第120話 月の欠片を探しましょう!

 ノアの民の移転は速やかに、滞りなく進められた。


 ルシファーさんが頑張ってくれたおかげで、ノアの民全員が一瞬でイワセに移転できたんだ。

 ただ、アルテミスさんの管理は必要と言う事で、グリペンさんとアフラさんはここリンツに留まっている。

 グリペンさんはそのかたわら、マスミお姉様に料理を教わっている。

 地上の食材、ヒバリお姉様の料理にとても興味をもったみたい。

 ヒバリお姉様は受け入れなどの業務で一旦イワセに戻っているから、代わりにマスミお姉様、と言う事なんだけど、マスミお姉様の料理の腕もかなりのモノなのでグリペンさんは驚いている。


 一方で、アフラさんはタカとヒロとよく一緒にいてお話したり鍛錬の付き合いをしたりしているみたい。

 アフラさんは子供がいる、いえ、いた、と言っていた。

 でも、ずいぶん前の事だけど、お子さんは旦那様と共にモンスターとの闘いで負傷し、それが元で病気になって亡くなってしまったんだって。


 洞窟内で対峙した時のあの気迫は、そうした外部への憎しみも込められていたから、なんだろうなぁ。

 私達への誤解が解けた今、タカとヒロとは母親のように接しているのは、何というかホントに母性が強い人なんだなぁって思う。

 あの二人にしても、“母親”という存在に触れていた記憶がないって言ってたから、そんなアフラさんに惹かれるのも当然なのかもね。


 そんな日々を過ごしていても、やはりモンスターに対する緊急出動は散発している。

 それほどの頻度ではないので私達組だけで対処できているんだけど、気になる事はある。


 ベルとリードの探索には引っかからないのに、同じ地区で人間側の兵隊さんが発見しているんだ。

 使い魔2体の索敵能力は日増しに向上していて、その監視網は気配を消したモンスター程度なら難なく発見できるはずなのに、だ。

 それに

 発見され討伐した個体全てが、それほど強くない個体、しかも一時出現していた獣人型や人型が全く存在しない。

 元々の、禍々しい獣タイプばかりなんだ。


 「一つ、懸念として考えられるのはだな。」

 「ああ、出し惜しみじゃねぇけど、強固な個体は力を蓄えつつ、こちらの様子を伺ってるんじゃねぇのか?」

 「可能性はあると思いますけど、今出てくるモンスターってやっぱり以前のレベルなんですか?」

 「そうじゃな。お前さん達は知らんのだな。数年前、いや、十数年前か、その頃のモンスターと同じじゃろうな。」

 「その頃はまだタカもヒロも、モンスターとはやり合っていませんでしたね、そういえば。」

 「言い方は適切じゃないですけど、今は弱いモンスターしかコアから出ていない、と言う事なんでしょうか?」

 「んー、でもよ、あのコアの状態を考えるとそれも辻褄が合わねえよな。」


 そう。

 最大の疑念はそこなんだ。

 私達はコアからモンスターが噴出するのをこの目で見ているんだ。

 力がないモンスターはお父様の封印に触れただけで霧散していた。

 そして、それ以前に。

 先般のスタンピード以来、コアからモンスター噴出の現象は確認されていない。

 南米のコアは、今シャヴォンヌお母様の隊が常時監視しているから間違いないし、こっちのコアは見えないけど上陸地点での発見も無い。

 と言う事は


 「まさか、わざと身を傷つけて分裂してるとか……」

 「その可能性もある。何しろそれだけの知能は既に持っているだろうからな。」

 「まして“元人間”がそうした知恵を持ったまま、と言う事もあるだろうしな。」

 「いずれにしても、だ。」

 「そうですね。現状維持で索敵と対処を続けるしかないですね。」

 「それで、じゃ。」

 「ん?」

 「お前さん達はアルテミスの所へ行かねばならんのじゃろう?」

 「そうです。詳しいお話を聞きに行かないと。」

 「その間はワシらがアラート任務じゃったか、それに就いておくから安心して行ってくるんじゃな。」

 「現状なら私達4人で充分でしょうし、ディーナとシャルルはアルテミスとやらと会っておくべきでしょうしね。」

 「すみません、苦労をおかけしちゃって……」

 「なに、ワシらも今やディアマンテスの一員なんじゃ。役割分担、というやつじゃ、気にするでないぞ?」

 「ありがとうございます、ルシファー様。」


 そうして翌日。

 私とシャルル、ルナ様とウリエル様、グリペン様とでアルテミスさんの所へと向かう。

 移動は何とかできるようになった私の転移魔法で行くんだけど……


 「ごめんなさい、まだ術が完全じゃないので、空間酔いがあるかも知れません。」

