第64話 人の噂は音よりも早いのね


 一騒動あったあの村を後にした。

 馬さん達が無事だったのは、経緯を考えれば僥倖だったと言えるかも。

 とはいえ、寂しい想いをさせちゃったのは申し訳ないかな。

 

 「あの人達、これから幸せに暮らして行くのかなぁ……」

 「どうなんだろうね。でも、その選択肢はもうあの人達には無数にあるんだし、やっぱりあの人達次第、なのかな?」

 

 ルナ様はあの後、何も言わなかった。

 言葉少なに、ずっと何か考えているようだった。

 けど……


 「そう、だな。“自由”とはそういう事だからな。これで良かったのだろう、きっと。」

 「ま、最後まで面倒見てやる事もできねぇし、他人に頼ったままじゃ本当の自由も得られねぇだろうしな。これで良かったと思うぜ?」

 「そう……そうだな。」

 「ルナ様。」

 「ウリエル様……」

 「ま、あれだ。お前らもいい勉強にはなっただろう。本当に人間ってのは多様なんだよ。

 アイツみたいにバカ正直で愚かなくらい優しい奴もいれば、まったくの正反対の奴もいて、その振り幅は天地よりも広いんだ。」

 

 確かにそうかも知れない。

 逆に考えれば、コアのある私達の世界が、いかに特別で幸せな世界なのかが実感できるかな。

 でも、その私達の世界も、過去に凄惨な悲劇があったからこそ、なのよね……

 ちょっと、私の頭じゃ追いつけない程難しいことよね、こういうのって。




 2日程して、ようやくカルメンに到着した。

 都市に入ると、何かこの前来た時とは違う感覚に襲われた。

 何か、私達を見る人々の目が、怖いというか嫌な感じがする……

 こちらに気付いてはひそひそと話をして蔑んだ目で見てくる。

 かと思えば、見た瞬間に顔を青ざめて遠ざかる人もいた。

 何だろう、何か、おかしい。


 「ちッ、やっぱりな。」

 「あー、お前達にも気配を消す技を教えておくんだったな……」

 「あの、これって?」

 「もしかして……」

 「ああ、アタイらの事が噂になってんだよ。悪い尾ひれのオマケつきで、な。」


 カルロの集落での一件、それにあの村での出来事。

 たぶん、それらの中心に居たのが私達だとの噂が広まったんだと思う。

 というか、事実なんだけど。

 普通に考えれば、女性たった4人でそんな事ができる訳がない、と思われるのは当然よね。

 事実として、私達は普通じゃないんだもの。


 街中の人々の私達を見る目が、何かとてつもない悪い者を見ているように感じるのはきっと気のせいじゃない。

 でも、これは少し居た堪れない、よね。


 「ちょっと、これじゃ宿に、っていう訳にもいかないみたいよね。」

 「ああ、それどころか、食いもんすら買えねぇかもしれねぇなコレ。」

 「さて、どうしたものか。」


 ひとまず、人通りが殆ど無い裏路地へと向かった。

 昼夜問わず事件事故が多くて人気が無く、この前ルナ様が一騒動起こした一画だ。

 ほぼ無人に思えたそこで、私達の前に3人の男が出て行く手を塞いだ。


 「何だ、貴様達は。」

