第65話 シャルル、飛ぶ!
女将さんの宿に宿泊して3日目の朝。
大量の食糧とか日用品を、女将さんは私達の為に準備してくれた。
それはもうびっくりするくらいの量だった。
「こんなもんで足りるかい?」
「え、えーと、充分です、というか、凄い量……」
「食料は日持ちするものを選んだつもりだけどね、そうじゃない物もあるからその辺は気を付けてくれよ?」
「あ、はい、それは大丈夫です……」
もちろん、あのバッグにはこれらすべて収納できるから問題はないんだけど。
女将さん、どうしてこんなに?
「あー実はさ、あの男たち覚えてるだろ?」
「あ、裏路地で案内してくれた人達ですか?」
「ああ、あいつらはこの都市の闇を牛耳るマフィアでね、そこのボスが話を聞いて、あんた達の力になりたいなんて言い出したらしいんだ。」
「へ?」
「まぁ、実を言うとだね、あいつらは山賊時代、私の元部下だったのさ。」
「そ、そうなんですか?」
「という事は、この都市の影の支配者って……」
「あはは、失言だったね。ま、そこは秘密ってことで頼むよ。」
「は、はい。でも、本当にありがとうございます!」
「女将、手間をかけて済まなかった。これは宿泊費も含めた代金だ。受け取ってくれ。」
ルナ様は金貨10枚を女将さんに渡した。
渡したんだけど……
「いくら何でもこんなには頂けない。これだけで充分おつりが来るさ。」
「あ、いや、しかし……」
といって1枚だけ受け取って9枚をルナ様に返した。
「物資の費用だけで良いんだよ。まぁ、宿泊費も含めてだけどね。あんた達に会えた事が何よりの報酬だと思ってるんだからさ。」
「女将さん……」
「もうこれから発つんだろう。路銀はあって困るもんじゃないんだ、ここで使わずにとっときなよ。」
「あ、ありがとう……」
何というか、とっても嬉しいのと申し訳ないのと優しさが染みるのと。
色んな感情が浮かんで、ちょっと涙が出てきた。
すると、女将さんは私とシャルルをそっと抱きしめて
「ディーナ、シャルル。頑張んなよ。あんた達はきっとその力で人々を助けられる。自分に負けないでね。」
女将さんは、何を何処まで知っているんだろう?
そんな疑問もあるけど、それはきっと女将さんの能力なんだろうな。
そんな考えよりも何故だか、お母様達の優しさと厳しさを思い出した。
その後、女将さんとお別れして宿を後にし、高原の誰も居ない所へと向かう。
見送りにはあのマフィアの人達もいて見送ってくれた。
あの人達、根は良い人だよね、絶対。
で、その内の一番体格のいい男の人は、この後しばらく一緒に付いてくことになった。
私達が飛び立った後、馬さん達を引き取る為に。
「ウリエルさんの力になれるなんて、俺は幸せです!」
って言ってたな。
ウリエル様は嫌な顔をしてたけど……
色々としてくれた優しい女将さん。
もう2度と会う事もないっていうのに。
後ろ髪を引かれるような想いで、元気に手を振ってさよならしたんだ。
カルメンを発ってまる1日程進んだ所、街道からかなり外れた所にある荒地でしばらく野営することにした。
ここで、シャルルの飛行訓練をする事にしたんだ。
何しろシャルルはようやく龍体形への変化を習得したばかりなので飛ぶ事も初めての経験だ。
そんな状態で地球のほぼ反対側まで飛ぶっていうんだから、かなりの無茶ぶりとも言えるわよね、これ。
「じゃあ、早速練習してみるね。」
「ねぇ、シャルル、大丈夫なの?」
「まぁ、普通に飛ぶ分にはすぐに慣れるんじゃないかな、たぶん……」
「一先ず、だ。シルフィードも付いていてくれ。頼んだぜ?」
「うん、わかったよ。シャルル、基本私は手を貸さないからね。危ない時は助けるけど、極力自力でコントロールしないとね。」
「ありがとうございます、シルフィード様。」
「ああ、そんじゃ、まずは満足に飛べるようにしようか。」
「はい。」
シャルルの飛行訓練の合間に、私達は野営の準備を進めた。
テントは一つしかないけど、付いてきた男の人は一緒のテントで生活する事になる。
そう言うと
「と、トンでもないっす!俺、そんな恐れ多い事ムリっす!外で雑魚寝します!」
「ああん?アタイらが良いって言ってんだ、言う事きけねぇってのか?」
「あ、いや、でも、その、あの、うーんと、ええと……」
何やら問答にもならない困った状態に陥ってしまったようだ。
ちなみに男の人はホセさんっていう名前だって。
マフィアの中では一番の実力者なんだけど、意外にも優しすぎるのと臆病すぎるのでボスの後継候補にはなれないとかなんとか女将さんが言っていた。
傷だらけの顔はとっても怖いのに、ね。
結局は同じテント内で寝泊まりする事になった。
健全な男の人が女性(とそれに見える者)4人と一緒っていうのは少し可哀そうな気がするなぁ。
こういうの、ヘビの生殺しって言うんだっけ?
