第116話 アルテミス 12,000年の沈黙

 俺達はルシファーさんの転移で送ってもらった後、洞窟内をヌエさんの案内で進んでいる。

 ここのトンネル遺構を利用した空間なんだろうけど、所々に広がる大きな空間は、聞いた限りではおそらくここに不時着した時にできたモノなんだろうな。

 かなり文明も進んでいるようだし、もしかするとこうした洞窟も“創った”という可能性も無きにしも非ず、かもしれない。

 とはいえ


 「ヌエさん、ここって最初からこういう洞窟だった訳では無いんでしょうか?」

 『ここは私が生まれる前からこのようだと聞いています。ですが』

 『真相は我らも知る術はありませんので、風聞だけでしかありません。』

 「そうなんですか。」


 ノアの民にとっては、この空間は当たり前の世界なんだな、と思う。

 良し悪しは別として、ここで暮らしてきたという事は、ここは愛着もある故郷って言う事か。


 『見えてきました。あの広い空間が私達の居住区です。』

 『我は先に行ってキューキ様へ報告してきます。』


 アフラさんが駆け出して行く。

 本当に不思議な空間だと思う。

 ある意味密閉された洞窟内のはずだけど、地上と同じように明るく、空気の流れも感じられる。


 「ルナさん、これって科学技術云々でできる事なのかな?」

 「いや、それは無理なんじゃないかな。少なくともかつての私達でも難しいと思う。」

 「ってことは、自然に、なのかな……」

 「なんだお前、やけに興味深々じゃないか。」

 「あー、そうだね。確かに興味はあるよ。でも、それだけじゃないよ。」

 「なるほどな。お前、ほんとに凄い奴だな。改めてアイツの子だってのが分かるし、私としては喜ばしいぞ。」

 「あはは、そんな、ルナさんにそう言われると照れちゃうよ。」

 「そうか、じゃあもう言わない。」

 「そ、それはそれでちょっと寂しいな。」

 「ふふ。わがままな所もお前らしいな。」


 『あ、あの、一つお聞きしても?』

 「はい、なんでしょう?」

 『ト、トキワ王とルナ様は、その、家族…なのですか?』

 「そうですね。家族です。ルナさんは俺、いえ、僕にとって母親と同じですよ、ね?」

 「まー、そうだな。でも、どっちかって言うと親戚のおばちゃんって感じだろ?」

 「あはは、言い得て妙だね、それ。」

 『そ、そうなのですか……』


 それを聞いたヌエさんは、どことなくホッとしたような雰囲気になったみたいだ。

 と、居住区の門らしき所まで来ると、ヌエさんと似た感じの獣人を筆頭に20名くらいが並んでこちらを待っているようだ。

 すると、一番前にいた獣人が歩み寄ってきて


 『あなたがトキワ王ですね。ご足労頂き感謝いたします。私はこの民の首長、キューキと申します。』

 「丁寧なあいさつ痛み入ります、キューキ様。私がイワセ温泉郷首長、トキワです、以後、宜しくお願いします。」

 『ひとまず、私の住居へとご案内します。何分地上との繋がりも無く我らのみで暮らしている所ですので、もてなしや歓迎の場所が用意できないのは申し訳ありません。』

 「いえ、その気持ちだけで充分です。ご配慮ありがとうございます、キューキ様。」


 案内されたのは、キューキさんが暮らす家だ。

 先日も案内された場所だ、というのはルナさんが教えてくれた。

 でも、なんとなく、だけど。

 この前とはキューキさんの様子が少し違うとも言っていた。

 首長同士の会見というか話し合いなので、緊張を隠す為に取り繕っているのかとも思ったけど、どうもそういう感じじゃないらしい。

 というか

 キューキさんは普通に凛として美しい女性に見えるだけなんだけどな。

 

