第124話 天狗とガマと
山肌を南へと歩く事2時間程でツクバに着いた。
意外にも山間の道は整備されていて歩くのに難はないみたいだ。
北端のカバからツバメ山を経て南端のツクバまでは少し標高差はあるけど、そんなに離れていない。
時期も冬なので木々の落ち葉や雑草も少なくて、歩きやすいんだ。
なんとなく、ハイキングのようで気持ちがいいな。
ツクバの、男山と呼ばれている峰に到着した。
ツクバには二つの峰というか頂上があって、こっちは男山の男体山、東側の峰は女山の女体山と呼ばれていたんだって。
今では山というよりも島、なので、それぞれ男山と女山って呼ばれているんだそうだ。
その男山の少し開けたところに何か円形の建物の廃墟、いえ、遺跡みたいなもの、それに麓へと伸びている鉄の、これ、線路かな?
そんな遺構があった。
廃墟も線路ももうボロボロで、近づくのはちょっと危険な感じだ。
でも、この線路って?
こんな急斜面を電車が走っていたんだろうか、というか、走れるものなんだろうか?
「これはケーブルカーという奴だな。私もその遺構は初めて見た。」
「ケーブルカー、ですか?」
「一応鉄道の仲間だな。簡単に言うと鉄のロープを使って車体を上から引っ張り上げるんだよ。」
「へぇー。」
その開けた場所から少し外れた所に、しっかりとした造りの家があった。
「ここがアタシの住処。今母様を呼んできますので少々お待ちください。」
「あ、はい。」
「へー、何と言うか……」
「すげえ、立派な家だな。」
「日本家屋、という奴か。」
と、イナダと一緒に、イナダのお母さんだよね、綺麗な女性が出てきた。
「ようこそおいで下さいました。私はイナダの母、ツツジと申します。」
深々とお辞儀をするツツジさん。
とてもお淑やかな雰囲気は、普通に人間に見えるなぁ。
「貴女様がツクヨミ様ですね。お会いできてうれしく思います。」
「うむ、わっちがツクヨミじゃ。おぬしがここの天狗族の者でありんすか。なかなかどうして、天狗族の血が濃いようじゃの。」
「はい。私の一族は純粋な天狗族の系譜です。」
「そうでありんすか。」
「ここでは何ですので、どうぞ中へお入りください。」
ツツジさんに案内され家の中へと入る。
不思議なもので、ジパングの家に入る時は意識しなくても靴を脱ぐようになっている。
ジパングでは土足で家に入る事はないっていうのが身に付いてるんだ。
日本茶という、渋みすらも美味しいお茶を頂きながら、ツクヨミ様主導でツツジさんと話が進む。
「では、そなたの祖父は確かにその光る珠を持っておったと言うのかや?」
「はい。お爺様が持っていた珠は結局何かが判らず、かといってぞんざいに扱ってもいけないような気がすると言って扱いに困ってはいましたが。」
「あの、ツツジさん、その珠は今ここに在るのですか?」
「いいえ。あの珠はお爺様が亡くなる直前に、何となくですが知り合いのある者にその珠を託したそうです。」
「知り合いでありんすか?」
「それが何処の誰か、までは聞き及んでいませんが、何でも月からの使者の子孫、という事を言っていました。」
「つ、月からの使者じゃと!?」
「え?それって、キューキさん達みたいな異星人?」
「また異星人か……」
「いや、そうではありんせん。月からの使者などと言う者は日本の妖怪にはおらぬ。その者はわっちらと同じただの物の怪でありんす。」
「物の怪、ですか?」
「ただ、そんな噂が付いて回った者が居たのも確かじゃ。恐らくは姑獲鳥か清姫、玉藻前あたりじゃろうな。わっちを含めその者たちはな、ある伝説の元ネタとなった者たちじゃ。」
「ある伝説?」
「ま、それは後で詳しく話すとして、ツツジよ。」
「はい。」
「祖父からその者の話は、それ以上は聞いてはおらぬのでありんすか?」
「そうですね。残念ながら……」
「あいわかりんす。となると……」
そう言うと、ツクヨミ様は沈思黙考した。
何か記憶を頼りにその辺りの繋がりを探っているような感じだ。
ルナ様もウリエル様も、話しかけられないような微妙な雰囲気だ。
と
そんな雰囲気をものともせずに、イナダは私に話しかけてきた。
「あの、ディーナ様、その紋章って?」
「あ、イナダ、私とシャルルに様付けは要らないわよ。そのままでいいよ。」
「でも……」
「あはは、見たところイナダって私達と同じ位の歳でしょ?」
「あの、私は産まれ出でてまだ100年にもなりません……」
「ま、その位は誤差よ。気にしない気にしない。」
「ところで、この紋章がどうしたの?」
「その中央にあるのはカエル、ですよね?」
「あ、そういえば!」
「お兄様とルナ様が言ってたね、ツクバのガマだって。」
「うわぁ、ここの話が大陸にまで知られているんですね。なんか嬉しいなぁ。」
「そうよねー。これね、ガマの油という話に加えて、カエルっていう名前だから“無事帰る”っていう願いも込められているんだって。」
「へぇー、その話も知られているんですねー。」
「ねぇ、そのガマっていうのは、この辺に生息するフロッグなの?」
「えーとですね、別にここの、という訳ではないんですよ。元々は全国に広がっていたガマの油という膏薬を、ツクバに住む人が口上を加えて売っていたのが有名になったんだそうです。」
「へー、そうなんだ。」
「あ、でも“無事帰る”っていうのは別の伝説で、古の防衛軍の空飛ぶ部隊が、部隊紋章にツクバのガマを使ってそれにそういう願いを込めたっていう話らしいです。」
「はぇー……」
「ここから東に行った海底に、その紋章と同じカエルの絵が描かれた空飛ぶ機械の遺跡があるそうですよ。」
そんな他愛のない話を傍で聞いていたツクヨミ様。
ハっと顔を上げ、こちらを見た。
そして
「ふむ、カエル……帰る、か……」
「ツクヨミ様?」
「どうした、ツクヨミ?」
「のう、ルナや。」
「何だ?いきなり。」
「先般わっちが初めて主らの前に現れた時の、童、いやさサダコが言っていた事を憶えておるかや?」
「何の話……もしかして“かぐや姫”とかいう話の事か?」
「憶えていてくれたのじゃな。そう、そのかぐや姫の事でありんす。」
「それがどうしたんだ。」
「月からの使者、帰る、という言葉はな、この上ないヒントじゃったわ。月の欠片の行方は、おおよそ見当がついたでありんす。」
「「「 おお! 」」」
「じゃが、そうなると、なぁ……」
「何だ、何か問題でもあんのかよ?」
「うーむ、問題というかじゃな、恐らく天狗の知り合いというのは間違いなく玉藻前の事じゃ。こやつがちょっと厄介でのぅ。」
「厄介だと?」
「うむ、そ奴はの、その昔“九尾の狐”と呼ばれていた最悪の妖狐なのでありんす。」
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