第145話 見上げてごらん夜の星を


 情報整理の後、夕食を摂って待機任務を下番した。

 今から24時間は休息時間だ。


 待機任務の交代時間は夕食後と決めていた。

 夜には殆どモンスター、メナスの行動が実績として無かったから。

 せっかくなのでゆっくりできるタイミングで交代しよう、という事にしたんだ。


 「ご馳走様でした!今日も美味しかったー!」

 「ご馳走様でした。デザートもね。」


 今夜の夕食はパスタだった。

 アフラさんとヌエさんが作る料理は、日に日にレパートリーが増え美味しさも向上しているような感じだ。

 ただ、まだまだお米やお味噌汁などの日本食はできないらしく、目下研究中なんだとか。

 炊飯ジャーはあるけど、以前水加減が分からず失敗を重ねていたらしい。

 お味噌汁も出汁というものの存在をよく理解できていない、とか言ってたなぁ。


 ともあれ、食事を終えた私とシャルルは


 「少し、散歩してきます。」

 「珍しく空が晴れているしね。星空が奇麗に見えるかもねー。」


 と、そんな事を言い待機所を出た。

 それを了承しつつも、心配な面持ちでルナ様とウリエル様は見送ったんだ。


 「散歩、ね……」

 「全く、ああいう所はらしいと言えばらしいのだがな……」

 「もしかして、私があんな事を言ったから?」

 「あー、切欠はそうかも知んねぇけど、な。アズラ云々って事じゃねぇと思うぜ。」

 「そうじゃなぁ。何となくじゃが、それが無くとも同じじゃったような気はするの。」

 「ともあれ、私は非番だしな。こそっと見てくるか。」

 「アタイも行くよ。」


 後で聞いたんだけど。

 待機所では、そんなやり取りをしていたんだって。

 結局バレバレだったって事よね。


 あの話し合いの時、いえ、その後、かな。

 アズライール様の言葉が切っ掛けと言えばそうなんだけど。

 とどのつまり、私達の力がまだ足りないって事が、そんな悲壮な考えを誘っている、そう思ったんだ。

 最初に抱いた想い。

 誰にもそんな辛い思いをして欲しくない。

 ただそれだけを、今はより強く思っているんだ。

 その想いは益々強くなっていっている。

 シャルルのお母様には諫められたけど、でも、それを成す為に、私達の想いを貫く為に、こればかりは他者へ頼る事は出来ないんだ。


 だから―――――




 薄暮を過ぎ、完全な夜になっていた。

 珍しく雲もない晴れ渡った夜空には、星々が奇麗に瞬いている。

 まだ月が登っていないから、その輝きは神秘的とも言えるほど美しかった。

 星々は積もった雪を淡く照らし、幻想的な風景を映し出している。


 そんな夜の山間に、剣戟の音と衝撃音が響く。

 それが伝播しないように、空間魔法で周囲を囲っている。

 今、私は真の姿で木刀を持っている。

 シャルルも真の姿になり、私と対峙している。

 端的に言えば鍛錬だ。

 もっともっと、私達は強くならなければならない。

 そう思ったから。


 手加減なしの本気の手合い。

 試練の森でも、エイダム叔父様の所でもやっていた試合だ。

 木刀とはいえ、今の私達が持てば、それはヴァイパーやイーグルに匹敵する強度と攻撃力を持つ。

 それを携えての全力の攻撃。

 当然、私もシャルルも続けるうちに傷だらけの酷いあり様になっていく。


 そんな私達を見守るルナ様とウリエル様。

 私達は、それに気づいていなかった。


 「やっぱりよ、あいつら少しおかしいよな。」

 「そうだな。何にあれだけ焦っているのか、私にもわからんのだが……」

 「ふむ、もしかすると、でありんすが。」

 「あれ?ツクヨミ?」

 「お前、何時の間に?」

 「まぁ、それは置いておくがよい。あの二人、焦りに加え迷いや恐れがあるのではないか?」

 「迷い、だと?」

 「たぶんでありんすが、メナスに対してもそうだし、そのメナスの強さを目の当たりにした事で、それらが恐れる大悪魔を相手できるのかどうか、とか、の。」

 「メナスに対してってのは何だよ?」

 「うむ、確かにメナスはモンスターと同じでこの星の人々にとっては悪しき敵でしかない、そうであろう?」

 「そうだな。」

 「しかしの、二人はそれでも大悪魔の脅威から逃げているメナスを、放っておけない、そんな思いも持っているやもしれないのでありんす。」

 「それは……」

 「いや、だけどそれじゃ……」

 「その上得体の知れぬ大悪魔じゃ。大切な者たちを守り切れる自信が足りない、だからこその恐れと迷いと不安、焦りなのではないのかや?」

 「「 …… 」」

 

 一心不乱に戦っているディーナとシャルル。

 端的に言って、もはやあの状態の二人に敵う者など存在しないだろう。

 私やウリエルでさえ、あれには勝てない。

 真の姿の二人、それはそれほどまでに強大な存在へと昇華しているのだ。

 

