第63話 ルナ様の苦しみ、ウリエル様の悲しみ 

 突然空き家となった村長さんの家に入って、とりあえずの休息を取る。

 でも、私の背中の傷はまだ癒えていなくて痛いままだ。

 不思議な事に、傷は深いけれど血が出ていないみたいだ。


 「ディーナ、どうしよう、治んないよ……」

 「えー、マジ?」

 「どれ、シャルル、代わろう。」

 「は、はい。」


 ルナ様が傷を見る。

 と


 「これは……、まぁ、そう、なんだろうな……」

 

 何やら独り言ちると、傷に手をかざして治し始めた。

 ものの1分程で、傷は完治したみたいだ。

 一体ルナ様は何をしたんだろう?


 「これはな、一種の呪いだったんだよ。」

 「呪い?」

 「ああ、普通モンスターはその身に魔力を纏っているだろう?」

 「はい。」

 「だが、ここのモンスターは魔力ではなく呪詛のように怨念を纏っていたようだな。」

 「あれだ、経緯を考えればそれも当然ってこったろ?」

 「そうだな。まぁ、こういう類のモノに免疫がないお前達だ、それに抵抗力がないのも仕方が無いだろうが、これでもう大丈夫だ。」

 「ありがとうございます、ルナ様でも、どうやって?」

 「いいさ、それとこれはまた後で教えるよ。さて、一休みしたらやるべきことがある。と、その前にだ。」


 ルナ様は、いまだ怯えて声も出せないロザさんとクラウディアさんを見て


 「怖いものを見せてしまったな、済まない。さて、お前達の今後だが……」

 「「 ひッ! 」」

 「あー、怖がらなくていい、お前達に何かするつもりはない。が、お前達は行くあてがないんだったな……」


 どうしたものか、と言いながらルナ様は考え込んだ。

 もはやこの地に残った人間は、奴隷として扱われていた人達だけのようだ。

 幸いな事にあの小屋以外の建物はそのままだし、解放された後はここでそのまま生活もできると思う。

 でも、モンスターも出るし近くに村や町もなさそうだし……

 それ以前に、残った人達は普通の生活がまともに送れるだけの体力はあるのか、とか。

 色々と心配事は尽きないみたいだ。


 「お前達、ここでこのまま生活していけるのか?」

 「あ、それは……」

 「私達は、ここを離れる事ができません。それに、自由も奪われています。」

 「何?」

 「村長様は、私達奴隷に呪術をかけて私達の自由と思考を制限してしまいました。」

 「それって……」

 「なんて酷い!」

 「あー、あれか。あいつ魔導士だったって事か?」

 「あ、あの、これ以上は言葉に出したくてもできないのです、ごめんなさい……」

 「なるほどな。じゃあ、お前達奴隷はここに何人居るんだ?」

 「およそ60人程、です。」

 「そいつらを今ここに集められるか?それくらいはできるだろう?」

 「は、はい……」 

 「よし、では、この家の前に集めてくれ。動けない奴は誰かに運んでもらえ。」


 ロザさんとクラウディアさんは家を出て、残った人達を集めに行った。


 「ルナ様、何をするんですか?」

 「ああ、恐らくだが、あの村長は奴隷全員に呪術をかけている。それを解除する。」

 「でも、呪術って?」

 「あのな、魔術師の中にはそういう人を操る術を扱える厄介な奴がいるんだよ。極めて稀な種類だけどな。」

 「私達の“魅了”の力に似たモノだが、術者の悪意が強くてな、ちょっとやそっとじゃ解除できないんだよ。」

 「魔法よりも強力、なのですか?」

 「ああ、こと人間に対しては、な。」

 「ところでよルナ、あいつら集めてどうすんだ?」

 「ああ、そうだった。ちょっと、この家を調べるぞ。」

 「??」


 ルナ様の指示で、家中を調べる。

 と、地下に通じる隠し扉を見つけたのでそこに行ってみると、部屋が3つあった。

 手前側から部屋へと入ってみる、と


 「何?ここ!?」

 「ちょっと、変な臭い……」

 「これ、アレだろ、拷問部屋じゃないか?」

 「ちょっと特殊な拷問だな。いわゆる女をいたぶって愉悦や快楽に浸る変態が遊ぶ所だ。」

 「えー……」

 「あの村長さん、変態なんだ……」

 「ま、ここは放っておこう、次の部屋だ。」


 次の部屋には錠前がかかっているけど、ルナ様はいとも簡単に錠前を開錠しドアを開けた。

 すると、部屋の中には……


 「これは……」

 「やはり、な。ここにあったか。ディーナ、あいつのバッグを開けろ。」

 「は、はい。」


 部屋には金銀財宝が貯め込まれていた。

