第19話 デミアン国は理想国家と言っていい
列車に乗りイワセ温泉郷を出る。
今回はデミアンまでの直行の列車で行く事になった。
やっぱり、というか、何で、というか。
ハグロ駅に着くと、モイラさんが待っていた。
で、
「二人とも、再出発だね。頑張りなさいよ、はい、これ。道中食べてね。」
と言って、お弁当をくれたんだ。
何で?とも思ったが、どうやらカスミお母様情報らしい。
モイラさんとカスミお母様は茶飲み友達なんだって。
というか、モイラさんのお母様であるマリーさんとは、とても仲が良かったって言っていたな。
「ありがとう、モイラさん。でも、こんな……」
「気にしない気にしない。栄養つけてさ、頑張んなさい。街の皆も応援してるよ。」
「う、うん。ありがとう。」
何と言うか、イワセ温泉郷の人たちも、ホントに家族みたいよね。
シャルルがちょっとウルウルしてしまったのは、まぁ、しょうがないよね。
私もちょっと、そうなっちゃったもんね。
「さ、じゃぁ終点までは時間もあるし、さっそく頂こうか。」
「そうだね。モイラさんのお弁当、ホントに美味しいから大好きなんだよ。」
先日のモンスター騒動があったけれど、列車は結構お客さんを乗せているみたいだ。
半分くらいはエストで降りるんだろうけれど、それでもデミアンへと向かう人はそれなりに沢山いるんだろうな。
今やデミアン王国は魔族の国じゃない。
魔王様が治めてはいるものの、国民の大多数は魔族と人間のハーフか人間だ。
ただ、王国の西方はまだ魔族中心の都市が多く、それには理由があるみたい。
王国の西隣りには龍族の領地、ロプロス王国がある。
ロプロスは人間が少なく、純粋な龍族とその眷属が主な国民で、火山地帯が近い事から人間が住むには厳しいという事もあるみたいだ。
でも、一番の理由は人間が立ち入ることができない“聖地”があるから、なんだって。
お父様とサダコお母様が出会った異世界、その異世界への扉があったのが、龍族の里の中心部。
そこは一度何者かに破壊されてから、誰も立ち入ることがないらしい。
破壊した者、それは他ならぬお父様だと聞いた時には驚いた。
そのロプロスへも、修行で行く事になるんだなぁ。
デミアンもロプロスも、私とシャルルにとってはいわば故郷でもあるんだよね。
列車内では車窓を眺めている内に寝ちゃったみたいだ。
目が覚めると、もうデミアン王国へ入っていた。
広大な農耕地が広がる、デミアン王国南東地域は、かつては荒れ果てた荒野だったそうだ。
200年前にもう一つの地球の人々が入植して魔族と共に開拓し、こんなに広い農地を作り上げたんだって。
その指揮をとり牽引したのが、現魔王のエイダム叔父様だ。
お母様の兄であり、お父様の親友だったエイダム叔父様。
現在、この星最強の、魔王様だ。
広大な畑の所々に見える風車。
黄金色にたなびく小麦。
その合間にある放牧地。
この風景が、私は大好きだ。
その風景は、次第に宅地が点在しはじめ、ついには都市部へと突入した。
終着駅であるデミアン中央駅はもうすぐだ。
相変わらず、涎を垂らして寝ているシャルルを起こす。
「シャルル、もうすぐ着くわよ。」
「う、うーん……寝ちゃってたのね、じゅる。」
「もう、ほら、ヨダレ拭いて。」
ハンカチでヨダレを拭いてあげる。
「あ、ありがと。」
「あんたさ、そのヨダレ垂らして寝る癖、カワイイんだけど直さないとね。」
「う、うん、そだね。でも、ディーナも、だよ。」
「え゛?」
「ディーナもたまに、ヨダレ垂らして寝てるよ?」
「そ、そういや、シャルルに拭いてもらう事がああるわね……」
「えへへ。でも、直すったって、どう直すの?」
「わかんない。」
そうこうしている内に、列車は終着駅へと到着し、私達は駅を出る。
駅前はそこそこの都会で、行き交う人の数もラディアンス王国と同じくらいだ。
ただ、それほど近代的な建物や観光となる名所もなく、至って普通に人々が住む街、といった感じだ。
ここは200年間とそれほど変わっていない。
ただ、それだけに情緒ある街並みを保っているので、それ自体が観光名所ともなっているみたいだ。
そんな街中を、魔王城目指して二人で歩いて行く。
魔王城までは3キロ程の道のりだけど、そんなに遠いとは思えない。
というか、歩いているだけで何となく楽しい街なんだ、ここは。
「あ、ねぇ、ディーナあれ、新作だってさ。」
「あー、あの店の新作って、また評判になりそうだよね。後でいってみようよ。」
「うん、あそこのアレ、私大好きなんだよ。」
「後で、なんて言わずに今よってけよ、二人とも。」
「あ!店主さん!?」
「いつの間に!?」
「あはは、キミたち新作に気を取られてたんだな、隙だらけだぜ?」
「えー、だってさぁ」
「ねぇ。」
あの店の店主さん。
あの店は“はんばーがー”という食べ物が名物で、ちょっとした有名店だ。
そしてこの店主さん、一度でも来店したお客様の顔は絶対忘れない、という特技をもっているんだって。
私やシャルルがこの店に最後に来たのは、確か3年程前だったはず。
覚えてたってのは、単純に凄いと思う。
「何いってんだ、魔王様と龍王様の姪っ子を忘れるわきゃないだろう?」
「あれ?私達そう言ったっけ?」
「私は言った覚えはないはずだけど……」
「あはは、実はな。」
聞くと、エイダム叔父様はその3年前に撮った写真を、希望者へ配ったらしい。
3年前というと、エイダム叔父様の子、アベルの二十歳のお祝いで集まった時だ。
魔族、とりわけ魔王一族は二十歳になると真の名前を授かり、魔王一族として認められる事になる、という風習があるからだ。
でも、そんな家族写真を一般市民にまで配るなんて。
「まぁ、魔王様は国民はみんな家族なんだ!って言ってるしな。だからみんな魔王様が大好きなんだよ。」
「へぇー……」
「もっとも、同じくらい勇者の事も大好きだけどな。キミたちのお父様、なんだって?」
「う、うん、まぁ。」
「だからさ、みんながみんなを大切な家族と思ってんだよ。だから、オレは皆の顔を覚えてんだぜ?」
「凄い、というか、うん、凄い……」
「あはは、そうか。で、今日はどうしてここに?」
「ちょっと、野暮用で……」
「そうなのか、という事はこれから魔王様の所へ、か。」
「うん。」
「それじゃ寄り道もできないな。残念だが、用が済んだら店に来てくれよ。女房も喜ぶよ。」
「わかった、絶対行くね。」
「ああ、待ってるぜ、じゃあな。」
この街の人々は、大なり小なり皆こんな感じだ。
私達を覚えていてくれる人が結構いる。
まぁ、ロプロスも似たり寄ったりだけど、こっちの方がその傾向は強い、かな。
住民皆が、そんな感じなんだ。
だから、ここに来る他所の国の人たちは、ここは居心地がいい、何度でも来たいと口を揃えて言うんだって。
ある意味、ここは理想国家なのね。
そんな事を感慨深く思いながら歩く事数分、魔王城が見えてきた。
さて、ここからが私達の本当の旅の始まりになるのね。
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