第66話 「ライトスタッフ」って何?


 訓練を初めて3日目。

 シャルルの飛行は、もはや音の速さを超えるまでに達していた。

 でも。


 「これ以上はちょっと厳しい、かなぁ。」

 「アンタ、鱗が……」

 「うん、何かね、速度を上げると鱗が熱くなるし、削れて行くんだよ……」

 「それって、ルナ様が言っていた空気の摩擦?」

 「あ、そういう感じ!」

 

 一応、ムーン様の助言で体表面に防護幕の魔法を張っていたらしいけど、それでコレ?

 空気って、侮れないのね……


 「で、ディーナの方はどうなの?」

 「うん、それを今から確認するんだって。」


 という事で、ルナ様とウリエル様が確認してくれるらしい。

 もっとも、目的は確認というよりも……


 「師匠!じゃあまずは空間の固定をします!」

 「ああ。形状はわかるな?」

 「はい。四角形で上だけ解放した形がベストですね!」

 「うん、ではやってみてくれ。」


 空間魔法で一定の空間をしきり、立方体を形成する。

 上部だけ無しの、いわゆる箱みたいな形の固定空間だ。

 2メートル四方で、高さは60センチ程度だ。


 「師匠!できました!」

 「では、次、だな。」


 今度はそこにウェンディ様の協力で水を張る。

 そして、その状態で仕切った空間を20センチ程浮かせてみる。

 ここまでは思った通りにできる。

 問題はここからだ。


 「この仕切り、つまり空間魔法の幕をどの程度制御できるかがカギだな。」

 「はい! まずは熱伝導率を高めてみます!」


 そんな私とルナ様のやり取りを、ウリエル様とシャルル、ホセさんはワクワクと、それでいて期待のまなざしで見ている。


 「サラマンダ様、行きます!」

 「ああ、熱くするよ!」

 「はい!」


 固定空間の中の水は、少しずつ、少しずつ高温になっていく。

 頃合いを見計らい、水の温度を確認しながら火の魔法の勢いを弱くしていく。

 そして。


 「できました!完成でーす!」


 お風呂が、沸いた。


 まぁ、これはせっかくなので確認がてらお風呂を作ってみよう、と狙ったものなんだけど。

 魔法は問題なく完成したみたいだね。


 (まぁ、いいんですけどね。でも、ディーナの魔法ならボクよりもシャルルの保護には最適かもね。)

 「そうみたいですね、でも、普通に凄いなコレ。」


 という事で、訓練も大詰めなので追い込みに向け英気を養いましょう!


 「はー。良い湯加減……」

 「すっごい開放感よねー。」

 「思った以上だな。ディーナ、凄いなお前。」

 「フェスタ―様の助言のお陰ですよ。でも、できて良かったぁー。」

 「つーかだな、おい、ホセ、なんであっち向いてんだ?」

 「あ、いえ!俺は、その!」


 もちろんだけど、ホセさんも一緒に入っている。

 最初はメチャクチャ固辞していたんだけど


 「てめぇ、アタイの言う事が聞けねぇってのか!」


 と、少し微笑みながら怒るウリエル様に言われて渋々と、それでいて嬉々として一緒に入浴、となったんだ。

 ま、ちょっと下半身が女性の前では見せられない状態になっているってのは手に取るようにわかるんだけど、分かったうえでそう言うウリエル様はもう小悪魔、だよね。


 そんなこんなで久々の湯あみも済んで、食事の後は最終訓練だ。

 これが上手くいけば、あっちの大陸へ渡る術が整うんだ。

 

