第129話 アルテミス

 月の欠片を携えイワセに戻った。

 トキワお兄様に報告する為、ナイナさんの紹介をする為に領事館の執務室に向かった。

 と、その途中で。


 「お帰りみんな。ご苦労様だったね。」

 「リサお母様、ただいま。今はここに?」

 「うん、ちょっと連絡事項と雑用があってね。今エストに戻るところよ。ってあれ?見ない顔ね。」


 驚愕の表情で立ったまま硬直しているナイナさんを見たリサお母様。


 「あれ、この人、というか、人じゃないね。どっかで……」

 「あ、この方はナイナさんと言いまして、狐さん?の妖怪さん?らしいです。」

 「あ!思い出した。あの時の!」

 「ヒ!ヒイイーーー!」


 お互い思い出したのね。


 「何でアンタがここに?というか、ディーナ達と知り合いになったの?」

 「色々ありまして。月の欠片を所有していたのがナイナさんだったんです。」

 「へー、そうなの。で、アンタはナイナってのね?」

 「は、はいぃー!」

 「ふーん、ま、あの時あの人にしたように、我が家族の誰かを誑かそうなんて考えたら……わかっているわよね?」

 「わわわわわかっております!そそそんな事は一切いたしません!」

 「ふふふ、なら、良いわ。ようこそイワセへ。」

 「お、おおおお、おじゅあましましゅ!」


 そんな一幕もあったけど、執務室の前まで来た。


 「入ります!」

 

 と、ドアをノックした。


 「どうぞ。」


 部屋に入ると、お兄様とキューキさんが居た。

 執務の真っ最中みたいだ。

 キューキさんも何か書類を見ているみたいだけど、あれ?キューキさんこっちの文字って判読できたっけ?


 『あはは、我は今その勉強の真っ最中なんだよ。』

 「そゆこと。俺が教えつつ執務を消化してるってわけだ。ま、どっちかって言うと執務はついでだな。」


 そういう所、相変わらずシレっと言いつつ完璧にこなしちゃうところがお兄様の凄い所よね。


 「ともかく、お疲れ様だね、みんな。」

 「はい。」

 「トキワ、発見できたぞ、月の欠片。」

 「みたいだねルナさん、ありがとう。これでアルテミスさんを延命できるね。ところで。」

 「ん?」

 「そちらの方は?」


 と、忘れてた。ナイナさんを紹介しなきゃ。

 そう思ってナイナさんを見ると……

 胸の前で祈る様に両手を結び、ぼーっとした、というか夢心地のような表情で、潤んだ瞳はトキワお兄様にくぎ付けになってた。


 「あ、あの、ナイナさん?」

 「目を覚まさんかたわけが。」

 「あいた!」


 と、ツクヨミ様に小突かれてナイナさん我に返った。


 「はッ!あ、ああ、あの、ナイナと申します。不束者ですがよろしくお願いします!」

 「へ?」

 「このおバカ!何を口走ってるのでありんすか!」


 また小突かれている。

 なぜかキューキさんはあっけに取られた後、ナイナさんをちょっと睨んでる気がするんだけど。

 えーっと、もしかして、ナイナさん、お兄様に?


 「失礼!ナイナです。その光る珠を預かっていた者です。タカヒロ様のご子息様ですね!?」

 「おや?父をご存じでしたか?」

 「はい!ウチはタカヒロ様に助けていただいた事があるのです。なので、ここに住まわせてください!」

 「たわけめ!なんでそうなるのでありんすか!?」


 ちょっとナイナさん、暴走気味になってるみたいだ。

 と、そんな事もあったけど、ひとまずお兄様が手掛けた政務を片づけてから、明日アルテミスさんの元へ向かう事にした。


 今日はイワセで休んでいく事になり、今は温泉で疲れを落としている真っ最中だ。

 キューキさんとナイナさんも一緒だ。


 「あの、キューキさん、一つお聞きしても?」

 『ディーナ、どうした?』

 「キューキさんは、その、お兄様とここで暮らして行くんですか?」

 『え?えーと、それは…その……』

 「おい!キューキとやら!お前はあの人のご子息とどんな関係なんだ!」

 『どんな、と言われても…というかだな、お前こそ何でそんな事を我に聞く?』

 「は?い、いや、何となくその、興味あるかなーって……じゃなくて!どうなんだ!」

 『我はその、トキワ殿に……ぶくぶく。』


 キューキさんは湯に顔を沈めてしまって聞き取れなかった。

 でも、やっぱりそういう事、でいいのかな?


