョン。

 その攻略による人類の居住区域の拡大と、何よりダンジョンから溢れ出す魔獣への対策を目的に作られたのが、その街の前身となる『要塞都市』であった。

 時代が進み、多くのダンジョンが攻略されてもなお、要塞都市と称されていた頃の名残が今でも立派にそびえ立っていた。


 ───曰く、それは数百人の錬金術師により建設された。

 ───曰く、それは一〇〇〇人規模の障壁魔法によって強固に舗装されている。

 ───曰く、それはどんな魔術を用いても傷一つ付けられない。


 魔術都市カルドキア。

 その周囲を覆う高さ一〇〇メートルの外壁。


「第一波! 対象アーサーへの着弾を確認しました!」


「油断するな! 第二波、用意!」


 部下からの報告に、白衣を着た老人が声を張り上げて命令する。その指示に従うように、同じく白衣を着た集団がバタバタと忙しなく行き交っている。

 壁の内側に広がる巨大都市を……ではない。

 壁の『中』をだ。




 一体、誰が想像しただろう。


 カルドキアを守る巨大な外壁の『内部』に、実は人が行き来できる階層構造の空洞が存在し、そこに大量の『兵器』がズラリと並び、外からやって来る脅威に目を光らせていた、なんて。




 壁の中に設えた壁内防衛施設。

 そこを埋め尽くす白衣を着た集団と、『殲滅兵器』の姿。


「一から一〇号は沈黙! 一一号から二〇号、充填始めます!」


 そんな報告の直後、またしてもカルドキアの外壁に白熱した光が帯び始める。


 ───それは、巨大な『鏡』に似た兵器だった。

 人の背丈ほどの大きさ。楕円形の姿見のような形状。しかし鏡ではない。それは数百もの特殊な結晶を加工して作り上げた『光学兵器』だった。

 太陽の光を一ヵ所に集束し、結晶内で反射させ、それを一点に凝集して放出し、圧倒的な熱量で対象を焼き払う破壊兵器。

 そしてその威力は、たった今、どれほど強力かを示してみせた。



 カルドキアの外壁の目の前に、直径一キロメートルのクレーターがあった。



 隕石の落下のような『質量』による破壊ではない。『熱』によって地面が融解させられたのだ。

 まさに『蒸発』。砂や土が液状化し、空気に冷やされて再び固体に戻るよりも早く気化し、影も形も残らず吹き飛んでいく。そんなプロセスが一瞬で行われるほどのエネルギー。常軌を逸した規模と威力。

 にも拘わらず。


「繰り返す!! 決して油断するな!!」


 慢心はしなかった。

 白衣の老人の声が響く。


「相手は世界最強だ!! 塵も残さぬ覚悟で挑め!! 第二波、用意は!?」


「充填完了です!」


「よし! 発射準備!!」


 壁内に備え付けられた、合計五〇基もの光学兵器。

 そのうち一〇基は最初の一撃で沈黙している。光の充填までしばらく時間がかかるだろう。だが残りの四〇基で十分だ。


「放て!!」


 白衣の老人の声と同時だった。

 外壁に、円形に繰り抜かれた穴がある。遠くから見れた点にしか見えないほどの直径。そこに嵌め込まれた鏡のような光学兵器が、チカッ、と白く瞬いた。

 直後だった。




 光そのものが放たれた。

 一つだけでも驚異的な閃光が一〇本も凝集され、しかも一人の人間に対して。




 地を引き裂くような一撃だった。

 それが一直線に大地に突き刺さった瞬間、着弾点を中心にさらに深く広く地上が液状化し、吹き飛ばされていく。それほどの熱量。圧倒的という言葉すら生温い破壊力。その熱波は瞬く間に周囲へ伝播し、最初に消滅した一キロメートルのクレーターをさらに広範囲に拡大させていく。