 「あーあー、姉ちゃん達ボロボロじゃんか。」

 「しっかし、おっかねえな、やっぱり。」


 「お、お前達!」

 「お前ら待機中じゃ?つか何でここに?」

 「俺も、ヒロも、姉ちゃん達が心配なんだよ。」

 「二人がそんなに不安なら、それを分かち合いたいって思ったんだ。」

 「俺達は、二人に不安になってもらいたくないんだ、安心して欲しいんだよ。」

 「お、お前達……」

 「ルナさんもウリエルさんも、心配しないで見ててくれよ。俺達が不安を取り除いてくるさ。」

 「オレ達が姉ちゃん達にできる事は、こんな事くらいしかないけどな。」


 そう言って、タカとヒロは瀕死になっているディーナとシャルルの元へと飛んで行った。



 「はぁ、はぁ、ま、まだまだ!」

 (お、おいディーナ、無茶すんなよ!)


 「う、うん!こんな程度じゃ……」

 (シャルル、キミもこれ以上は……)


 と、満身創痍で動く事もままならない体が治癒されていく。

 え?何で?

 そう思った瞬間。


 「あんまり無茶しないでくれよ。」

 「見てらんねえよ。」

 「え?タカ?」

 「ヒロ??」


 タカとヒロが傍らに立っていた。

 治癒の魔法をかけてくれたみたいだ。


 「まだやるんだろ?俺達が付き合うよ。」

 「今の姉ちゃん達に付き合えるのはオレらだけだしな。」


 二人の姿は、いつもより少し大人びた感じになっていた。

 というか、感じられる力がいつもと全然違う。

 これ、もしかして二人の真の力?


 「致命傷は避けるよ。でも、急所は狙う。真剣勝負ってやつだ。」

 「だから、姉ちゃん達も本気でかかってきてくれよ。」

 「あなた達……」

 「う、うん。わかった……」


 こうして、4つ巴の本気の戦いを始めたんだ。

 もはや比喩ではなく、実際に大地をも揺るがす激突。

 木刀と樫の木が交わされる度に発生するプラズマに似た光と衝撃波。

 きっと、傍から見ればこの世の物とは思えない闘いだ。



 

 「あー、もうあの4人はアレだな。勇者どころじゃねぇな。」

 「そ、そうだな。あれはこの星すら破壊してしまうほどの力と強さだな。」

 「もはやこの星、というか、この世界最強の存在だろ、あれ。」

 「ふむぅ、一人一人がそんな感じでありんすな。それが4人、でありんすか……。」

 「ひょっとしたらよ、あの大悪魔とかいうの、ビビッて逃げてっちまうんじゃねぇの?」

 「そんな馬鹿な……とも言い切れんな。よほどのアホウでなければ、アレに挑もうなどとは思わんだろうしな……」


 そのウリエルの何気ない戯言が的中する事になるとは、この時は私もツクヨミも、ウリエル自身も思わなかった。




 そんな4人の戦いは、2時間ほど続いてようやく終わった。

 ありとあらゆる攻撃、能力、魔法を駆使し、4人揃って即入院レベルの大怪我をしている。

 残り少ない魔力を使い、全力の治癒魔法を掛け合った所で、その場にへたり込んだ。


 「もう、立てない、かな……」

 「俺もだよ。こんなに力を使い果たしたのって初めてだ。」

 「動くのも億劫になっちゃったね……」

 「ま、少し休んで帰ろうよ、シャルル姉。」

 「うふふ、そうだね。」


 「疲れた、けど、気持ちいい……」

 「そうだね。何というか、気持ちが晴れたみたい。」

 「ありがとうね、タカ、ヒロ。」

 「良いんだよ、俺達だってそんな気分だったんだしな。」

 「それに、アズラさんにああ言ってくれたの、オレ達ホントに嬉しかったんだ。こっちこそ、ありがとう、だよ。」

 「そういや姉ちゃん達、体……」

 「あ、戻ってたのね。」

 「力を使い果たしたのかな……」

 「ほら、服。ま、オレたちゃどっちの姉ちゃんも奇麗だしカッコいいし好きだけどな。」

 「んだな。」

 「あ、あなた達……」


 動けない体でそんな話をして、夜空を見上げる。

 瞬いている星々が、何か不思議な力を与えてくれているような気分になるね、コレ。

 と、その星々の合間をゆっくりと移動している光がみえた。


 「あ、神の方舟。」

 「ホントだ。なんか久々に見たなぁ……」

 「何だアレ?」

 「流れ星か?」

 「ああ、二人は知らないのね。アレはね、神の方舟っていうモノだよ。」

 「あれを見られたら、願いが叶うとかきっといい事があるって言われているんだって。」

 「へー……」

 「良い事って何だよ?」

 「それは色々有るんじゃないのかな?良く解んないけどね。でも、もしかするとアレって……」

 「うん。そういう事かも知れないね。後でキューキさん達にもお話しないとね。」

 「「 ん?どゆこと? 」」

 「あの正体、ノアの民の宇宙船だと思う。」


 そうしてしばらくの間、私達4人は空を見上げて話をしていた。

 少し大人びた感じのタカとヒロ、今まで以上に心を開いてお話できたような気がする。

 そう言えば、こんなに落ち着いてお話したことってあんまりなかったなぁ。

 

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