 銀のインゴット、金の延べ棒、宝石類、貨幣。

 なるほど村長さんは銀でかなり儲けていたみたいだ。

 それをほぼ独占していたんだろうな。

 ルナ様は金の延べ棒を3本程バッグに放り込むと


 「さあ、行くか。そろそろ集まってくる頃だろう。」

 「残りの財宝とかはどうするんですか?」

 「ああ、あいつらにくれてやればよい。当面の生活資金にはなるだろう。」

 「なるほど……」


 家の前に行くと、奴隷さん達が集合していた。

 みんなやつれた感じで、健康的な人は少ない。

 

 「これで全員か?」

 「は、はい。」

 「じゃあ、お前達全員、目を瞑れ。良いと言うまで開けるな。開けたら目が潰れるぞ。」


 そう言われて奴隷さん達は全員目を閉じ下を向く。

 ルナ様は奴隷さん達に向かって両手をかざすと、ルナ様自身が光り出した。


 (こ、これって、もしかして?)

 (あれじゃない?アンタの傷を治したやつの強化版?)

 (これはな、アイツが持っている特殊な能力なんだよ。悔しいけど今のアタイにはできないんだけどな。)

 (今の?)

 (あー、そこはスルーしろ、うん。)


 心なしか、奴隷さん達の顔に生気が戻ったような気がした。

 きっと、呪術を解除した、んだろうな。

 ルナ様、凄いなぁ……


 「これで良いだろう。いいか、全員よく聞け。」


 ルナ様の言葉に、全員が目を開けて耳を傾ける。


 「ここを牛耳っていた村長はじめ村人は全員消えた。お前達はもう呪術も無くなり自由になった。」

 「おお……」

 「それで、だ。お前達はこれからどう生活していくのかを自分で考えて生きて行け。村長の家の地下には金銀財宝が山ほどある。それをどう使うかをお前達で相談して決めろ。」

 「おおお……」

 「その結果については私達の感知するところではない。これからの事がどうなろうとお前達が選択した結果、つまりは自己責任だ。それだけだ。では、解散だ。」


 奴隷さん達は皆歓喜した。

 解放され自由になったのだから当然かもしれないな。

 でも……

 ルナ様の顔色は優れない。

 ウリエル様も、あまりいい顔をしていない。


 「ルナ様?」

 「ああ、すまないな。少し、辛くて、な。」

 「ルナ様……」

 「これはこれで良いんだけどよ、この後の事を考えるとな、素直には喜べないんだよ。」

 「ウリエル様、それってどういう事ですか?」

 「ああ、こいつらも人間だから、だよ。」

 「この後どうなるかはこの者達次第なんだ。最悪の結末を迎える可能性もある。」


 つまりは、今は解放されて自由を謳歌できる事に喜んでいるけど、あの金銀財宝や鉱山の利権、だれが村を支配するか、など、今後はそうした争いに発展していく可能性がある、という事なんだろうな。

 これまでが辛い日々を過ごしてきた人達が自由になったからと言って、必ずしも皆で幸せに、と考える人になるかと言うとそうじゃない。

 この世界で見てきた人達って、そうした不安定な、ウリエル様やサダコお母様が言っていた混沌が普通、なのかな。

 それは少し、悲しいと思う。

 ルナ様とウリエル様の気持ちが、少し理解できたような気がした。


 「あ、あの……」

 「どうした?」


 少し顔色が良くなったように感じるロザさんは、ルナ様の前に来てこんな事を言い出した。


 「皆様はこれから何処へ行かれるのですか?」

 「私達はここから立ち去る。もはやここに居る意味はないのでな。」

 「あ、あの、その、それなら……」

 「お前、まさか。」

 「私を、連れて行ってもらえませんか?」

 「断る。」

 「……そ、そうです、か……」


 きっとロザさんは、ここに留まる事が辛い、という想いと、ルナ様への感謝や崇拝にもにた感情を抱いたんだと思う。

 でも、私達はここ、どころか、この世界からは遠からず居なくなる。

 だから連れていけるはずがないもの。

 涙を流すロザさん。

 そして、その姿がとても胸を締め付ける。

 

 「わかりました。不躾な事を言って申し訳ありませんでした……」

 「すまないなロザ。私達はお前を連れていけない理由があるんだ。嫌だから断った訳じゃない。」

 「……は、はい。」

 「むしろ、お前のこれからを、遠くからでも祈っている。思うまま自由に生きろ。」

 「……はい!」


 そして、私達はこの村を出て行った。

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