「アーサーへの着弾を確認! 二一号から三〇号、充填完了!」


「一瞬も隙を作るな!! 第三波、発射!!」


 本当に一瞬の時間もなかった。

 第二波が止まると同時、入れ替わるように一〇本の閃光が地上に突き刺さる。

 またしても、アーサーが立っていた地点へと。


 猛烈な光が炸裂した。爆発的な熱量が放たれた。

 大地が蒸発し、消滅していく。壮絶極まりない光と熱に覆い尽くされていく。

 頑強な外壁の内側にいる白衣達でさえ、自分らもその熱の餌食になるのではないかと不安に思うほどだった。


「だ、第三波! 直撃を確認しました!」


「手を止めるな!! 三一から五〇号まで全て稼働しろ!!」


 白衣の老人の指示と共に、今度は二〇もの光学兵器が動く。

 矛先は、やはり。


「終わりだ、世界最強」


 老人が、凶悪な笑みを浮かべながら右手を上げる。


「放て!!」


 振り下ろす。

 そして二〇の閃光が放たれた。

 今度は一点に集中せず、二〇もの光は円を描くように着弾する。それでも効果は絶大だ。直撃はせずとも、同心円状に拡散する熱がアーサーを取り囲むように押し寄せていく。


 二〇基による一斉照射は、数十秒にも及んだ。

 やがて充填した光を全て出し切り、徐々に閃光は弱まっていく。


「まだだ!!」


 老人の声が響いた。

 まだ終わらない。終わってはならない。十分やったなどと満足しない。


「事前のシミュレーションを思い出せ! 光学兵器『あま梯子はしご』の照射から逃走を試みた場合に想定される方角と距離に合わせ、一から三〇号まで全て放て!!」


 充填が完了していた三〇基の光学兵器『天の梯子』が、チカッ、と白く瞬く。

 直後、視界を塗り潰すような光が四方八方に放たれた。


 上へ。下へ。左へ。右へ。

 地上へ。上空へ。遠くの山々へ。もはや肉眼では捉え切れない遥か彼方へ。

 五キロメートル先へ。三キロメートル先へ。一〇キロメートル先へ。

 三〇本の光線がそれぞれの方角・距離を駆け抜ける。


 終末の光だった。

 燃えるとか炭化するとか、そういう次元ではない。絵に描いたような『消滅』が景色そのものを丸ごと覆っていた。


 その攻撃が及ぼす環境的な影響など何も考えない。カルドキアの周辺地域が、この先何百年と不毛の大地になろうが知った事ではない。

 アーサーが生きている間に撒き散らす災害の予想被害規模と比べれば、こんなもの塵ほどにも満たない。


 そうして、一五分にも渡る総攻撃が終わった。

 壁の中にいる白衣達は、遮光性の『望遠器具』を使って外の様子を伺った。

 絶句した。

 そこにあったのは、もはや草木の生い茂る自然豊かな街道ではなかった。



 地獄。



 閃光の着弾点は地底深くまで届き、地上にポッカリと黒い大穴が出来てしまっている。周囲は焼け焦げたクレーターと、今なおオレンジ色に赤熱したマグマの海。その熱は未だ冷める気配がなく、さらに広範囲の地面をどんどん浸食する形で液状化させていく。


 分厚い壁の中にまで染み込んでくるほどの、地面が焼ける異様な匂い。

 そんな地獄が、向こう数キロメートルまで……目には見えない遥か遠くまで永遠に続いていた。


 たとえばこの兵器が、大地ではなく海に向けられていたらどうなっていた?

 あるいは、巨大な山脈に。あるいは、広大な森林に。あるいは、数千もの魔獣がひしめくダンジョンに。そういう場所に向けられていたら、一体どうなっていた?