 「ま、私とウリエルは問題ないが、グリペンは少し心配だな。」

 『私はたぶん大丈夫だと思う。でも、空間酔いってどんな?』

 「えーと、気持ち悪くなります。シャルルはめっちゃ吐いたもんね。」

 「うん、強烈だったよ。でも一度だけだったな、2回目以降は無かったし。」

 『そ、そうなんだ……』

 「あ、でも、身体に深刻な影響とかはないのでその点は大丈夫です。」

 『それなら問題ないです。でも、吐くのか……』

 「じゃ、じゃあ、行きますね。」


 精神を集中し空間を思い描き、目標地点を明確に意識できたら術を発動する。

 地点同士の繋がりを意識できれば、ほぼ術式は完成となるんだけど、気を付けないといけないのは移転先に障害物があるかどうか、だ。

 そこに人がいれば、その人を弾き飛ばして怪我をさせてしまうから。

 もっとも、今あの居住空間は無人なのでその心配はない、かな。


 そうして、あっという間に居住空間に到着した。

 その途端。


 『んゲロゲロゲー……』

 「グリペンさん、大丈夫?」


 グリペンさん吐いた。

 

 『うう、ホントに気持ち悪いー……』

 「ご、ごめんなさい……」

 『い、いや、謝らないで……オロロロ!』


 こないだのシャルルよりはマシに見えるけど、相当気持ち悪いみたい……

 ほんと、ごめんなさい、未熟者で。


 と、グリペンさんが落ち着いた所で歩き出す。

 吐いた後は何事もなく気分も落ち着くらしく、普通のグリペンさんにもどった。

 

 そうしてアルテミスさん本体が置かれている部屋まできた所で


 《やあ!やっと挨拶できるね。初めまして、ウリエル、ディーナ、シャルル。私がアルテミスだよ。》

 「初めまして、ディーナです。」

 「初めまして、シャルルです。」

 「ウリエルだ。よろしくな。」

 《私の事はルナから聞いているよね。で、まずはキミたちにありがとうと言わないとね。》

 「え?」

 《経緯を聞けば、ディーナとシャルルが行動を起こさなかったら、今という瞬間は無いって事だからさ。間違いなくノアの民の未来が開けたのはキミたちのお陰なんだよ。》

 「そうだな。」

 「なんつーか、そう言われると確かに、だな。不思議なもんだ。」

 「そんな、私達がそんな大それた事なんて……」

 「私もディーナも思い付きでって感じでしたし、ねぇ。」

 「うん……」


 《でも、それが真実なのさ。私でさえ不思議に思うけど、この結果は必然だったんだろうね。でも、だよ。》 

 「え?」

 《これから先の事は私にもわからない。不確定要素しかないんだ。これも不思議なんだけどさ、ノアの民だけじゃなくこの星のこの先をシミュレートしても、答えがでないんだよ。》

 「答えがない、ですか?」

 「それって、未来が無いって事なんですか?」

 《いや、違うよ?あくまで演算予測ってやつでさ、答えがでないって事は予測不可能、つまり未来は白紙って事なんだよ。》

 「アルテミス、それはお前の能力に障害が出始めたって事なのか?」

 《それはない、とは思うんだけど、可能性は無きにしも非ずかな。自己診断ではまだ問題ないってでるんだけどねー。》


 これまでの事、未来の事。

 こう言っちゃなんだけど興味は尽きない。

 でも、今はすべきことがあるのでそれは後にすべきよね。


 「アルテミスさん。」

 《何だい?》

 「迷惑かもしれませんが、私達はあなたにもっともっと永く活動してもらいたいと思います。」

 《あはは、迷惑だなんて。私自身もそう願っている事なんだよ、それって。》

 「だから、その為の手段、“月の欠片”を探しに行きます。見つけられるまで、待っててもらえますか。」

 《それは有り難いんだけど、良いのかい?》

 「もちろんです。と言うか、それが出来るのって今しかないような気がします。」

 「そうだな。すべき事や優先順位はあるが、それは今、月の欠片探しが最優先だと思うぞ。」

 「どんなモンかも分かんねぇ大悪魔に拘るよりもって事だな、うん。」

 《ありがとう。でも、凄いねキミたちは。何と言うか、キミ達のその行動こそが未来っていう気がするよ。》

 「い、いえ、そんな事はありません。すべき事をやるだけ、としか考えられません。」

 《そういう所が、なんだけどね。でも、本当にありがとう。手間を掛けさせてすまないね。》

 「いいえ。結果は約束できませんけど、任せてください。」


 月の欠片、絶対に見つけるって、心に誓う。

 なんとなく、だけど、必ず見つけられるっていう確信が持てたんだ。

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