 「へへ、姉ちゃん達が噂の魔族か?」

 「噂通りの旅姿だ、間違いねぇだろ。」

 「アンタらに少しばかり話があるんだよ。」


 男の人達は、通せんぼをしたままそう言ってきた。


 「アンタら、この都市じゃもう何もできねぇぜ?都市警備の奴らもアンタらを探しているって話だ。」

 「そこで相談なんだけどよ、へへへ……」

 「俺達に付いて来てもらえるかい、悪いようにはしねぇよ。」


 何か、とってもテンプレートな町のごろつきという感じの男の人達。

 でも、悪意は感じるものの、それとは少し違う感情も感じる。

 畏怖とか恐怖みたいな……


 「悪いようにはしない、とはどういう事だ?」

 「あんまり話すなって言われてるんだ。とにかく、アンタらを連れてくるよう言われてんだよ。」

 「ほう、そうなのか。」


 ルナ様は目で私とシャルルに問いかけた。

 確かにこのままじゃ宿へも行けないし食事もままならない。

 物資もほぼない現状、買い物もしないといけないし。

 身の危険という心配は全然ないから問題はないけど、あまり騒動は起こしたくはないなぁ。

 でも、背に腹は変えられないよね。

 ここはひとつ賭けてみようかなぁ。

 と、ルナ様はその意図を読んでくれた。


 「わかった。貴様達の後についていこう。」

 「へへ、話が早くて助かったぜ、なに、心配いらねぇよ、へへへ。」

 「美味い飯、奇麗な部屋、広い風呂がまってるぜ、ゲハハハ!」

 「おめぇ声がでけえよ!」

 「おっと、こりゃ不味ったな。」


 そんな風体の良くない男の人達に付いていく。

 と、ここって……


 「悪いけどよ、少しばかり暗い所に入ってもらうぜ?」

 「ここだ。少し待ってな。」


 ここはあの宿が密集する区画の裏路地だ。

 その一角の、本当に薄暗くて人が寄り付かない雰囲気の建物の前に来た。

 男の人がその建物の裏口みたいなドアを叩くと、ドアが開いた。

 そして、そこから顔を出したのは……


 「お、女将さん!?」

 「しーッ!!! 静かに!さ、早く入んな!」

 「は、はい。」


 建物に入ると、ドアは閉められて鍵が掛けられた。

 

 「よし、これでまずは安心だよ、あんた達。」

 「女将さん、なんで?」

 「ブランコの山道で盗賊を皆殺しにしたのも、アルボルの村を全滅させたのも、あんた達なんだろう?」

 「ブランコ?」

 「アルボル?」

 「ああ、地名はこの際いいか。でね、あんた達の事がこの都市で噂になっててね。」

 「え?」

 「な、何で?」

 「そのアルボルから逃げてきた盗賊崩れの連中が、この都市で話してたのが広まっちまったのさ。」

 「あ、あの鉱山の村の村人さん……」

 「逃げてった人達、だよね……」

 「やっぱりそうかい。でね、その話を聞いて私はピンときたのさ。あんた達の事だってさ。」

 「あ、あの、噂ってどういう……」

 「あはは、あんた達が魔族だか悪魔だかで、人間を見ると片っ端から殺しまくっているっていう話さ。しかもそれは美しい女の4人組だってさ。」

 「……」

 