 『大したお構いもできず、本当に申し訳ありません……』

 「あ、キューキ様、そういうのは本当に気にしないでください。僕は王と言われていても父のあとを継いだだけに過ぎませんので。」

 『そ、そうなのですか……』

 「ところで、じゃの。」

 「おわッ!」

 「ツクヨミ、お前いつの間に!」

 『あ、あの、こちらのお方は?』

 「あ、ああ、驚かせて済まない。が、怪しい者じゃない、私の、その、分身体だ。」

 『ルナの分身体?』

 「ツクヨミと申す。普段はルナの中にいるのじゃ。こうして出る事は滅多にないがの。」

 「で、ツクヨミさん、どうしたの?」

 「ふむ、キューキ殿とやら、お前さん達には標となる事を伝える者が居りんせんかの?」

 『な、なぜそれを知っているのですか?』

 「知っている、と言うかじゃな、そんな気配を感じるのでありんす。」

 「標となる事を?」

 「伝える?」

 「それはの、わっちが宿る前のかつてのルナ、おぬしに似た存在やも知れぬ。」


 ツクヨミさんが感じた気配、そしてブルーだった頃のルナさんに似た存在。

 標となるっていうのは、恐らくは情報の事だろうとは思う。

 でも、キューキさんの驚きようはその存在がある、と言う事だな。


 『我らの船に搭載された情報思念体、“マザー”は、我らノアの民の守護神なのです。』

 「やはりの。」

 「それって……」

 「どういう事なんだ?」

 「何の事はありんせん、この者達に必要な情報、最適解を示す電算機システムというやつよのぅ。」

 「と言う事は、スパコンベースのAI、か。なるほどな、かつての私と似た存在、か……」

 『マザーは我らにこの星で生きていく術を教えてくださった。マザーが無ければ、我らはとうの昔に滅んでいたでしょう。』

 「キューキ、すまないな。でも、理解したよ。それについても何ら心配は要らないと思う。」

 『ルナ……』

 「ただ、だ。そのマザーとは自由に意思の疎通は可能なのか?」

 『はい、可能です。』


 と、そこに不思議な音声が流れた。


 《あはは、バレちゃったかー。そう、私がその“マザーってやつだよ。》

 「こ、これは!?」

 「え?何、エルデさんみたいな感じで聞こえるけど?」

 『マザー!』

 《あー、キミらがこの子達に救いの手を差し伸べてくれたこの星の住人だね。感謝するよ、ありがとう。》

 「マザーさん、ですか?」

 《ん?君は不思議な感じがするね。人間みたいだけど人間じゃない、のかな?まぁ、そこは問題じゃないから気にしないけどね。

 でも、君がこの子達を受け入れてくれたのなら、私の役目はこれで一つ終わるんだ。よかったよかった。》

 「あー、マザーとやら。お前はもしかして……」

 《おや、君もまた変わった存在だねー。その昔は私と同じ存在だった、と言う事で良いのかな?》

 「そこはまだ何とも言えないが、お前はノアの民をどうしたいんだ?というか、お前の役目は何なのだ?」

 《私はこの子達が生きていくための情報を与える存在なんだ。守護神とか言われてるけど、そんなんじゃないよ。単なる思念体だ。》


 『マザーからのお告げによって、この星に馴染むための方法、民の守り方、生活の仕方、あなた達がコアと呼ぶものの模倣などができたのです。』

 《私はねー、流星群の衝突以前からこの星の事は知っていたんだよ。ただ、知識として知っているだけだったからね。事前にこの星で生きていく為の準備というのはそんなにできなかったんだよ。》

 「なるほどな。で、だ。」

 「マザーさん、僕達がノアの民を受け入れた後、あなたはどうするのですか?」

 《私はこのまま朽ち果てていくんじゃないかな。私を私たる存在にしている母体は、無限じゃないんだ。》

 「それはお前の本体の寿命、と言う事なのか?」

 《あー、君、ルナだったね。キミは何となくだけど理解してくれるんだね。その通りだよ。私の本体は機械だ。

 ただ、思念体としては別の存在になっているけど、それも本体あっての事なんだよ。だからね、本体はもうそんなに長い事稼働できないと思うよ。》


 話の内容は何となくだけど理解できる。

 ルナさんと似た存在って事は、きっと人工知能の機械なんだろうな。

 それの詳細はかつて父さんやカスミ母さん、ルナさん本人からも聞いてたから何となくわかる。

 だけど


 「あの、マザーさん。」

 《えーっと、トキワ、だっけ。君の言いたいこと、聞きたいことはわかるよ。でも、だ。》

 「はい?」

 《まずはこの子達、ノアの民を受け入れるっていう話を進めて完結させて欲しいかな。君との話はその後でも充分間に合うし、私の存在については懸念も心配もしなくていいからね。》

 「そうですか。わかりました。」

 《まぁ、ホントに申し訳ないんだけど、その時はビックリする話をするよ。これはさ、今のこの子達には言えない事なんだ。だからさ、まずはこの子達を安心させて欲しいんだよ。》

 「……はい。わかりました、マザーさん。」

 《あ!ごめん。私の本来の名称はね、マザーじゃなくて“アルテミス”っていうんだよ。以後、それでよろしくね!》

 「あ、あはは、はい。わかりました、アルテミスさん。」


 こうして俺達はキューキさんと今後の話を詰めた。

 結局ノアの民は全員がイワセへと移住することになり、ここは彼らの聖地としてこのまま残す事になった。

 その為の準備や日程などについては大まかな枠組みだけ作り、詳細はこれから詰めていく事になる。

 ひとまずディーナ達の拠点を、会議の場として使う事にしたんだ。

 距離はあるけど、それほど遠いってわけでもないし、俺もそこにしばらく滞在するんだしね。

 アルテミスさんをどうするかは、この後アルテミスさんと話をしてから、になるんだな。


 ちなみに、その話を進めている間ツクヨミさんはずっと実体化していた。

 主要な話は殆ど俺とキューキさんで進めていたんだけど……


 (のう、ルナよ。)

 (なんだ、お前も気になるのか?)

 (うむ、何やらの。何というか、こそばいというか、いい雰囲気でありんすな……)

 (キューキって、あんな柔らかな顔もするんだな……)

 (トキワは気づいておるのかや?)

 (いや、わからん。そういうトコはアイツにそっくりだからな……)


 なんか、ルナさんとツクヨミさんがこそこそ話をしている。

 少し、二人の微妙な視線がくすぐったい気がした。

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