でも、ウリエル様と一緒に居られるからまんざらでもない様子、というか幸せな顔をしてる。
対してウリエル様は悪戯っぽい顔をしてるけど。
と、上空では龍が旋回している。
シャルル、普通に飛ぶのは問題ないみたいね。
今は魔力を使わずに飛ぶ練習をしているみたいだ。
「ちょっと気流を読むのは難しいですね。」
「ま、基本だからね、それはしっかりと把握しておかないとさ。」
「はい。でも、思ったよりも羽ばたきをしなくて大丈夫なんですね。」
「これがいわゆる“上昇気流”ってやつよ。空気が上に運んでくれるわ。船の帆みたいなイメージで良いよ。」
「はい。これはラクチン♪」
「あ、でも気を付けなよ?突然途切れる場所もあるからね?」
「は、はい。」
そんなシャルルの飛行を、珍しそうに眺めているホセさん。
「へぇー、龍が飛んでる所って、初めて見ましたよ……」
「この辺には龍は居ないのですか?」
「竜、はいるけど龍、は見ませんね。竜はあれです、トカゲを大きくしたような竜ですよ。」
「そうなんですか。」
「あの、シャルルさんは龍なんですよね?」
「あ、でも正しくは龍と人間との子、ですけれど、ね。」
「あんな龍を嫁にする人って、どんだけ凄い人なんですかねぇ……」
そ、それに答える事はちょっとできない、かな。
凄い人っていうのは間違いじゃないんだけどね、色々な意味で。
と、シャルルが降りてきた。
一休みするんだろうな。
「ふー、ちょっとお腹が空いたけど、疲れはそんなにないよ。」
「ご苦労様だね、シャルル。普通に飛べるんだね。」
「まぁ、飛ぶだけ、ならね。でもそれだけじゃまだダメよね。速度もかなり必要だし、それに対応する為の色々も必要だし。」
「そうだね、ま、ひとまず休憩しよう。」
「うん、オヤツ食べたらまた訓練再開だ!」
「ふふ、その間に夕飯作っておくからね。」
「ありがと!ディーナ!」
こんな調子で、シャルルは飛び続けている。
夜間も飛んで昼間との感覚の違いも経験したりと、意欲的に訓練に没頭しているみたいだ。
「いい、シャルル。夜はね、特に空間把握に気を付けてね。」
「空間把握、ですか?」
「うん、月明かりがない暗い日なんかだとね、上下左右あらゆる方向、平行感覚が狂ってくるからね。」
「あ、それお父様が言っていた……」
「そう、
「それって、何か対処する手はあるのですか?」
「うーん、わたしは風の精霊だから空気の流れが見えるんでそれで大丈夫なんだけど、シャルルの場合はどうなのかな。」
(シャルルの場合は魔力で姿勢確認ができるよ。でも、慣れるまでは時間がかかるかもしれませんね。)
「そうなんですか?」
「そーなの?」
(はい、だから、それまではボクがその役目を補うから心配ないよ。ただし、ね。シルフィードと同じでそれはあくまで補助と思ってね。)
「それで充分です、有難うございます、ムーン様。」
その一方で。
「空間魔法、ですか?」
「ああ、可能であればシャルル全体を囲った状態で、内部の気温気圧を一定に保ち、外部からの衝撃を内部に伝えない空間を維持する、というのが理想だ。」
「そ、それはかなり厳しい条件ですね……」
「恐らくだが、シャルルの飛行速度は音の5倍近くまで、あるいはもっと早く飛べる可能性もある。」
「そうなるとだな、シャルル自身も空気の壁と摩擦で自滅しちまう可能性もあるんだよ。」
「そうなんですか!?」
「まぁ、実際どこまで速度が出るかは未知数だが、どのみちそれに乗せてもらう私達は龍形態のシャルル程それに耐える事は出来ないと思う。」
「その為の空間魔法、ですか。」
「アイツの場合はブラックホール、か。あの技があったし、シャヴィとピラトゥスは自分でその魔法を展開してたけどな。」
「今のシャルルには飛ぶことに集中させた方が良いしな。」
「わかりました、全力で取得します!」
そう、少なくとも飛行速度が速いと、単純に風の影響だけでもかなり受けるはず。
それに加えて、空気の壁と摩擦も非常に厄介だというのがルナ様とウリエル様の話だ。
実感はないけど、それってとても危険な事なんだろうな、というのが判る。
とはいえ、それに対応できる空間魔法、か……
(それな、おいらも少しは理解できてるから手伝うよ。わりと簡単かもしれないぜ?)
「フェスタ―様、できるのですか?」
(できる、というかだな、そもそも空間魔法はアルチナが得意とする魔法だ。お前なら直ぐに理解して取得できると思うぞ?)
「わかりました。やってみます!」
シャルルがあれだけ頑張っているんだもの。
私も、シャルルの頑張りを無駄にしない為にも、負担を軽くする為にも頑張らないとね!
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