第131話 異変
モンスター討伐が完了して、私達はベースに戻った。
何やら家の中が賑やかな事になっていたらしいけど、今は静かな時間が流れているような雰囲気だ。
「ただいま。」
「任務完了です。」
「お疲れ様…ってあれ?、ルナさん?ウリエルさん?」
「ああ、ただいま。ズズッ。」
「何か疲れたぜ、ズルッ。」
ちょっと驚いた表情になるマスミお姉様。
言われてルナ様とウリエル様を見てみると、二人とも鼻水を垂らしてるし少し顔が赤らんで火照っているようだ。
というか、目もトロンとしていて立っているのも辛そうだ。
「え?ルナ様、ウリエル様!」
「つ、ついさっきまで何ともなかったみたいですけど?」
「なんだろうな、少し怠いな。」
「急に、だよ。こんなん初めてだぜ。」
「ちょ、トキワ兄!」
マスミお姉様に呼ばれてトキワお兄様が来た。
「どうしたマスミ、って。ルナさん!ウリエルさん!」
「トキワ兄、これって……」
「ディーナ、シャルル。悪い、すぐにベッドの用意を。マスミはホットミルクにはちみつ入れて持ってきてくれ。」
「トキワ、アタイらならだ、大丈夫だ」
「大丈夫じゃないよ。見ればわかる。とりあえずあったかくして横になろう。キューキ、済まないが」
「わかった。ルナは我が。」
ルナ様とウリエル様は、お兄様とキューキさんに抱きかかえられて寝室まで運ばれた。
恥ずかしいと抵抗するそぶりは見せたが、なんというか秒単位で症状が悪化して行っているような感じで力が出ないみたいだ。
抱き上げられたときは既にぐったりという感じだった。
タカとヒロも手伝ってくれて、二人をベッドへと寝かせた。
ひとまずマスミお姉様がホットミルクを持って行ったので、私達は兄様達に任せてリビングで討伐の疲れを癒す事にする。
とはいえ、あんなルナ様とウリエル様を見るのは初めてだ。
なんとなく、だけど、怖い様な気もする。とても不安で心配になってきた。
「始まったようですね。」
「そうじゃな。ディーナ、シャルル、心配しなくともよいぞ?」
「アズライール様?」
「ルシファー様判るのですか?」
「ええ、統合が間もなく終わるんでしょう。」
「完全体へと移行している真っ最中なんじゃろうな。それに力を集約しておるのじゃろう、少し免疫力も落ちるからのぅ。」
「まぁ、風邪みたいなものです。安静にして栄養を充分摂ればすぐに良くなるでしょう。」
「そう、なんですか。」
「でも、やっぱり心配、だよね……」
「うん、あんな二人、今まで見た事ないもの……」
トキワお兄様とキューキさん、マスミお姉様が二階の寝室から降りてきた。
ひとまずルナ様とウリエル様は寝たみたいだ。
「かなりの高熱だね。人間とは違う二人があんなだと心配だな。」
「トキワ王よ、さっきディーナ達にも告げたのじゃが心配は要らぬぞ。」
「そうなの?」
「体の異変は完全体になる為のプロセスの一つですので問題はありません。もっとも、当の本人達はその間苦しいでしょうけど。」
「うーん、アズライール様、なんとかその苦しいのを和らげる事ってできませんか?」
「安静にして時が過ぎるのを待つのが一番だとは思いますが、そうですねぇ……」
「まぁ、風邪というかインフルエンザみたいなものじゃからな、熱を下げて体力と免疫力を落とさないようにする位しかできぬだろうのぅ。」
「わ、わかりました。シャルル。」
「うん、行こう。」
「二人とも、行くって何処へ?」
「エルウッドさんのお店に。必要な物を買ってきます。」
「そうね。じゃ、私も一緒に行くよ、道案内がてらね。」
「ありがとう、マスミお姉様。」
そうしてマスミお姉様に道案内を頼み、エルウッドさんの店、レイ商会まできた。
小さな街で営んでいるお店なんだけど、凄く大きな店構えだった。
なんでもここを本部として、都市部にも支店の店舗を構えて広く展開しているんだって。
と
「エルウッドさん、こんにちは。」
「あ、マスミさん、いらっしゃい、って、ディーナちゃんとシャルルちゃん?」
「こんにちは。」
「ちょっと急な物入りで。」
「あの、実は家の者が急病になったので、その介護に必要な物を買いにきたの。」
「そ、それは大変じゃないですか。医者とかは?」
「医者ではたぶん何もできないのかも。というか、治療というより悪化させないようにする為、なの。」
「そうですか。わかりました、必要な物を言ってください。すぐに揃えます。」
「すみません。」
水枕、氷嚢、生姜と大蒜、白糖、それにリンゴ、バナナその他諸々。
エルウッドさんはものの10分で揃えてくれた。