 魔族だか悪魔だかって所は、完全に否定できないのはちょっと心苦しい。

 それに美しい女の4人組っていうのも、否定は……うん、しない、かな。

 でも、片っ端から殺しまくってって……


 「ともかく、このままじゃあんた達も困るだろ?だから人目につかないように、ここから私の宿に行くよ。」

 「え?で、でも……」

 「こことは地下通路が繋がってるんだ。あんた達も長旅で疲れてんだろ?休んでいきなよ。」

 「どうしてそこまで私達を?」

 「積もる話は宿に行ってからだよ。さて、お前達もご苦労だったな、礼を言うよ。」


 女将さんはここまで連れてきてくれた男の人達にそう言うと


 「礼だなんて、とんでもないっすよ。」

 「姐さんに言われたらなんだってしますぜ。」

 「ああ、それと判っていると思うけど、これは口外しないでおくれよ?殺すよ?」

 「わ、分かってますって、ボスにもきつく言われてますんで!」

 「ありがとう、これは謝礼だ。」


 女将さんは男の人達に金貨を渡した。


 「これはボスには言うんじゃ無いよ、取り上げられるからな。」

 「へ、へい……」

 「ボスには別に謝礼を渡す。お前達はきちんと仕事をしたって報告しときな。」

 「あ、ありがとうございます、姐さん!」

 「さ、もう行きな。」


 女将さんについて地下通路を進み、出たところは女将さんの宿だった。


 「さて、まずは部屋に行って荷物を置いてさ、食堂に来な。コーヒーを淹れてあげるよ。」

 「女将さん、どうしてここまで私達を?」

 「それも含めて話がしたいんだ。慌てなくていいよ、ゆっくり、な。」

 「は、はい。ありがとうございます……」


 この前泊まった部屋に案内され、私達は荷物を置いて食堂へ行く事にした。


 「女将さん、私達や噂を知ったうえで何でここまでしてくれるんだろうね?」

 「さあ、何でだろう?」

 「まぁ、悪い感じはしないからな、気にしなくていいとは思う。」

 「そう、ですね。」


 食堂に入ると、女将さんだけが居て私達を待っていてくれた。

 テーブルには淹れたてのコーヒーと、茶菓子が用意されていた。


 「さ、座んな。遠慮はいらないよ、今ここには私とあんた達だけだよ。」

 「あ、ありがとうございます。」

 「でも、どうして……」

 「あー、あんた達、というか、ディーナちゃんとシャルルちゃん、だったね、あんたら、人間じゃないよな。」

 「え?」

 「な、なぜそれを!?」

 「やっぱりかい。」

 「あ!」

 「あはは、いいんだ、カマかけたみたいで悪かったよ。だけどね、アタシも実を言うと人間じゃないんだよ。」

 「え!?」

 「女将さんが!?」

 「本当にここだけの話になるんだがね、私は魔族と人間の相の子なんだ。」

 「ほ、本当ですか!?」

 「私達と同じ!?」

 「おや、あんた達も相の子だったのかい?」

 「あ、いえ……」

 「そ、そうです……」

 「なるほどねぇ。でも、アタシとは少し毛色が違う、というか、ずいぶん格が上みたいだね?」

 「そうなんですか?」

 「ああ、持っている力が段違いだと思うよ。で、だ。分からないのはそちらの二人だね。」


 女将さんはルナ様とウリエル様を見てそう言う。


 「アンタらは相の子でもなければ魔族でも人間でもない。そこが分からないんだよ。でもさ、何と言うか、惹かれるモノがあるんだ。アンタらは何者なんだい?」

 「助けてもらったからにはそれに応えないといけないか。分かった、正直に告げよう。」

 「そうしてもらえると嬉しいね。」

 「私とこのウリエルは悪魔だ。人間を無差別に無慈悲に、意味もなく殺しまくる残虐な存在だよ。」

 「あははは!なるほどね!つまりはアンタ達は神の使いってわけだ!なるほどねぇ。」

 「おい、人の話を聞いてるのか。」

 「あはは、ああ、ちゃんと聞いてるよ。まぁ真偽はさておき、あんた達が噂とは真逆の人達ってのはよっくわかったよ。」

 「女将さん……」

 「さて、とはいえ、これだけ尾ひれがついた噂が広まっちまうと、あんた達のこれからが大変だ。どうしたものかねぇ。」

 「もしかして、スマラカタにまで噂が広まっているんじゃ?」

 「そうだねぇ、間違いなく届いてるだろう。しかも、噂ってのは広まるにつれて話が大袈裟になるからね。」


 となると、船に乗る事もかなり難しくなる、かも。

 あのジパングの船が寄港していれば乗船の可能性はあるかも知れないけれど、それも難しそうだ。

 そうなると、ラディアンスのある大陸へ帰る事はほぼ無理、っていう事?


 「そ、それなら、もういっそ飛んで帰ろう。」

 「シャルル?」

 「まだ実際に試した訳じゃないけど、龍の姿になれば飛べるし。」

 「だけどよ、あっちの大陸までって相当な距離だぞ?シャヴィやピラトゥスなら簡単だろうがよ。」

 「お母様達ができるなら、きっと私にもできると思う。ただ……」

 「ただ?」

 「一度も飛んだことがないから、練習は必要、かな。」

 「うーん、かなりお前に負担がかかってしまうが、現状それしか手立てはない、か……」

 「なるほどねぇ。あんた達ならできるとは思うけど、それにしたって物資とかは手に入れないといけないだろう?」

 「そう、ですね。旅を続けるには色々と必要ですけど、街があんなだと買い物も満足にできないんじゃ。」

 「わかった。あんた達。何が必要なのか言っとくれ。私が手配するさ。」

 「で、でも、そこまでしてもらうなんて……」

 「なーに、私はあんた達が気に入ったんだよ。二度と会えなくなるなら、その位はしてあげたいんだ。」

 「な、なぜそれを!?」

 「まぁ、それは企業秘密ってやつさ。ただし、きちんとお代は貰うよ?」

 「それは当然です。ちゃんと支払います。」

 「すまんな、お願いできるか?」

 「ああ、任せときな。さ、ならもうあんた達はゆっくりと休んでな。数日泊まるくらい大丈夫なんだろう?」


 女将さんのお陰で、ひとまず休息と物資補充のめどがついた。

 とってもありがたい事だよね。

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