 おそらく結果は変わらない。軒並み全てが更地になっていたはずだ。

 そういう規模の破壊。


「……ふふ……」


 実際に光学兵器を操作していた白衣達ですら、言葉を失うような光景。

 それを、自ら指示しておいて。


「ふふふははははははははははははは! あァァはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!」


 白衣を着た老人は、壁内全体を揺さ振るような大声で笑っていた。

 全て計画通りだった。あまりに計画通り過ぎて、ここまでくると笑えてしまう。


 そもそも。本当にそもそもだ。

 アーサーを元いた街から追い出し、魔術都市カルドキアに来るよう画策したのが……


「見たか! 見たかあ!! これが『自然科学』だ!! 常人の知恵だ!! 偽りの神秘の上に胡坐をかく無知蒙昧な衆愚には理解も想像も及ばん力だろう!!」


 突き上げるような哄笑だった。

 部下に指示を出していた上官と思しき老いた男。彼は軍人でも何でもなかった。周りで彼の指示を受けていた白衣達も、兵士でもなければ魔術師でもない。


 ───彼らは『科学者』と呼ばれる集団だった。


「ふんっ! 人間の地力を甘く見る腐れ魔術師共が! よくもまあ今まで散々私をコケにしてくれたものだ!!」


 科学者の男は吼える。

 しかしそれは歓喜というより、怒りに近い叫びだった。


「科学は魔術に及ばぬだの、旧世代の遺物だの、時代遅れの子供騙しだの! ふざけた妄言ばかり糞尿の如く撒き散らすしか能のないクソカス共が! 魔の術に酔い痴れただけの猿共が!! 理論を、計算を、仮設と実験の反復を! そこから導かれる結論と推論の美しさを馬鹿にしおって!! しかしこれで証明された! 私の!! 正しさが!! 証明されたのだ!!」


 笑う。


「そうだ猿だ!! 貴様らなんぞ自慰を覚えた猿と何も変わらんではないか!!」


 笑いが止まらない。

 これでようやく、今まで自分を馬鹿にしてきた連中に吠え面をかかせる事ができると思うと、可笑しくて可笑しくて堪らない。


「まずは貴様が礎だ!! 魔術師アーサー!! 私の正しさの踏み台だ!!」


「あの……先生……」


「愚者共の王たる貴様を殺せば、『魔術協会』も私を無視できなくなる! これは宣戦布告などではない! 勝利の凱旋だ魔術師共!! 魔術なんぞに頼らずとも絶大な力を振るえる事! これからたっぷり思い知るがいい!!」


「先生、あれを……」


「ふはははははははははは!! ああそうだ! 奴の次は貴様らだ魔術協会!! 次は貴様らを焼いてやる!! 塵の一つも残さん!! 馬鹿の一つ覚えのように選ばれただの選ばれぬだの差別と侮蔑を繰り返す貴様ら異常者諸共ォ!! 魔術という文明全てに私が裁きの鉄槌を」


「あの、先生……」


「なんだァ!!!??? さっきからボソボソとぉ!!!!!!」


 老人は恐ろしい剣幕で怒鳴りながら振り向く。見るとそこには、怯えた様子で体をビクつかせるヒョロ長の部下が立っていた。

 しかし、老人はその部下を見て「?」と眉をひそめる。

 話しかけてきたその部下は、先程からずっと……壁の外を指差していたからだ。


「先生……あ、あれ……見てください……」


 怯えた部下の言葉に、なぜか老人は素直に従っていた。

 バッ! と部下の男から望遠器具を奪い取り、それを覗き込む。

 そこから見えるのは、煙が濛々と立ち昇る一面の焼野原。最初にアーサーを発見した地点だ。


 もっとも、これだけの光学兵器を一斉照射したのだ。奴の体などとっくに蒸発し、跡形どころか塵の一つすら残っていないだろう。


 そう思った次の瞬間だった。

 チカッ、と。



「は?」



 壁の外で。


 焼野原のど真ん中で。


 正確には、最初にアーサーの姿を観測した地点で。


 謎の白い光が、瞬い──────








        ※※※※※※※※※※








 魔術都市カルドキア。

 その周囲を覆う、高さ一〇〇メートルもの巨大な外壁。

 あらゆる外敵から都市を守る鉄壁の防衛機能および迎撃施設であり、どんな魔術や平気ですら傷一つ付かないとされる世界最強の盾。



 それが、真正面から消し飛んだ。



 轟音も衝撃波もない。ただ強烈な『熱』があった。

 その正体は『光』。どこからともなく放たれた光の帯がカルドキアの外壁に直撃し、そこを中心に外壁はオレンジ色の粘着質な液体と化した。そして瞬く間に吹き散らされる。物体が一瞬にして数千度に熱され、爆発的に膨張した空気が一拍遅れて爆風を生み出したのだ。