 「まぁ、良いんじゃないか。キューキの気持ち次第だろうしな。」

 「アタイらはトキワにもキューキにも幸せになってもらえりゃそれで良いんだぜ?」

 『ぶくぶくぶく……』

 「な!なんだその雰囲気は!もしかしてウチ、出遅れた!?」

 「ドあほう!ヌシは出遅れも何も完全な部外者でありんす!だいたいヌシはあの人に興味を持っていたのであろう!?」

 「そ、そんなぁ……てことは!ウチの青春はこれからって事だな!」

 「あ、相変わらず……」

 「立ち直りと切り替えが早い……」


 それから就寝するまで、キューキさんとナイナさんは同じようなやり取りをしてた。

 結局はお互いがお兄様を巡るライバルとして、意気投合しちゃったみたいだ。

 というか、当のお兄様の気持ちは置いてけぼりだね、これ。


 そして翌朝。

 私達一行はリンツを経由してアルテミスさんの元へと向かった。

 私達がジパングであれこれしている間、数回のモンスター対処があったようで、その全てにタカ達が対応してくれていたそうだ。


 「ただいま。」

 「ありがとうございます、アズラ様、ルシファー様。タカとヒロもね。これ、お土産だよ。」

 「良いんだよ。わりとヒマだったしな。」

 「俺らにはいい運動になったよ。で、これって?」

 「干し芋っていう食べ物だよ。」

 「おお!うまそー!ありがとね、ディーナ姉シャルル姉!」

 「で、首尾は上々のようだな。」

 「はい。この通りです。」

 「ほッほッほッ、美しいもんじゃの。これが月の欠片か。」

 「時にディーナ姉、こっちの人は?」

 「あ、紹介します。月の欠片を譲ってくれたナイナさんです!」

 「はーい!ウチがナイナだよ!というか、お前らもまたただもんじゃないな……」


 ナイナさん、テンションの浮き沈みが激しい……

 と、早速アルテミスさんの元へと足を運んだ。

 トキワお兄様とキューキさんも一緒だ。

 あの元居住空間までは私の転移魔法で移動した。

 ナイナさん、初めてなのに気持ち悪くないのかな?平気な顔してる。


 「さて、これをどうするか、だな。」

 「ん?ルナさんが使うんじゃないの?」

 「いや、それがだな……」

 

 ルナ様は先般ツクヨミ様が言った事をお兄様に説明した。

 それで、誰がアルテミスさんにこの珠を使うか、という事になったんだけど。


 《あ、みんなご苦労様だったね。どうやら月の欠片とやらを見つけてきてくれたんだね。》

 「ちょっと待たせちゃったけどね。これでアルテミスさんを何とかできる、かも知れないね。」

 《ありがとうね、トキワ、ルナ、それに皆も。でね、ちょっと待ってね。》


 そういってアルテミスさんの声が途絶えた。

 と思ったら、目の前にとても美しい女性が出現したんだ。


 「お待たせ。」

 「あれ?もしかして……」

 「お前、アルテミスか?」

 「そだよ。この前ルナが言ってた“実体化”ってのを試してたんだ。それでこうして顕現できるようになったのさ。」

 「そんな事をして、余計に負荷がかかったりはしないのか?」

 「あ、それは大丈夫だね。本体の機能というよりも、私の意志でってことだからね、たぶん。」

 「たぶんかよ。にしても、お前もまたなんでそんなチート級の美女なんだ?」

 「あ、色々と調べていく内にね、アルテミスっていう単語で出てきた姿がこんな感じだったのさ。で、それとルナ、ウリエルの姿を参考に自分で考え構築したのがこの姿ってわけさ。」