エルウッドさんは私達が人間とは違う、しかも普通じゃないって事を知っていたんだろうね。
マコーミックさんから詳細は聞いていたはずだし、その辺りも気遣って色々と商品をそろえてくれたみたいだ。
食事療法にも明るいみたいで、食材も食べやすく体力と熱に効くものを持ってきてくれた。
「すみません、エルウッドさん。」
「良いんですよマスミさん。明日配達日ですので、その時も風邪に良いと思う物を持っていきますよ。」
「ありがとう。」
そう言ってエルウッドさんの手を握るマスミお姉様。
その手を握り返し見つめるエルウッドさん。
何というか、こんな時なのにここだけホンワカと春の陽気だ。
二人の何とも言えない時間が終わるまで、私とシャルルは黙って待っていたんだ……
そんなこんなでベースに戻り、まずは魔法で氷を作る。
冷凍庫の氷でも良いんだけど、溶けずにずっと氷点下を維持できる氷が良いと思って。
実の所、氷関係の魔法って少し特殊なんだ。
ネージュなら問題なく行使できる氷魔法、私とシャルルも使えるけど、今回は氷を作るプロセスが氷魔法とは違うんだ。
気化熱を利用して水から氷を作る。
手間がかかるプリミティブな手法だけど、この方が魔力がなじむんだ。
そうしてできた氷を、水枕と氷嚢に入れてルナ様とウリエル様にあてがう。
血液の熱を下げるのが目的なので、氷嚢は冷やしすぎないように気を付けて首筋に置く。
これで熱の処置は良いとして、次は栄養を付けないと。
やっぱりこういう時は大蒜よね。
すりおろした大蒜、生姜をワインに入れて少し温め、そこに玉子を落とした特性ワイン。
それと皮をむいて一口大に切ったリンゴとバナナ、それにリンゴをすりおろしたペーストを切ったリンゴとバナナに塗す。
意外な事に、タカが手伝うと言って補助してくれている。
タカ達は野営でよく料理をするそうだけど、こうしたキッチンで、というのは滅多になかったらしい。
シャルルはキューキさんとヒロとでプリンを作っているんだ。
とりあえず今はこれで安静にしていれば、苦しさも和らぐはず。
「っていうかさ、ディーナ姉。」
「ん?」
「ディーナ姉ってヴァンパイアだろ?ニンニクって平気なのか?」
「あー、ヴァンパイアがニンニク苦手ってのはね、間違いだよ?」
「そうなのか?」
「ていうか、私は大好きだよ。ま、食べた後の匂いがキツイからちょっとアレだけどね。」
「あー、確かになー。」
「ニンニクを使った料理はね、焼き餃子っていう料理が一番美味しいんだ。今度作ってあげる。」
「焼き餃子?」
「お肉や野菜、大蒜を細かく切った餡をね、小麦粉でできた皮に包んで蒸し焼きにするんだよ。醤油にビネガーとラー油とニンニクをたっぷり入れたタレでね、アツアツのうちに食べるのが美味しいんだ。」
「へー!よし、楽しみにしてるぜ!」
「うふふ、絶対ハマるよ?」
とりあえず準備も出来たので、それをもってルナ様とウリエル様が寝ている部屋へと向かう。
ふたりとも寝息を立てて寝ているので、そーっと部屋に入る。
熱のせいなのか、寝汗が凄いので小まめに拭き取ったりと、私とシャルルはずっと看病していた。
「ねー、アズラ?」
「ん?どうしましたアルテミス。」
「ルナ達はどうしちゃったのさ?」
「ああ、彼女達は今、本来の姿に戻ろうとしているのですよ。」
「本来の姿?」
「色々あって、あの二人は存在そのものが変化したのです。あなたのようにね。」
「へぇー。でも、大丈夫なんでしょ?」
「そこは問題ありません。苦痛にしてもあの二人なら耐えられますからね。」
「そ、そうなの……」
「でも、アズラさん、あの状態ってどの程度続くの?」
「3日後くらいには良くなるとは思いますが、確実な事は言えませんね。」
「そうなのか。んじゃちょっと俺も見舞ってこよう。」
「バカ兄貴!今は行っちゃダメでしょ!?」
「あ、そ、そうか、すまんマスミ……」
(なー、ヒロ、姉ちゃん達デリカシーが足りないのって……)
(お家柄なのか、もしかして。)
(お前らな、それは聞こえないようにしておくんじゃぞ。)
ともかく、二人の異変がこれで収束してくれれば問題はない、かな。
ルナ様とウリエル様の体の異変。
時を同じくして、この大陸でも密かに異変が起こっていたんだ。
この時はまだその異変に気付いていなかった。
それどころじゃなかった、というのもあるしね。
異変。
その片鱗が、あんな形で現れるなんて……
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