 カルドキアを守っていた巨大かつ頑丈な外壁が、根こそぎ消え去っていく。

 先程の光学兵器を彷彿とさせる一撃。

 その発生源は。




「また失敗だ」




 世界最強の魔術師が、焼けた大地のど真ん中に立っていた。

 彼が立っているのは、最初の一撃を食らった位置。

 クレーターのように溶けて消え去った大地の一点……アーサーの立っている場所だけが全くの無傷だった。


 つまりアーサーは、光学攻撃を受けた瞬間から、一歩たりともその場を動いていなかった。


 最初から、攻撃にすらなっていなかった。

 あの閃光を、「なンか面白ぇ事やってンな」程度にしか認識していなかった。

 それどころか、「面白ぇから真似してみるか」と思われるような有様だった。


「……真似できンかった。光ぃ集めンのぁ完璧だったンだけどなあ」


 五指を開閉させながら、アーサーは「勢いが足ンなかったか? つーか原理が違ぇのか?」───首を傾げて思考に耽る。


 彼のやった事は至極単純。

 自分の喰らった光の攻撃を解析し、それを完全再現しようとした。


 しかし望んだ結果は得られなかった。本当に再現できていたのなら、もっと広範囲に渡って壁を破壊できたはずだ。

 だがこうして見る限り、破壊できたのは精々、幅五〇〇メートル分程度。


 なぜ上手くいかなかった?

 その理由は。


「…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………分かンねぇ」


 自分の受けた攻撃が、微塵も理解できなかった。

 解析できなかった。解明できなかった。起きている現象は理解できるのに、それを引き起こす詳細な原理がただの一つも分からなかった。


 全ての魔術を極め、世界最強にまで昇りつめた魔術師が、再現できなかった。


 という事は。

 これは。


「……


 アーサーの赤く燃える瞳が、グリン!! と消えた外壁の方へ動く。

 未だかつてないほどの『興味』が、己の内で蠢く音がした。

 直後だった。


「ひ」


 思わず、だった。

 自分自身でも気付かないほど、自然に。

 アーサーは、口の端をチーズのように引き裂いて笑っていた。


「ひひっ、ひひははははははははは! ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!!!!!」


 地上を丸ごと引っくり返すような、腹の底からの大爆笑だった。

 それだけで、空気が震える。

 ただ空気が振動しているのではない。

 


「なンだ!? なンだなンだなンだなンだなンだそれ!? ぜぇーンぜン分かンねえ!! どこの誰だ!? 今のどうやった!? 何なンだそりゃあ!!!???」


 興味に突き動かされ、アーサーは大きく足を踏み出した。

 踏み出した先に地面はない。光学兵器に焼かれ、クレーターのように抉れた虚空があるだけだ。


 そんなものお構いなしだった。


 アーサーが何もない空間に足を置いた瞬間、バギンッ!! という音と共に空間に亀裂が走り、足がその場に固定されていた。


「急にどうした! あぁ!? 歓迎会にしちゃあ気合い入れ過ぎだろ! きひっ、いひははははははははは!! 随分ド派手な馬鹿がいるじゃねえか! いいぜ! 嫌いじゃねえ!!」


 もう一歩、足を踏み出す。

 またしても虚空が薄氷のように割れ、アーサーの体が何もない空間の上に乗る。

 信じられない現象を当たり前のように起こしながら、しかしアーサーの意識は足元になどない。


「いい。いいなぁ。久方ぶりだ! やっぱ旅ってのぁこうでなくっちゃなあ!!」


 今、世界最強の興味は、ただ一つ。

 自分が浴びた、正体不明の光の攻撃。


「せっかく催してくれた歓迎会だ!! いいぜ、乗ってやるよ!! こちとらずぅーっと退屈してンだ!! 半端に終わらせてくれンなよ!? 笑わせろ!! 喜ばせろ!! 楽しませろ!! 俺を!!」


 純粋に、豪快に、凄惨に、笑う。

 動き出した感情は、もはや自分自身にも止められなかった。




「さあ!! 戦争開始ゲームスタートだ最強共ォ!!!!!!」




 邪魔するものを全て破壊しながら。

 世界最強の、地獄の進撃が始まる。





 

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