第72話 トキワお兄様からの忠告と餞別
「いよいよだなぁ、二人とも。」
「うん、ようやく、お父様の意志を継ぐ土台ができたって所だよね。」
「とはいえ、当面はモンスター相手に暴れるだけなんだけど、ね。」
「あはは、あまり暴れて周囲に損害出さないようにな。」
「そういえばトキワお兄様、デミアンの試練の森を破壊したっていうのは?」
「げ、それ聞いちゃったのか……」
「魔王様が言ってたよ?」
「あー、あれなぁ……」
実はトキワお兄様は、幼少期にその試練の森運用開始後の状態確認という事で監査員として参加したんだそうだ。
その頃はまだトキワ兄様の実力を誰も把握していなかった上に、魔族でもハーフでもないお兄様なら適任だと誰もが思ったんだって。
が、実際蓋を開けてみると、お父様と同じ位の実力を持っていて、精霊様が宿っていないにもかかわらず極大魔法も使えたらしい。
で、戦闘ではあのヒエンさんをコテンパンにした上に、やっぱり威嚇で魔法を放って森を破壊したとか。
「いや、あの時はまだ力というか、魔力のコントロールができてなかったからなぁ。」
「というか、もうそれって最強の存在って事じゃないの?」
「まぁ、魔王様やマリュー様、父さん、母さんたちを除けば、だけどな。でも。」
「でも?」
「今のお前達はその遥か上を行くもんな。お前達こそが地上最強だと思うよ?」
「そう、なのかな?」
「確かに修行でけっこう力はついたと実感してるけど。」
「いやいや、お前達はもう父さんも、母さん達をも超えてるよ。自覚がないのは、まぁ、仕方がない面もあるけどな。」
「だけど、有る無しは別としても力がなければモンスター退治もできないしね。」
「まぁ、私達は頑張るだけ、だよね。」
「そんな心の強さは父さん譲りだよな。というか、アルチナ母さんもシャヴィ母さんも芯の強さは筋金入りだけど。」
「そう、かも知れないかな。」
「ところで、だ。」
「ん?」
トキワお兄様は表情を硬くし、深刻な話を始めた。
「お前達が強くなったのは喜ばしい事なんだけどな。同じようにモンスターも少しずつ様子が変化しているらしいんだ。」
「え?」
「そうなの?」
トキワお兄様によると
各国の対モンスター兵の実力は概ね平準化されているらしいんだけど、モンスター討伐がだんだんと厳しくなってきているとの報告が上がっているらしい。
その事をシヴァ様に相談に行ったところ、モンスターは確実に変化しているんだって。
原因としてはコアの弱体化もあるんだけど、コアによってリサイクルされた弊害もあるのではないか、との事らしい。
つまり、悪意といった負の面や瘴気の濃度が濃縮されて高まった可能性があるかも、と。
「実はな、先日出現したモンスターを、俺とハーグで退治したんだけどな、かなり苦戦した。」
「お兄様達が、苦戦?」
「母さんとリサ母さんも居たんだけど、4人で1匹のモンスターに手こずったのはあれが初めてだったよ。」
「モンスターって、そんなに強くなかったはずじゃ?」
「母さん曰く、コア封印前のモンスターに匹敵する、下手をするとあのアーマーだったか、アレにも匹敵するんじゃないか、だそうだ。」
「アーマー……」
「あ、でもアーマーならあっちの世界で何体も壊したけど……」
もしかすると、本当の、この世界に居たアーマーはあんなもんじゃないのかも知れない。
比較はできないけど、そんな気がする。
というよりも、サクラお母様とリサお母様が苦戦するレベルのモンスターって……
「でな、これはシヴァ様も懸念してたんだけど、今後モンスターは厄災レベルにまで強大なものに進化する可能性もある、とか。」
「今よりももっと強敵になるって事?」
「それに加えて、なんだけど……」
「え?」
「そのモンスターの発生源、コアだな。これまでは2か所だったはずが、もう一か所出現した可能性もある、らしい。」
「ええ!?」
「じゃ、じゃぁ、その新しいコアって……」
「ああ、封印は無い。つまり……」
「モンスターの脅威は増大しているって事、ですよね?」
「そういう事だな。」
そうなると……
これまではお父様の封印によって2か所のコアからのモンスター発生は極端に抑制されていた。
でも、新たなコアは封印がないからモンスターは駄々洩れの状態、という事。
しかも、そのモンスター個々の力はこれまでの比じゃない、と……
「まぁ、だからこそお前達がそうして決意をしてくれたのは、ある意味タイミングが完璧でもあるんだけど……」
「それって……」
「いかに強くなったとしても、だ。結局はディーナとシャルルに負荷が集中してしまう事になる。俺達はそれがどうにも、な。」
「あ、だけど……」
「そもそもそういうつもりだったし、皆がそんな気に病む事はないんじゃない?」
「そうは言っても、だ。実際、モンスターは強化してるし、コアの出現がこれで終わりとも言えないしな。」
ちょっと、言葉に詰まる。
もとより、コアの再封印が目的で、その過程でモンスター討伐の優先度が上がって今に至っているので、それは問題ない。
ただ、コアが増えたという事は、モンスターの出現頻度は劇的に高くなっている、という事よね。
そうなると、強さ関係なく全モンスターへの対処は不可能に近くなるんじゃないの、これ?