 シャルルにはまず私が乗り、シャルルは飛び立った。

 最初に確認するのは、私の空間魔法の効果だ。


 「ね、シャルル、このままの速度でお願いね。」

 「うん、いいよ、やってみてよ。」

 「行くよ。」


 私も含めてシャルル全体を包む、結界に近い空間を展開した。

 立方体の空間なので、どの程度の抵抗や影響があるかをチェックするんだ。


 「どう?」

 「少し抵抗があるかな、このくらいの速度なら問題ないけど。」

 「うーん、そうかぁ……じゃあ。」


 空間をひし形へと変え先端を前にしてみる。


 「これはどう?」

 「あ、抵抗が減ったね。アンタへの影響はどうなの?」

 「こっちは問題ないわね。じゃぁ、速度を上げてみよう!」

 「オッケー、じゃあ行くよ!」


 シャルルは徐々に速度を上げる。

 音と同じくらいの速度域に近づくと、一気に抵抗が増えたみたいで速度は伸び悩む。


 「うーん、これって……」

 「ねぇ、ディーナ、ちょっと微妙な抵抗が感じられるんだけど、これっていわゆる空気の壁、なのかな?」

 「そうみたいね。何か、逆に空間魔法が邪魔してるんじゃないかな、これ。」

 「空間魔法なしの方が速度は出せるけど、それだと鱗が、ね。」

 「それじゃ、ちょっと待ってね……」


 そして今度は、固定空間で囲むんじゃなくて、体表面にそって貼り付ける様に魔法をアレンジしてみた。

 もともとシャルルの姿は飛行に適した形状だから、その形を阻害しないようにしてみたんだ。


 「あ!、これ、いい!」

 「ど、どう?」

 「抵抗は全然無いよ、もっと速度が出せそうだよ!」

 「私にも影響はないね、じゃあ、行けるとこまで速度を上げてみよう?」

 「オッケー!」


 アンデス山脈に、雷鳴のようなドーン!という音が響いた。

 音速を突破した証拠だ。

 そしてそのまま速度を上げるシャルル。

 一筋の光る空気の境界線、いわゆる衝撃波が目で見える。


 「ふぅ、ひとまず魔法はこれで大丈夫そうだね。」

 「ありがとうシャルル、一旦戻ろう。疲れたでしょ?」

 「疲労感はまだそんなに無いよ。でも、戻って一休みだね。」


 一旦ルナ様の所にもどった。

 効果の確認と最適な方法はこれで確定したことになる。

 次は全員を乗せての検証だ。


 (とりあえず、ですね。さっきの飛行での最高速度は、音の速さの4倍くらいでしたね。)

 (ディーナの魔力消費も問題ないな。いいんじゃないか、これ。)

 「そうなのですか、そんなに速かったの?」

 「魔力は問題ない、のですね。」

 「あとは私達が同乗したらどうなるか、だな。」

 「まぁ、アタイはワールドに収まっちまえば良いんだろうけど、一応このままで乗ってみるか。」

 「はい、じゃあ、行きましょう!」

 「あ、ホセ、わりぃな。ちょっと待ってろよ。」

 「もちろんです!いつまでもお待ちしていますウリエルさん!」

 「いや、いつまでもってお前……」


 そんなこんなで、最終チェックだ。

 飛行を始めて少ししてから空間魔法を展開する。

 そして


 「行きます!」


 シャルルはみるみる速度を上げた。

 再び大地に衝撃音が響く。

 そして速度は、さっきよりも速くなる。


 「この辺が限界かなぁ、瞬間的にならもう少し出せるけど。」

 「距離が距離だしね、巡行に適した最高速がこれくらいって事?」

 「そうね、スタミナ的にも魔力的にも、だね。」


 ムーン様によると、今の速度は音の3倍程度らしい。

 空間魔法は少し表面が熱を持って徐々に削れれているようだけど、皮膚の代謝のように削られる傍からあらたな空間の壁が生成される。

 こちらも魔力消費はけっこうあるけど、ほぼ問題はないかな。


 「これなら問題ないな、まぁ、シャルルとディーナには負担をかけてしまうが。」

 「そうだな、あ、シャルル、一旦速度を落としてさ、もっと上まで行ってみてくれるか?」

 「あ、はい。もっと上?」

 「ああ、極めて空気が薄くなるんだけどな、それの限界がどれくらいかも知りたいんだ。」

 「解りました。行きますよ。」


 シャルルは急角度で上昇した。

 空間魔法によって気圧や温度に変化はない。

 そもそも魔力というか能力による浮力なので、空気が薄くても関係ない、とはムーン様の話だった。


 「お、おい、もういいぞ!」

 「はい。」

 「やべぇ、中間圏出ちまいそうだな。」

 「凄いな。だが、これでアレは可能という事だな。」

 「そうだな。」

 「ルナ様、アレ、とは?」

 「まぁ、一旦戻ろう。これで訓練と効果の確認は完了だ。ご苦労だったな、二人とも。」

 「凄ぇよお前ら。もはや何でもアリなんじゃねぇのかコレ?」


 そうしてホセさんのいる所に戻った。

 ホセさんは待ちくたびれた様子もなく、なんと食事を準備して待っていてくれた。

 ホセさん、意外と気が利くイイ男なんじゃ?


 「さぁ、ご苦労様だった。今日はゆっくり休んで、明日出発しよう。」

 「「 はい。 」」

 「ホセ、悪かったな、メシの用意まで。」

 「いいえ、これくらい何でもないっす!」

 「ところで、ルナ様。」

 「ん?」

 「アレって、何ですか?」

 「ああ、ここからあっちの大陸までの飛び方なんだがな。」

 「飛び方?」

 「いわゆる“弾道飛行”というやつだ。これならシャルルの負担を軽減できるかもしれないんだ。」

 「弾道飛行……?」

 「できるだけ上空まで一気に駆け上がってな、頂点に達したらそこからゆっくり落ちるっていう飛び方なんだよ。」

 「問題だったのは高度とそれによる影響だったんだが、問題なかった。」

 「そう、なんですか。」


 いまいちわからないけど、シャルルの負担が減るのは歓迎よね。

 私の魔法空間に比べれば、飛行はもっと大変みたいだもの。


 「さ、ゆっくり休んで英気を養おう。明日は長距離飛行だぞ。」

 「「 はい。 」」

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