 『マザー……美しい……』

 「ウ、ウチは負けてない、はず……」


 と、ひとまずアルテミスさん本体が置かれている部屋へと移動した。

 静まり返った洞窟内は、すでに廃村のような雰囲気を醸し出していた。

 人が居なくなると、家にしろ土地にしろ荒廃するのって本当に早くなるんだね。

 

 「で、だ。ツクヨミ。実際これはどう使えば良いんだ?」

 「んー、そうじゃなぁ。使う者がアルテミス本体の前でそれを掲げれば良いと思いんす。」

 「なるほどな。で、問題は誰が、という事なんだが……」


 と、ルナ様の言葉で、全員が一斉にトキワお兄様を見た。


 「え?ええ?何、俺が?」


 全員が、何となくだけどトキワお兄様がその役目をすべきだと感じていたみたいだ。

 明確な根拠はない。

 ないんだけど、本当にそう感じたというか閃いたというか、そんな感じだった。


 「うむ、そうでありんすなぁ。それが一番良いと、わっちも思いんす。」

 「で、でも、俺で良いのかな……」

 「私も何となくだが、それしかないような気がしているんだよ、トキワ。」

 「ルナさんが、じゃなくて?」

 「あのね、私というか、本体の予測だとそもそもがデータ不足で答えはでないんだけど、私の思考としてもトキワ、キミが適任じゃないかと思うんだ。」

 「アルテミスさんがそう言ってくれるなら、わかった。俺がやってみるよ。」


 意を決したように、というか決したんだろうな。

 お兄様は月の欠片を持ち、アルテミスさん本体の前まで進んだ。

 それを遠巻きに見守る私達。

 本体の手前まで進んだお兄様は、月の欠片を両手に乗せて高く掲げたんだ。

 その途端。


 アルテミスさん本体は光に包まれたと思ったら瓦解し始めた。

 と、同時に実体化していたアルテミスさんも光に包まれ苦しみだした。


 「ア!アルテミスさん!」

 「グッ、ウゥゥ、だ、大丈夫、トキワ、心配ないよ……がッ!あぁぁッ!」

 「大丈夫って、そんな苦しそうで……どうすれば、どうすればいい!?」

 「トキワよ。大丈夫でありんす。ヌシが狼狽えては要らぬ影響を及ぼすやも知れぬぞ。」

 「で、でも!」


 見守る私達も同じだった。

 お兄様の焦りも、強く実感できるんだ。

 でも、何もできないので固唾をのんで見守るしかできない。


 そんな状況は3分程で収束した。

 アルテミスさん本体は完全に崩壊した。

 苦しみながらお兄様の腕に抱かれていたアルテミスさんの実体も、消えた。


 全員が言葉も無く、動く事もなく、固まってしまった。

 まさか、失敗……

 そんな考えが頭をよぎる。

 すると


 私達の目の前で、実体化したアルテミスさんが光とともに出現した。

 さっきの実体化した姿よりも存在感が増している。

 これって……


 「ありがとう、トキワ。ありがとう、ルナ。そして、ありがとう、みんな。私はアルテミス。もう、消滅する心配は無くなったよ。本当に、ありがとう。」


 その宝石のような美しい瞳から幾筋もの涙をこぼしながら、アルテミスさんはそう告げた。

 そして

 一際驚愕していたのは、ルナ様とウリエル様だった。


 「お前……」

 「マジかよ……」


 二人が何にそれほど驚いているのかは分からない。

 全員がその場に立ち尽くし、アルテミスさんに注目しつつ固まっていた。

 そんな雰囲気の中。


 「んと、何か知んないけどこれで万事OKって事!?」


 ナイナさん。

 あなたのお陰でみんな我に返れたよ。

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