「ま、あれだ。トキワは国王としての仕事もあるからアレだがよ、もう兄弟姉妹で討伐隊を拡大して大陸の防衛隊なりを組織すべきなんじゃねぇの?」
「ウリエルさん、なんでそれを知ってんの?」
「あはは、実はな、サクラから聞いたんだよ。お前がそんな事を考えているってな。でもよ、それも必要かもってアタイも思ったぜ?」
「そう、なんだよなぁ。少なくとも、この大陸だけでも俺達で何とかしたいって思ったんだ。」
「サクラ達の扱きのお陰で、少なくとも対処できるレベルには近づいてるんだし、お前ら兄妹の伸びしろは全然あるしな。」
「そう、だと思う。」
「だけどよ、お前とヒバリ、スペリアはもう頭打ちみたいだな。」
「うん。それは実感してるんだよ。」
「とはいえ今のディーナとシャルルに最も近いレベルの強さだけどな、充分だと言えるだろうよ。」
純粋な人間であるトキワお兄様、ヒバリお姉様、スペリアお姉様。
すでにその能力は、あらゆる面で人間が持てるレベルを遥かに超越しているけど、そこが限界なんだとトキワお兄様は言う。
同じ事はギニーやヘレンにも言える。
とはいえ、私達が覚醒する前、修行に出る前は間違いなく兄弟姉妹の中では最強の存在だった。
あのヒエン様をも上回る実力者だったんだ。
だけど、お母様達との鍛錬で、他の兄妹たちは少しずつ強くなっているのも実感する。
そこで明らかになったのが、伸びしろ、あるいは限界の差だったんだ。
「ま、それは置いといて、だ。」
「お兄様?」
「いずれにしたってお前達がそうして行動するんだ。俺としてはそれを応援するしかないだろうよ。」
「お兄様……」
「モンスターに対しての注意点としてはそんな感じなんだけどさ、ウリエルさんもルナさんも居てくれるならお前達の心配はない、かな。そうでしょ?ルナさん?」
「ああ、それは任せておけ。最低限、死なせることは無い。」
「ルナ様、居たのですね……」
「おや?今は気配を消してないはずだが?」
「いやいや、消してたって。」
「そ、そうだったか。」
「ま、それでと言っちゃなんだけどな。」
「?」
「お前達にはこれを持っていて欲しいんだよ。」
「こ、これは?」
「キレイ……」
「俺が各国へ出向いた時に、この紋章を提示したんだ。これが討伐部隊の紋章だってね。」
トキワお兄様が渡してくれたのは、黄金と白金にサファイア、ルビー、そしてダイアモンドを随所にあしらったペンダントだ。
コウモリと龍が周りを装飾して円を形作り、中心には……
「ねぇお兄様、なんでフロッグ?」
「でも、カワイイ……」
「これな、父さんから教わったんだよ。父さんの国じゃフロッグは“カエル”って言うんだ。」
「カエル?」
「ああ、だからそれにはな、“無事帰る”っていう願いも込められているんだってさ。」
「そうなんだ……」
「何か、凄いし、色んな気持ちも伝わってくる……」
「まぁ、それだけではないんだがな。」
「ルナ様、そうなのですか?」
「ああ、元々それはな、あの山の南端にあったツクバという山に伝わる“ガマ”というフロッグも由来の一つだ。」
「それは?」
「そのフロッグ、ガマから出る油はな、あらゆる傷を治すという言い伝えがあったらしい。つまり、だ。」
「そう、サダコ母さんが言うには、星の傷をも治しちまえ!っていう意味もあるらしい。というか、なんでルナさんもそれ知ってんの?」
「ああ、サダコから聞いた。」
トキワお兄様からの餞別。
いいえ、これは兄弟姉妹全員からの贈り物。
この紋章は、私達の身分を証明するモノでもあり、対モンスターの象徴でもある。
私達はそれぞれそのペンダントを身に着けた。
お兄様はルナ様とウリエル様の分まで造ったんだそうだ。
もっとも、作製に協力したのは他でもないルナ様とウリエル様だけど。
これが、こののち国家の紋章になるとは、この時は誰も思わなかった。
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